第42話 炸裂!竜の怒りの件

 士官学校での生活も残すところあと二か月。リュウトたちは、先日行われたテストの結果のおかげでやる気に満ちていた。

 もうすぐ授業がはじまるので席に着いた。みんな集まっている。ゾナゴンは、授業は退屈ぞな、と言って教室に顔を出すことがなくなった。授業の間は、街へ行っていい感じの石集めに夢中になっている。

 窓の外を眺めると、どんよりとした曇り空だった。


「雨でも降りそうな空だなぁ……」


 リュウトはぽつりとつぶやいた。

 そんな中、教室の後方でアンドリューがミーヌという真面目な生徒にいじめをしだした。


「少しでいいから貸してくれよ、金」

「先日もそう言ってまだ返してくれてないじゃないか……」

「ああ? お前、オレに歯向かうのか!」

「うう……」


 リュウトは自分の席から立ち上がった。

 そしてアンドリューとミーヌが言い争っているところまで歩いていった。


「おい、アンドリュー。やめろよ」


 リュウトは毅然とした態度でアンドリューに言った。

 周りの視線がリュウトに集まるのを感じた。


「リュート。お前、調子に乗ったな?」

「調子に乗ったとか乗ってないとかじゃないだろ。そういう人の嫌がるようなことはやめろって言ってるんだ」


 リュウトはひるまなかった。


「ははっ!」


 アンドリューはリュウトの目を見て鼻で笑った。


「二位を取ったくらいで粋がってんじゃねえよ。リュート。お前には実力なんてないんだよ。コンディスとフレンの金魚のフンしやがって」

「オレのことだったらなんとでも言えよ」


 リュウトは真剣だった。

 自分の見える場所でいじめが起きるなら、真っ先に止めたい。

 見える場所でのいじめを許容できるほど、今のリュウトの正義感は鈍ってはいなかった。


 アンドリューはため息をついた。

 身の程を知らないリュウトはいつも突っかかってくる。

 世の中は結局、権力か金か。そのどちらも持たないリュウトが、なぜこうも息を巻いて突っかかってくるのか。


「ああ、そうか」


 アンドリューは悟ったように言った。


「この前のテストの結果。あれはお前の実力じゃないもんな」

「何?」

「みんな言ってるぜ? リュートはアレーティア王女のお気に入りだから、実力がなくても竜騎士になれるように最初から仕組まれてるってな。お気に入りの平民どもと、お前。アレーティア王女にどうやって気に入られたかは知らないが、ずるして勝ち上がって楽しいか?」

「な、なんだと?」


 リュウトは怒りで身体が震えるのを感じた。


「アレーティア王女がワガママだから、実力のないお前みたいなのが弱いくせに竜騎士になれる。みんな一生懸命努力して竜騎士を目指して頑張っているのに、ずるいやつらがいるせいで真面目な奴は全員二軍行きだ。みんないい迷惑してるんだよ、アレーティア王女には」


 リュウトはもう我慢の限界だった。


「……取り消せよ」

「何?」

「アリアはこの学校と何にも関わってない。アリアをバカにするな。彼女を侮辱するな!」

「リュート!」


 コンディスとフレンがリュウトの名を叫んだ。

 教室の学生たちはみんなリュウトを見ていた。

 リュウトの身体は、怒りのせいか、全体が光っていた。


「リュート! 背中の竜の痣が!」


 シェーンがリュウトに向かって叫んだ。


「背中が光って――」


 リュウトの耳には誰の声も聞こえていなかった。

 そして――。


「うわああああああッ!」


 リュウトの身体から竜巻のような突風が出て、教室全体を圧迫した。

 学生たちはその突風に飲み込まれて柱や壁に叩きつけられた。

 教室の窓の板戸もほとんどが飛ばされていく。


「うう……!」


 学生たちは、怪我を負いながら金色に輝くリュウトを見た。

 リュウトの頭上には、巨大な金色の竜の頭が浮かび上がっていた。


「何だ……あれは……!」


 巨大な金色の竜の頭はリュウトの身体を守るようにバリアを張っていた。


「――取り……消セ――」


 リュウトの口から、まるでリュウトの声ではないような声がした。


「――アリアを……侮辱スルナ……」

『ギャアアアアアアアア!』


 リュウトの頭上の竜が咆哮した。

 リュウトの目は白目も黒目もすべて赤色に染まり、人間の瞳ではなくなっていた。


「うわああああッ!」


 アンドリューは恐怖で顔面が歪んだ。


「リュート!」


 リュウトの竜の竜巻の攻撃を受けても無事だったシェーンが、リュウトの暴走を止めるためにリュウトの身体に飛びついた。


「ぐああああああッ!」


 リュウトを守るバリアは熱された鉄のように熱かった。

 バリアにはじかれても、シェーンはバリアから手を離さなかった。

 バリアにしがみつくシェーンの手は焼け続ける。


「ぐっ……ううっ!」

「――シェー……ン?――」


 リュウトはもうろうとする意識の中で、シェーンが自分に呼びけている声が聞こえた様な気がした。


「――シェー……ン――」


 すべてが歪んでいる視界の中で、シェーンの手が焼けていく光景をリュウトは見た。


「ハッ! ――シェーンッ!」


 シェーンの必死の行いのおかげで、リュウトの意識は戻った。

 と、同時にリュウトを守っていた金色の竜とバリアも消えた。

 そしてシェーンはその場に倒れた。


「うあっ!」


 シェーンの両手はやけどでただれていた。


「これは……オレがやったことなのか……?」


 リュウトは目の前が真っ暗になっていくようだった。

 ボロボロになった教室。

 まだ起き上がれない学生。

 意識を失うシェーン。


 ――これは、全部、オレがやったことなのか?

 ――オレが……。


「シェーン! 起きてくれ、シェーン!」


 リュウトはシェーンの身体を揺すぶったが、シェーンは気絶から目覚めなかった。


 リュウトが金色に輝いたのと時を同じくして、王城のテラスで、二人の男が士官学校がある場所から光の柱が空高くそびえ立っているのを目撃した。

 二人の男とは、ソラリスとルシーンだった。


「あの光の柱はリュートがやっているのか」

「左様でございます。殿下」

「ふっ。異世界の扉を求める異世界人が、自ら異世界の扉になりかけていようとはゆめゆめ思わないだろうな――」

「……」

「異世界の扉の力。あの力があれば、このリト・レギア王国が大陸を統一するのも容易いだろう」

「殿下がこの大陸を統べる覇者となる。それは宿命でございます」

「……。ルシーン。オレは運命や宿命という言葉が嫌いだ。未来はオレのこの手で切り拓いて見せる。邪魔者はすべて排斥する。例え血の繋がりがあろうともな……」

「殿下にはそうであっていただかなくては……」


 ソラリスはマントを翻してテラスを離れていった。

 残されたルシーンは独り言をつぶやいた。


「運命はありますよ、殿下。この王国が大陸を支配し、我々闇の一族がもう一度世界を統べるのです。わたしの夢は、あなたと共にある――」


 ルシーンはつぶやいて、笑った。

 どんよりとした曇り空だった天気は、雷雨に変わっていった。

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