第38話 遠足と大蛇と神剣1の件

「遠ッ! 足ッ! だー!」


 食堂でリュウトとフレンが昼食をとっていると、コンディスが走ってきて言った。

 コンディスは浮かれているようだった。


「遠足? 遠足ってあの遠足?」


 リュウトが肉を食べかけて聞く。


「遠足と言えば遠足だろー? ああっ待ち遠しいぜっ! やっとこの学校の外から抜け出して実戦に挑めるんだからなっ!」


 リュウトたちは、二回目のテストまで二週間を切った。

 士官学校の学生たちは、授業の一環としてセルピエンテ山へ行くことになった。

 セルピエンテ山は、人がほとんど立ち入らず、急な斜面の多い荒れた山だ。険しいだけならいざ知らず、山には魔物もいる。

 コンディスが言うような楽しい遠足というわけにはいかない。――学生たちはもちろん修行のために山に行くのだ。


 リュウトが食べかけた肉を横取りして食べるゾナゴンが聞いてきた。


「もぐもぐ……楽しみぞなもし?」


 横取りされたことは腹が立ったが、既にリュウトは遠足へ思いを馳せていた。


「まあ。ちょっとね」


 シェーンと一緒にワルムウッドの森へ行ったのは楽しかった。

 目の前いっぱいに広がる雄大な自然。見たことのない植物。元の世界とは違う新鮮な空気。

 城下町の外に広がる異世界の風景を、もっともっとこの目で見たい。もっと城下町の外へ冒険したいと、リュウトはずっと思っていた。

 それが、遠足という形で夢が叶ったのだ。


「楽しい……とはいきそうにないけど、それでもやっぱりちょっとだけ楽しみかな」


 遠足の日になった。

 先導する教官のあとに続いて、学生たちは草原を抜けて、ワルムウッドの森を素通りし、村を訪ねて、セルピエンテ山に着いた。

 学生たちは全員、ショートソードという名の、冒険初心者に与えられる威力の低い剣を支給された。その剣を背負い、魔物の気配に十分に注意しながら山を登っていく。

 リュウトは、魔物に襲われたことならあるが、まだ戦ったことがない。

 自分に本当に魔物を倒せる力があるのか、疑わしくある。

 リュウトはコンディスたちに、魔物を倒した経験があるか尋ねた。


「あるぜ! ラントバウル村には腹をすかせたゴブリンがよく迷い込んで来たからな。何十匹か倒した。奴ら、一匹を倒すと、部族ぐるみで報復に来るから、一匹を倒したら全部始末しないといけない。そこが面倒だったなー」

「うん。あれは大変だった」


 コンディスとフレンは幼いころから魔物と戦ってきたのか、とリュウトは感心して聞いた。子どもの頃にリュウトが魔物と遭遇していたら、その場で泣き出して殺されていただろうと思う。


「……オレでも魔物に勝てるかな」


 リュウトは不安になってきた。


「今のリュートなら、ゴブリンだって余裕で勝てるよ」


 フレンはそう言ってくれたが、まだ自信は持てなかった。


「心配するなぞな。リュートのピンチには必ず我が助けてやるぞな~!」


 ゾナゴンがリュウトの肩の上でしゃべった。


「お前、ついてきてたのかよ」

「ずっとリュートの肩の上に乗っていたぞな。気が付かないとは、さては魔物が出てくることに相当ビビっているぞなもし?」


 ゾナゴンの言うことは図星だったので、リュウトはふてくされた。


「ビビってなんかないよ! 集中しているだけだ!」


 リュウトたちは魔物に遭遇することなく、セルピエンテ山の山頂にたどりついた。


「いい眺めー!」


 今日は天気がいいので、隣の山々の稜線がはっきりと見える。澄んだ空気、風。広がる青空に見渡す限りの山、山、山。

 こんな見晴らしのいい山の上にきたら、やることは一つだ。

 リュウトは大きく息を吸い込んだ。


「やっほーーーーーー!」


 リュウトは耳をすませた。


「っほ~、やっほ~、やっほ~」


 リュウトの声が反響して返ってきた。


「やまびこか。いいね、オレたちもやろう!」

「やるか!」


 コンディスとフレンが便乗した。


「美人と付き合いてーーーーーーッ!」


 コンディスが向かいの山に叫んだ。

 三人は耳をすませた。


「美人と付き合いて~、て~、て~」


 コンディスの声が返ってきた。

 ギャハハ、と三人は笑い転げた。


「フレンは何を叫ぶんだ?」


 期待した目でリュウトとコンディスはフレンを見た。


「オレはコンディスのような面白いことは思いつけないからな」

「恥ずかしがるなよ、やれよ。オレのを真似してもいいんだぜ?」


 コンディスがニヤニヤしながらフレンの脇腹をつつく。


「うーん、そうしたら、アレかな」


 と言って、フレンは息を吸い込んだ。


「特別授業の日、コンディスとリュウトはマリンさんをずっと見ていたけど、実はオレも見ていたーーーーーーッ!」


 フレンは叫び終わった後、耳まで赤くしていた。

 リュウトとコンディスはポカンとした後、大爆笑した。


「お前もかよ!」


 ゲラゲラと笑いが止まらなかった。


「フレンよ。わかるぜ。お前も男だなあ!」

「やまびこで叫ぶセリフのチョイスがそれって……!」

「竜騎士になるぞ、とかを真っ先にやるべきだったな。オレたちは」


 そう言っていると、他の学生たちもリュウトたちの真似をしてやまびこをしだした。

 基本のやっほーから自分の名前、ことわざや名言、愛の告白をしている者もいた。


「みんな楽しんでるな!」


 このまま帰りも楽しければ、一日楽しかった思い出の遠足になりそうだ。


「ちょっと待って!」


 リュウトはあることに気が付いた。


「ん?」

「ゾナゴンがいない!」

「あれ、本当だ」


 やまびこなど、ゾナゴンが好きそうなことに飛びつかないわけがない。

 辺りを注意深く見ても、ゾナゴンの姿はなかった。


「やっぱりいないな、ゾナゴン。オレ、ちょっと探してくる!」


 リュウトは山を駆け下りた。

 ゾナゴンは山頂のすぐ近くの道でみつかった。


「いたいた。ゾナゴン、はぐれちゃったのか?」

「リュート! 来てくれたぞなもしッ?」


 ゾナゴンは泣きそうだった。


「んえ」


 リュウトは驚いて変な声が出た。

 リュウトがゾナゴンの方をよく見てみると、ゾナゴンは三十センチくらいの小さな蛇の魔物に巻き付かれていた。


「歩いていたら巻き付かれたぞなー! 身動きがとれないぞなー! はやく助けるぞなー!」


 リュートは我が守るじゃなかったんかい、とこころの中でつぶやいて、リュウトは背中のショートソードを引き抜いた。


「わッ! ちょッ! リュート? その剣で魔物を斬るつもりぞなもし? 蛇と一緒に我も斬らないでほしいぞなーッ! あーんこわいッ!」

「絶対に動くなよ、ゾナゴン」


 リュウトは真剣にショートソードを構えた。

 これまで剣術の授業やシェーンから習ったことを思い返す。


「やってやる」


 蛇の魔物がリュウトに向かって舌を出して威嚇する。

 リュウトはショートソードを振り下ろした。


「ふっ!」


 掛け声と共に、蛇の魔物は斬られた。

 剣先はゾナゴンには当たらず、ゾナゴンは怪我一つなく無事に魔物から解放された。

 リュウトの剣の攻撃を受けて、蛇の魔物は消滅した。


「あーんリュートッ! 助けてくれて嬉しいぞな! ありがとぞな~!」


 ゾナゴンがリュウトの顔に飛びついてほっぺたをスリスリした。


「やめろって」


 顔からゾナゴンを引きはがし、地面に投げた。


「ぞっ!」


 ゾナゴンは一ダメージを受けた。


 リュウトは、人生ではじめて、自分一人の力で魔物を倒した感動に打ち震えていた。


「魔物を倒した!」


 リュウトに、じわじわと達成感がわきあがる。


「魔物を倒したぞーッ!」


 リュウトは右手に持っていたショートソードを空高く掲げた。

 なんという達成感、なんという高揚感。

 地道な努力を積み重ね、リュウトは魔物を倒せるくらいに強くなっていたのだ。


「やっほー! やっほー! やっほー!」


 リュウトは嬉しさのあまり、響かないのに『やっほー!』と連発した。やったーというべきところを、興奮で思い出せず、やっほーとしか言えなかったのだ。


「リュート。強くなったぞな。でもまだまだこれからぞな。リュートが倒したのはこの世界で一番弱い蛇型のザコモンスター。もっと強くなって、少なくとも飛竜を手懐けられるようにならなくてははじまらないぞな!」


 あれだけ散々リュートを守ってやると言っていたのに、その一番弱い蛇型のザコモンスターにも勝てていないじゃないか、と思ったが、この憎めない子どものドラゴンを守るのも自分の為すべきことだとリュウトは思った。


「ゾナゴンが無事でよかったよ」

「リュートのせいでダメージを受けたぞなが……」

「とにかくみんなの元へ戻ろう。もう昼飯の時間だよ」

「お昼ー! お弁当を持ってきたぞなもし? やったぞなー! 嬉しいぞな!」


 リュウトとゾナゴンは山頂へ戻ることにした。


「リュートはすごいぞな。さすが、我が見込んだ戦士ぞな。しかし、蛇は祟るというから気を付けるぞな!」

「こわいこと言うのやめろよなぁ……」


 リュウトたちが山頂にいるコンディスたちのところへ戻ろうとしていると、中年男性の悲鳴が聞こえた。


「たすけてくれー!」

「今、たすけてーって聞こえたぞな?」


 リュウトとゾナゴンは耳をすました。


「たすけてくれー!」


 やはり助けを求める声が聞こえる。


「聞こえた! 人がこの近くで魔物に襲われているのか?」


 リュウトは助けてという男性の声が聞こえた場所に向かった。


「いたぞな! あそこぞな!」


 ゾナゴンが指をさす方を見ると、山の斜面の下で、男性が木の枝に引っかかっていた。男性の足元は激しい流れの川がある。


「うわっ! 急いで助けないと!」


 斜面は急で、足元が一歩でも滑れば転落は免れない。

 男性が木の枝に引っかかっている場所は、リュウトがいる山道から五メートル以上下だ。

 リュウトが手を伸ばしても絶対に届かない位置に男性はいる。


「これは一人では無理だ。コンディスとフレンを呼んでこよう」


 リュウトは男性に向かって叫んだ。


「おじさん、ちょっと待ってて。今、応援を呼んでくるから!」


 リュウトは山頂でリュウトの帰りを待っていたコンディスとフレンを呼んできた。

 三人は手を繋いで、木の枝に引っかかっている男性の元へ手を伸ばした。


「おじさん、オレの手につかまって!」


 リュウトは精いっぱい手を伸ばした。


「おおおおお~! 助かるよ~!」


 男性もリュウトの手をつかもうと必死だ。


「はやくしろおおおおおおおおッ!」


 フレン、リュウト、男性の三人の体重を斜面の上で支えているコンディスの顔は真っ赤だった。


「はあ……はあ……ありがとう、助かったよ」


 無事に、リュウトたちは男性を助けることができた。

 男性は、商人のような姿だった。武器は持っておらず、この険しい山へ来る格好ではない。


「おいおい。おっさん、武器を持たずにこの山に来たのか? 魔物が出るって有名だろ?」


 コンディスがため息交じりに聞いた。

 すると、男性は答えた。


「わたしの名前はコンメルチャンという。城下町で商いをしている者だ。お前さんたちは、このセルピエンテ山に伝わる伝説を知っているか?」

「はあ~? 人の話を聞かないおっさんだな」


 コンメルチャンと名乗る商人の態度に、コンディスがさらに悪態をつく。

 しかし、コンメルチャンは関係なしに話を進める。


「知らないなら教えてやろう。このセルピエンテ山には、大蛇の魔物が守りし聖剣があるらしい。わたしはその聖剣の在り処を探している。聖剣を探し出して、大もうけするつもりじゃよ! ふぉっふぉっふぉ!」

「ふーん。それでこの山に来たのか」


 リュウトたちは顔を見合わせた。そして、欲深い爺さんなんだなという目でコンメルチャンを見た。


「大金がわたしを待っているのじゃー!」

「爺さん。危ないからさっさと帰れよ」

「じっ、爺さん! わたしはまだ五十歳。爺さんという年ではないわっ! まあそれはいいとして、もう一度礼を言おう。助けてくれてありがとう。君たちは見たところ学生さんじゃな。勉強、頑張れよ! わたしは引き続き伝説の宝剣探しと行くわい! ぬあっはっは!」


 コンメルチャンは愉快そうに笑いながら颯爽と行ってしまった。


「……心配だなあ」


 リュウトたちは山頂に戻ってきた。

 昼休憩の時間は短くなってしまったが、人助けができたのでよかった。


「だけどなにか嫌な予感がする」


 リュウトは、拭いきれない嫌な予感がしていた。


「確かに心配ではあるよなー。あの爺さんが素手で魔物に勝てるとは思えないし」

 三人が遅めの昼食を食べようとしていると、突然地面が揺れた。

「地震だっ!」

「すごい揺れだ!」

「これ多分、ただの地震じゃないぞ」


 地震は十数回揺れたあと、止まった。

 リュウトたちの元にシャグラン、ハザック、シェーンが駆けつけてきた。


「この地震とこの気配。魔物が現れたのかもしれない!」


 シャグランがリュウトたちに言った。


「な、なんだって!」

「それもかなり危険な奴だ。放っておくわけにもいかなさそうだ!」

「――行こう!」


 リュウトたち六人は、魔物の気配がする方向へ走っていった。


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