第36話 聖女の嘘の件

 夢を見せる魔法石は、アリアに声が届かない夢を見た日の朝、起きたときに割れていた。


「ふむ。石の中で増大していった魔力に、石がたえ切れなくなって壊れたぞなね」


 と、割れている石を見てゾナゴンは説明してくれた。

 妙な夢を見なくなるのはいいことだが、アリアが出てくる夢を見るチャンスが減ったことには残念だ、とリュウトは思った。


 部屋に戻ってきたコンディスがいい笑顔をしながらリュウトに話しかけてきた。


「リュート! 明日の授業は特別講師が来るらしいぜ!」

「特別講師?」

「ああ。聞いて驚け。なんと、あの白魔導士のマリンさんがこの学校に特別講師として来るそうだ!」

「えっ! マリンさん!」


 マリンはアリアと気分転換に出掛けた日に出会った、翡翠のような瞳をした穏やかな女性で、今は王城に保護されながら白魔導士として教会で働いている。


「そうなんだ」


 マリンさんに会うのも久しぶりだなとリュウトは思った。

 ルブナを埋葬した日から、あの教会へは行っていない。

 教会へは、みんなで竜騎士になったら、必ず行くつもりでいる。


 特別授業の日になった。

 特別講師として招聘しょうへいされたのは教会の司教で、そのお手伝いとしてマリンが来た。

 司教は学生たちに神学の講義を行った。なぜ神は人をお創りになっただとか、なぜ人は神に感謝しなければならないのだとか、神学の講義はリュウトには退屈な話ばかりだった。

 あまりにも興味が持てないので、リュウトは司教の補佐をするマリンをずっと眺めていた。


「相変わらずキレイだなー……」


 とリュウトが思ったことをそのまま口にしたのは隣の席のコンディスだった。

 コンディスもぼーっとマリンを眺めている。

 オレンジの髪にエメラルドグリーンの瞳。純白の白魔導士のローブが彼女の美貌を際立たせている。

 授業が終わるとマリンの方からリュウトに話しかけてきた。


「お久しぶりです。まさかリュウトさんの学校へ赴くことになるとは思っていませんでした」

「オレもです。まさかマリンさんと学校で会えるとは思ってなかったです! 嬉しいです」

「ええ」


 二人はしばし再会を喜んだ。

 すると、美貌の女性マリンに興味津々なゾナゴンがやってきた。


「リュート! そのおなごは誰ぞなもしー! 紹介するぞな!」

「まあ可愛い。私は教会でお手伝いをさせていただいております、白魔導士のマリンと申します」


 マリンは笑顔で挨拶をした。

 しかし、ゾナゴンが見ていたのは彼女の白いローブの下に隠されている豊満な胸元の方だった。


「おお~! おっぱいがおっきいおなごぞな! やっほーっ!」


 ゾナゴンはマリンに飛びついた。

 身体の上を飛び跳ねて色んな場所を触る。


「きゃっ! あっ! そこはいけませんっ」


 ゾナゴンに触られてマリンが艶やかな声を出した。


「ぐほほほほほほほぞなー!」


 ――セクハラオヤジかお前は。


 リュウトは静かに怒って、ゾナゴンをわしづかみにしてマリンの身体から引きはがした。


「ぞな?」

「お前は――」


 リュウトは助走をつけて、ゾナゴンを窓の外へ投げた。


「飛んでいけーーーーーーッ!」

「ぎょわわわわわわーッ!」


 ゾナゴンは空のかなたへ飛んで行った。


「ふう。くたばれ淫魔め……」

「リ……リュウトさん。ビックリしましたが……わ、わたしは大丈夫ですからね!」

「いや、すみません。ゾナゴンは悪い奴じゃないんですけど、キレイな女性には目がないみたいで……」


 淫魔を退治した後、リュウトはマリンと長々と話した。

 この国で起きた些細な出来事、最近の暮らしぶり、はまっていることなどなど。

 つい話が弾んでしまって、たっぷりと話し込んでしまった。久しぶりに会ったマリンは、上品で優雅な立ち振る舞いは以前と全く変わるところがなかった。


「それでは頑張ってくださいね」


 と言うマリンにリュウトは返事をして別れた。


「いいなあリュートは!」


 陰からリュウトとマリンを眺めていたコンディスとフレンが出てきた。


「オレも美人と会話したい!」

「でもコンディスは美人と会話したらアガって会話にならないだろ?」


 コンディスへのフレンのツッコミは今日も素早い。


「はははははは」

「リュート、笑うなよ」


 ちょっと前までは、リュウトもそうだった。女性を過度に意識して、自分が自分でいられなかった。

 だけどこの異世界に来るようになってからは、アリアやマリンといったやさしい女性たちに出会えて、意識が自己の内部へ向かって行くのを防ぐことができている。

 異世界だからこそ、元の世界と違って、自分の立ち位置の確保を失敗してもどうということはないという心理が少なからず働いているのは否めないが。


 リュウトが自室に戻ろうとしていると、廊下の途中をボロボロになったゾナゴンが歩いていた。


「リュート……ひどいぞな……ひどい。我はリュートの力を侮っていたぞな……」


 ゾナゴンは木の枝を杖代わりにして歩いている。


「むやみやたらに女性の身体を触るな!」


 リュウトはゾナゴンをしかった。


「うっ……ごめんぞな」

「反省しろ!」

「もう十分反省したぞな……」

「ホントかよ」


 またマリンに同じことをしたら絶対に許さないぞとリュウトは誓った。


「しっかし! マリンさんのおっぱいは大きさ、形、柔らかさ。すべてにおいて極上のおっぱいだったぞな!」

「な……ッ!」


 リュウトは顔が赤くなる。


「ああ~毎日触りたいぞな~!」

「そ、そ、そういうのやめろよッ!」

「あれれ。なんでリュートは顔が赤いぞな? なんでぞな?」

「……うるさいんだよ……」


 ゾナゴンがマリンの身体を丁寧に説明するので、つい白いローブの下を想像してしまう。

 確かに大きいけど、と思ったが、あわてて首を振っていけない想像をかき消した。


「だけどリュート。マリンさんはヤバい女かもしれないぞな」

「え?」


 急に真面目な口調になるゾナゴンに、リュウトも真面目に聞いてしまう。


「マリンさんは武器を隠し持っていたぞな。腰、右内股、胸の谷間の中の三か所。本当に街で働くただの白魔導士ぞなもし? 我にはちょっと信じられないぞな~!」

「……」


 ――武器を隠し持っている?


「マ……マリンさんはいい人だよ」

「本当ぞな? リュートは彼女のすべてを知っているぞなもし? 人間には誰にでも秘密はあるぞなが。リュートは他人を信じすぎるぞな。いつかそれできっとひどい目に遭うぞな」

「なんだよ偉そうに……」

「まあ、けどリュートのことは我が守ってやるので安心するぞなー!」

「はいはい……」


 リュウトは考えた。


 ――マリンさんには、秘密がある?


 あの素敵な笑顔の、丁寧な物腰の、嫋やかな女性が――。

 リュウトには、何度考えてもマリンが敵や、ましては悪人だとは思えなかった。


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