第34話 おっぱいを触ったことがないぞなもしの件

 闇の魔法を司る古竜ゾル・ナーガの王子だと名乗るゾナ先生が、リュウトの元にやってきた。リュウトはアリアのことをもっと聞きだしたいと思っていたが、今日も一日授業のため、別の機会にすることにした。

 コンディス、フレン、リュウトは、布団から出て朝の支度をしだした。

 その物音で、ゾナ先生は目が覚めた。


「ふぁあぁ~。こんな朝早くから、何ぞなもし~?」

「今日は学校の日だから着替えてるんだよ」


 リュウトが答えた。


「朝はもっと寝ていた方がいいぞなもし」

「じゃあ寝てろよ」


 リュウトはきつめに言った。


「着替え終わったし、朝飯に行こうぜ!」


 リュウトとフレンの着替えが終わったのを確認して、コンディスがみんなに言った。いつもコンディスのこの言葉を合図に朝ご飯を食べに食堂に行く。


「我も朝ご飯を食べるぞなー!」


 さっきまで眠そうにしていたゾナ先生は、朝ご飯というワードに反応してリュウトの布団から飛び起きた。リュウトはまた布団を直さなければならない。


「こいつ……。こんなこと言ってるけど、いいのか?」

「さあ……」


 学食をドラゴンに食べさせていいとも、いけないとも校則にはない。

 そんな校則、あっても困るが。


「お金ならいっぱい持ってるぞな! だから大丈夫ぞな~!」

「ホントかよこいつ」


 突然来訪したドラゴンの対応に、三人はどうしたもんかと頭をかいた。


 三人と一匹は食堂についた。

 食堂はバイキング形式で、三食、いつもここで自分の分をよそって食べている。

 自分の分をよそい終わった三人は席について食べだした。


「今日の授業はどこからだっけ?」


 コンディスの質問にフレンが答えた。


「九十四ページの現行の法制度からだよ」

「そうだったな」


 コンディスとフレンが会話をしていると、リュウトが情けない声を出した。


「あーーーーーーっ!」

「どうした? リュート」

「ゾナ先生が、オレの朝ご飯を勝手に食べてる!」


 ゾナ先生は、リュウトの膝からひょっこり顔を出し、リュウトの分の朝ご飯を勝手に食べていた。


「うまっうまっ……ぞな」

「お前っ! 人の物を食べるな! 自分でよそって食べればいいだろー!」


 好きなものをあとに食べるタイプのリュウトは、この似非松山弁で話すドラゴンに好物をほとんど食べられてしまったことに腹が立った。


「我にそんな口をきくでないぞなもし~。我は王子ぞな! もっと敬ったほうがいいぞなもし!」

「王子だったらもっと王子らしく振舞ったらどうだ! お前、人の膝の上でこぼしすぎだぞ!」


 リュウトの机の周りは、ゾナ先生がこぼした、というよりまき散らした食べかすでいっぱいだった。

 リュウトの服にまでついてる。

 ゾナ先生は自分がこぼした食べかすをみて、顔を赤くした。


「ぽっ」

「ぽっじゃないよ、まったく。照れたのか? 今」

「我はまだ子どものドラゴンぞな。リュートはもうちょっとやさしくするぞな! アリアはやさしかったぞなー!」


 と言ってゾナ先生はリュウトに向かってべろべろべーをした。


「アリアの名前を出すのは卑怯だ!」

「事実ぞな!」 


 そんなリュウトとゾナ先生のやり取りを見て、コンディスとフレンはため息をついた。


「朝から元気だねぇ……」


 三人は一旦、食堂から教科書を取りに部屋に戻った。

 教科書を取りに来たのと、ゾナ先生をこの部屋に閉じ込めておくためだ。

 だけど部屋にはトイレがないので、閉じ込めておくのはかわいそうだということになり、鍵はかけないことにした。


「授業中、教室には絶対に来るなよ!」

「ちゃーんと大人しく部屋にいろよ」


 どこまで意味があるかはわからないが、リュウトとコンディスはゾナ先生に念を押した。


「ぶーぶーぞな」


 ゾナ先生は不満のようだった。


「あ~! ぞな! 我も一緒に行きたいぞな~! 行くぞな行くぞな連れてって~!」

「もうっ! ぞなぞなうるさいっ! ぞなぞなうるさいから今日からお前はゾナゴンだッ!」


 リュウトはゾナ先生をしかりつけた。


「ゾナゴンってなんぞな! ……んん? ゾナゴンぞなか。気に入ったぞな~!」


 リュウトに名付けられたゾナゴンは大はしゃぎだった。

 ぞなぞなうるさいドラゴンだからゾナゴン、そんないい加減に言ったセリフが喜ばれるとは思っていなくて、少しだけリュウトは照れくさくてむず痒い思いがしたが、もう一度念を押すことにした。


「とにかく出てくるなよ!」


 いつも通り、教室の席について教科書を広げた。間もなくヴィエイル教官長が教室に入ってきて、いつも通りの授業がはじまった。


「ゾナゴン。来ないな。大人しくしていればいいけど――」


 リュウトはアリアのことを考えた。

 アリア、元気なのか。

 よかった。

 ゾナゴンも言っていたけれど、戦うアリアの姿はカッコいい。

 そして守ってくれたあとに見せる、やさしい顔つき。

 今ですらあんなにやさしいアリアだが、成長したらどんな素敵な女性になるのかと妄想を膨らませた。それから、リュウトは自分の雑念を恥じた。そんな失礼なこと、考えている場合ではない――。

 しかしアリアのことを一旦考えはじめると、リュウトはニヤけが止まらなくなった。


「ふ、ふ。うふふふふふ……」

「なーに、すけべなことを考えてるぞなもし?」


 ゾナゴンの声がリュウトの足元からした。足の間にゾナゴンがいた。


「うわああああああッ!」


 驚きでリュウトは叫び声をあげてしまった。


「なんだ? リュート」


 ヴィエイル教官長は突然叫び声をあげたリュウトを心配した。


「何でもありません……」


 リュウトはヴィエイル教官長に謝った。


「なんで来ちゃったんだよ……」


 なにもヴィエイル教官長の授業のときにこなくてもいいのに、とヒヤヒヤした。

 ゾナゴンはそんなリュウトの焦りを気に留めず、机に上がってきた。


「うわあっ! あああっ? やめろ、出てくるな!」

「ぞなもし?」


 リュウトは服の中にとっさにゾナゴンを隠した。


「むぎゅっ!」

「部屋から出てくるなって言っただろ!」

「うぎゅぎゅ」


 ゾナゴンは胸の中で静まり返った。

 不審に思ってリュウトが服の中のゾナゴンを見ると、ゾナゴンは不思議そうな顔でリュウトの胸をパンパンと叩いて言った。


「おかしいぞな? リュートはおっぱいがないぞな?」

「当たり前だろ? 男なんだから……」

「男? じゃあアリアも男ぞなもし?」

「ん? どういうこと?」

「アリアもおっぱいがなかったぞな! アリアも男ぞな!」


 リュウトはゾナゴンの発言に凍り付いた。

 そしてありったけの殺意の目をゾナゴンに向けた。


「ッ! ……それ以上言ったらお前を殺す……」

「ひっ! こわいぞな……っ。 そ、そんな目をしたって、我はへっちゃらぞな~! べーっ!」


 ゾナゴンはまたリュウトにお得意のべろべろばーをした。

 その顔を見ているとリュウトは殴りたくなる。が、気持ちをセーブした。

 こんなドラゴンの言うことを真に受けるのは愚かだ。


「しかし不思議ぞな。我がこれまでに出会ったおなごは、自分からおっぱいに顔をうずめさせてくれる娘が多かったぞな。……ところで、リュートはおっぱいの柔らかさを知っているぞなもし?」


 リュウトの持っていたペンがへし折れた。

 折ろうとして折ったのではない。怒りで気付いたら折れていたのだ。


「……黙れよ……」

「ひいいい。リュートの目がマジぞな!」


 ゾナゴンは血走るリュートの目におびえた。だが、あることに気が付いてしまった。


「あっ! ははーん。わかったぞな! リュートはおっぱいを触ったことがないぞなもし?」


 ついにリュウトの血管が切れた。


「当たったぞな! 当たったぞな? わーいわーい」

「うるさあああああああああいッ!」


 リュウトは教室中に響き渡る声でゾナゴンを怒鳴った。

 教室中の視線がリュウトに集まる。

 ヴィエイル教官長はにっこりと笑って言った。


「リュート。廊下に立っとれ」


「最悪だ」


 水を入れた桶を持って、リュウトは廊下に立たされた。

 こんな古典的なことを異世界でやる羽目になるとは。

 こんなことになってしまった元凶であるゾナゴンをリュウトはきっとにらみつけた。


「リュート。もしかして我のせいで怒られてしまったぞなもし?」

「もしかしなくてもそうだよ!」

「それはリュート。ごめんぞな……」


 ゾナゴンは泣き出しそうな声で謝った。

 案外素直に謝るんだな、とリュウトは思った。


「お詫びにこれをあげるぞな……」

「何だこれ?」


 ゾナゴンがどこかから取り出したのは、手のひらサイズのキレイな石だった。


「石ぞな……」

「それはわかるけど……」

「ごめんぞな……怒られるのは誰だって嫌ぞなもしね?」


 ゾナゴンはしゅんとした表情を浮かべた。

 どうやらちゃんと反省したらしい。

 子どもだって言ってたし。大目に見るか。と、リュウトは反省するゾナゴンを許すことにした。


「まあ、そんなに素直に謝られるとなあ。いいよ。ありがとう。でももう悪いことはするなよ!」

「リュートはやさしいぞなー!」


 ゾナゴンは明るさを取り戻して飛び跳ねた。


「調子のいい奴……」


 リュウトはそんなゾナゴンを見て、ふっと笑った。


 一日の授業が終わり、就寝直前。

 リュウトはゾナゴンからもらった石を眺めていた。

 ゾナゴンからもらった石は、ただの石だった。

 子どもって石が好きだよな、と考えながらもらった石を枕元に置いて寝た。

 その日、リュウトは久しぶりに夢を見た――。

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