第33話 コドモノドラゴンココドコドラゴンの件
シェーンと無事に仲直りができたリュウトはご機嫌だった。
リュウトがトイレから自室に戻ってくると、フレンがリュウトに手紙を渡してくれた。
「リュート宛てに手紙が届いてたよ」
「えっ! 手紙? 誰からだろう」
「それが……」
手紙には、差出人の名前らしきものが書かれてあった。
だが、もの凄く下手な字で、解読が不能だった。
「なんじゃこれ! 三歳児の落書きみたいな字だなあ! 字のへたくそさはオレも人のこと言えないけど」
「ただこの、学生寮の住所とリュートさんへという文字はキレイだな」
「じゃあこの汚い差出人の名前はサインか何かなんだろうか?」
フレンとリュウトは一緒になって考えたが、答えはわからなかった。
「中身はどうだろう?」
リュウトは手紙の封を切って中に入っていた便箋を取り出した。
「うわっ」
全部で三枚の便箋にも、ミミズの這ったような文字が記されている。
「これはひどいな……。いたずらか?」
「リュート、身に覚えがあるのか?」
フレンがリュウトに尋ねた。
「いや、ないけど……」
「うーん」
二人が手紙の差出人について考えていると、風呂に行っていたコンディスが悲鳴をあげながら帰ってきた。
「ギャアアアアアアーッ! で、出たーッ!」
悲鳴をあげて勢いよく部屋に入ってきたコンディスは扉をバタンと閉め、荷物置き場から急いで木刀を取り出し、扉に向かって構えた。
「くっ! 来るなーッ!」
「コンディス! そんなにあわててどうしたんだよ」
「で、出たんだ……」
「出たって何が?」
「化け物だよ!」
コンディスの発言にフレンとリュウトが顔を見合わせ、大変なことが起きていると気付いた。
「なっ! 魔物が現れたというのか! この学生寮に!」
フレンも護身用に置いてある棒を取り出して握った。
緊張が走る。
コンディスとフレンとリュウトはごくりと唾を飲んだ。
扉が、キイイと音を立ててゆっくりと開く。
「来たッ!」
扉を開けたのは、サッカーボールくらいのサイズの、海藻に身体が覆われた魔物だった。
「な! な? なんだこいつは!」
これは魔物……なんだろうが、邪悪な感じはしない。もっと恐ろしい姿をした怪物が来たかと思い込んでいたため、フレンとリュウトは拍子抜けした。これなら一撃で勝てそうだ。
「魔物めッ! やっつけてやる!」
コンディスが木刀を魔物に向かって振り下ろした。
「でやああああああー!」
「ギャーッ! なにするぞなー!」
海藻まみれのサッカーボールの魔物がコンディスの振り下ろした木刀をかわして叫んだ。
「しゃべった! この魔物、しゃべったぞ!」
フレンが叫ぶ。
「人語を操る魔物だと! 成敗してくれるッ!」
コンディスがまた木刀を振り下ろす。
「やめるぞなー! やめるぞなー!」
またしても海藻まみれの怪物はコンディスの木刀をかわした。
「くそっ、すばしっこい奴だ!」
「待って! コンディス!」
リュウトは木刀を振り回すコンディスを制止した。
「な、なんだ! どうして止める、リュート!」
「その魔物、……『ぞなぞな』言ってる……」
「ぞなぞな……? なんだそれは……? だからどうした……?」
リュウトは小学生時代に仲が良かった友人のことを思い出していた。
その友人は愛媛県から東京に転校してきた子で、たくさんの地元の方言をリュウトに教えてくれた。
そして、その友人曰く愛媛には『ぞなもし』という方言があるらしい。
この『ぞなぞな』しゃべる魔物は、愛媛県産の魔物なんだろうか?
――っていや、そんなわけないだろうけど……。
悪い魔物ではないかもしれない、とリュウトは思い、魔物に絡みついている海藻を手で取り除いてあげた。海藻は複雑に絡まっていたが、ちぎればすぐに取れた。
「お、おい、リュート……。……そんなものによく触れるな……」
コンディスの本音はさておき、リュウトは一生懸命海藻を取った。
そして全部海藻を取り除くと。
「おおっ! 視界が開けたぞなー!」
魔物は本来の姿を取り戻した。
魔物の頭には角が二本。ぷりっと突き出た短いしっぽ。キュートなお目目の丸っこい身体。魔物の真の姿はドラゴンを究極にデフォルメしたような愛らしい姿だった。
「な、なんだあ? こいつは」
思っていたのと違った魔物の本当の姿に、コンディスは驚いた。
「さっきからお前、失礼ぞな!」
「で、お前は何なんだ?」
フレンが魔物に聞いた。
「我は古竜ゾル・ナーガ族の王子、名前はそのままゾル・ナーガ! 敬意を込めてゾナ先生と呼ぶぞな! 我は魔物じゃないぞな~!」
と、この魔物は答えるが、コンディス、フレン、リュウトはますます不信感を抱いたのだった。
「ゾル・ナーガ族って?」
リュウトが聞いた。
「全然知らないな」
フレンが答える。
「古竜ってことはお前、ドラゴンなのか? み、見えねー……」
コンディスは腕を組んでまじまじと見つめるが、やはりどうしてもこのちんちくりんな魔物がドラゴンには思えない。
「ガーン! ショックぞなぁ……」
魔物はショックを受けているようだった。
が、すぐに立ち直った。
「知らないようだから説明してやるぞな! しっかり聞くぞなもし!」
「はあ……」
奇妙な松山弁を操る魔物は、リュウトたちに説明をはじめた。
古竜ゾル・ナーガとは、風竜のような上位種のドラゴンであり、闇の魔法を司るドラゴンで、世界を創りし神竜の骨から生まれたという。
その力は神竜に匹敵し、過去に二度、世界を滅ぼしかけたことがあるらしい。
「お前たちはきちんと勉強してないぞなもし~?」
「勉強は一生懸命やってるよ。さっきから失礼なトカゲだなー……」
コンディスはゾナ先生にビビらされたことを根に持っている。
「トカゲ呼ばわりするなもし! 我はドラゴンぞな!」
「で? なんでここに?」
フレンが真面目に質問をした。
「うむ。我はリュートという名前の男を探しているぞな!」
「えっ!」
コンディス、フレン、リュウトの三人は顔を見合わせた。
「リュートという名の男が住んでいる、士官学校の学生寮、十の二号室を我は探して旅に出ていたぞな。崖を飛び降り、空を舞い、風に吹かれて、海を渡り。それはもう大変な旅だったぞな。だが、道に迷ってこんなところへたどり着いてしまったぞな。ここは一体どこなんだぞな。リュートという男に会わなくてはいけないというのに。道を尋ねようとしたら木刀を振り回されるわ……大変だったぞな。しかし、こんな豚小屋みたいな場所に人が住んでるとは驚きぞな~!」
ゾナ先生はゲラゲラと笑った。
「失礼な奴だなあ!」
コンディスが怒る。
リュウトは一瞬ためらったが、この小さなドラゴンが探しているというので名乗ることにした。
「士官学校の学生寮の十の二号室はここで合ってるし、リュートはオレだよ」
「えええー!」
ゾナ先生は飛び跳ねた。
「こんな男がリュートぞなもし? 話が違うぞなー!」
「こ、こんな男って……」
リュウトは変な魔物にこんな男呼ばわりされたことが悲しかったが、話をさらに聞きだすことにした。
「で? ゾナ先生はオレに何の用があるんだ?」
ゾナ先生は振り向き、偉そうに答えた。
「我はとある人物から頼まれてリュートを探してるぞな。お前がリュートだという証拠がなければ話せないぞな。本物のリュートなら、我が出した手紙を持っているはずぞな~!」
「手紙? これのことか?」
リュウトは先ほどフレンから受け取って机の上に置いておいた手紙をゾナ先生に見せた。
「ええええーっ! じゃあ、お前が本物のリュートぞな?」
「うん」
「信じられないぞな」
「これ、筆跡が二人分あるけど」
「手紙を送ろうとしたら、配達する人が読めないっていうので書いてもらったぞな。けど、我の方がどうみても字がうまいぞな~」
フレンとリュウトは謎が解けたな、と顔を見合わせた。
ゾナ先生は一生懸命何かを考えたあと、自分の使命をリュウトに伝えることにした。
「我は、アリアに頼まれて来てやったぞな!」
「ア…………アリアだって!」
リュウトは懐かしい名前に驚き、立ち上がった。
「アリア、アリアって言ったのか! おいっ! 答えろッ!」
リュウトはゾナ先生の首を掴んで強く揺すぶった。
「ぐええええー! ら、乱暴ぞなぁ! やめるぞなー!」
「アリアって?」
リュウトが激しく首を揺すぶる中、コンディスが聞いた。
「アレーティア王女のことか?」
フレンも聞いた。だが、無我夢中になるリュウトの耳には届いていなかった。
「アリアのことを知っているなら聞かせてくれっ!」
リュウトは夢中だった。
何も言わずに外国へ飛んで行ってしまったアリア。
別れの日に抱きしめたアリア。
色んなアリアの表情がとめどもなく脳裏に浮かび上がってくる。
「うぎゃああああー! 首が……締まる……ぞな……ぐえ」
「ああ、ごめん」
リュウトはパッと手を離した。
「うぎゅっ」
地面に落とされたゾナ先生はつぶれて変な声を出した。
「ううう……まったく、近頃の子どもはおそろしいぞな……」
ゾナ先生がアリアと出会ったのは二か月ほど前だという。
魔物に襲われて追い詰められたとき、空から風竜に乗ったアリアが参上し、鞭で魔物を薙ぎ払った。
「あのときのアリアはかっこよかったぞなー!」
ゾナ先生は興奮しながら話した。
「アリアは魔導学院へ向かっているとか言ってたぞな」
「外国へ向かう途中で出会ったのか……」
リュウトはぽつりとつぶやいた。
「アリアには助けてもらったぞな! 義に厚い我は、我のピンチを救ってくれたアリアの願いを叶えてやると言ったぞな!」
「上から目線なんだな」
「それは我の方が偉いからぞな!」
「はいはい」
「そしたら、アリアはリュートを守ってほしいと言ったぞな。アリアはリュートを困らせることをしたって悲しんでたぞな。だから我はアリアの代わりにリュートを守りに来てやったぞな~!」
「アリアが……」
「だけど、アリアの話ではリュートはやさしくて頼りがいがあって、ハンサムでいいにおいがすると言っていたぞな? 全然違うぞな!」
「えええっ! いっ! いいにおい……っ! ア……アリアがそう言ってたのか……?」
「そうだぞな。ああ、これはアリアから内緒にするように言われてたぞな。これはこれはうっかりしてたぞなー! わははははは」
リュウトは赤くなった。
アリアがそんな風に思っていたのか。
照れるような、恥ずかしいような、嬉しいような、こそばゆいような、ひょっとしてアリアはにおいフェチの変態なのかという疑惑など、色んな感情がリュウトの全身を駆け巡った。
リュウトは思わず自分のにおいをかいでみたが、自分ではわからない。
「アリアに会ったら説明してもらわないといけないぞな! リュートはハンサムじゃなかったぞな! とな! まあ、アリアの頼みは聞いてやるぞな。今日から我は闇の魔法を司るゾル・ナーガ族の誇りにかけて、リュートを守るぞな! だからしばらく世話になるぞな~!」
「世話って……」
強引に話を進めるな、と言いたかったが、ゾナ先生はもうそこにはいなかった。
リュウトのベッドの上に、ぴょんと飛び乗っていた。
「いっぱいしゃべったら疲れたぞな。寝かせてくれぞなもし」
と言って、リュウトのベッドの布団にもぐって寝始めた。
「そこはオレのベッドだぞ! どけよ!」
「スピースピー」
「寝るのはやっ! ……なんなんだよ、こいつー……」
穏やかな寝顔のゾナ先生を見て、リュウトは先行きの不安に押しつぶされそうだった。
「なんだかにぎやかになりそうだな」
フレンが真顔で言った。
「そうかなあ……」
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