第31話 テストの結果と森で遊ぼうの件

 テストが明けて次の週。リュウト、コンディス、フレンが教室に向かうと、先週末に行われた試験の結果が壁に貼りだされていた。

 試験の結果が書かれた紙には、個人の成績ではなく、チームの合計ポイントと順位が書かれている。

 今期の士官学校は、入学当初の三十三チームから、減って今では二十チームしかない。

 一位のチームは見る前からわかっていたが、シャグラン、ハザック、シェーンの三人だった。


「どれどれ。オレたちはっと」


 コンディスが貼りだされた成績表から自分たちのチームを探し出す。


「あった!」


 コンディス、フレン、リュウトの三人のチームは、シャグランたちの三個下。四位の欄に名前があった。


「四位かー!」

「いやいや、よくやったさ」


 四位。思ったより下ではなかったが、目標の三位以内には届いていない。


「次回で頑張ればまだ挽回は可能さ」


 コンディスとフレンは、この結果に不満はなさそうで、次回のテストへまたやる気の炎を燃やした様子だった。

 一方でリュウトは一日、モヤモヤした気持ちで過ごすことになった。


 次の日。リュウトはシェーンと二人で早朝の掃除をしていた。


「頑張ったんだけどなぁ……」


 リュウトのつぶやきを無視してシェーンは黙々と窓ふきをする。


「あんまり落ち込まないようにしてるけど、あと一歩ってところなのが余計に悔しいよなぁ~……」


 リュウトはため息をついた。


「リュート。さっきから手が止まっている」

「ああっ、ごめんごめん」

「……そんなにテストのことで落ち込んでいるのか?」

「いや~。う~ん。やっぱりこれって落ち込んでるのかな~?」


 昨日の結果を見てから、なんとなくリュウトは気分が晴れない。

 リュウトが実技試験の午後の科目でミスをしなければ、三位以内に入れたかもしないのだ。試験の日に戻って、槍術と弓術のテストをやり直したい気持ちになる。


「なら週末、いいところへ連れて行ってやる」


 シェーンがニヤリと笑った。


「い、いいところ?」


 シェーンに笑顔が増えるのはいい傾向だが、その悪だくみをしているような笑顔には悪い予感がする。


「ま、前のときみたいの仮面の格闘大会は絶対に行かないからね! 絶対!」

「わかっている。もっと楽しいところだ」


 シェーンは楽しそうだった。


「もっと楽しいって……。ううう。お、落ち込んでるなんて言わなきゃよかったかも……!」


 そしてその週が終わり、休日。昇降口で待ち合わせてリュウトとシェーンは合流した。シェーンは背負い袋いっぱいに荷物を持っていた。


「すごい荷物。それ、中身はなんなの?」

「オレの秘密アイテムだ」


 またもやシェーンは楽しそうに口元をニヤリとさせた。


「こわい……」


 リュウトとシェーンは学生寮を出て城下町を歩き出した。

 リュウトがこれまでに行ったことがない、城下町の端の方まで来た。


「ねえ。どこに行くのかそろそろ教えてよ」


 リュウトたちは城下町の出入り口、南にある門に来ていた。リト・レギア王国の王城がある城下町には東西南北に四つの門がある。

 上を見ると首がつりそうな城壁で覆われたこの街の門の下では、行商人や旅人らが門番をしている兵士に許可を得て城下町の外へ出ていた。

 冒険者とおぼしき、鎧を着こんで、剣や弓を装備している人々もいる。

 大きな剣や斧を背負って堂々と歩く勇者や戦士風の人々を見て、リュウトはテンションが上がった。


「ふぉおおおー! 異世界っぽい! 異世界っぽいよ! これだよこれだよ異世界にあるべき雰囲気っ! ゲームの世界に迷い込んだみたいでウキウキしてくるっ!」


 興奮するリュウトを気にもせずシェーンは門番の方へ歩き出した。

 リュウトはそこで、嫌な予感は当たっていたと気がついた。


「えっ。もしかして……シェーン、ま、街の外に行く気か……?」


 シェーンを追いかけてリュウトは尋ねた。

 シェーンは満足そうな笑みを浮かべた。


「ああ。そうだ」

「街の外って、あ、危なくないのか? 魔物がいるって学校で習ったし……」

「だからこれを持ってきた。一本貸す」


 と言って、シェーンは背中に背負っていた二本の棒の内一本をリュウトに渡した。


「これ……訓練用じゃない。授業で使っている本物の剣じゃないか!」

「行くぞ」

「行くって……。あ! そういえば、街の外へは子供二人だけでは通れないはずだよ。外に行くのには通行証が必要っていうのも習った!」

「オレは通れる」

「なっ?」


 シェーンが行商人や冒険者たちのように街の外へ出ようと、門を通ろうとすると、案の定門番の兵士に止められた。


「こら。子ども二人では外に行かせられないぞ」


 言わんこっちゃない、とリュウトはシェーンを見た。

 シェーンは堂々たる態度で、門番に言った。


「お前。オレが誰だかわからないのか? この顔に見覚えはないのか?」

「えっ? あああっ!」


 門番は急にうろたえだした。


「こっ! これはクリムゾン様ッ! し、失礼いたしましたぁっ!」


 門番は畏まって道をあけた。

 これで、街の外へ出られる。


「……すっげー。けどさあ、シェーン、それでいいの?」


 シェーンは門の外に進んでいった。


「兄なら『どーん』と構えてくれるだろう。そうじゃなかったか? リュート兄さん」

「リュ、リュート兄さんって……」


 士官学校の生徒は全員リュウトより一つ年下だが、シェーンはリュウトより顔つきが大人びているので年下のようには感じられない。

 シェーンから嫌味っぽく兄さん呼びされるのはとても不気味だ。


「シェーンがこころを開いていってくれるのは嬉しいけど。どんどん悪いことを覚えて言ってる気がするなあ……。まあいいか!」


 リュウトは頭をかいた。

 先に行くシェーンのあとに続いた。


 城下町の南の門を抜けると、一面に草原が広がっていた。

 草原は穏やかな風にそよいで、立っているだけで癒されるような風景だ。

 草原の中に、一本道があり、先の先まで続いている。

 その一本道を門の下でみかけた行商の馬車や冒険者たちが道を進んでいく。


「あっ、竜騎士が飛んでる!」


 リュウトの頭上を城下町から出てきた三人の竜騎士たちが通り過ぎていった。

 竜騎士たちはすごいはやさで空を飛んでいき、すぐに見えなくなってしまった。


「すごいなあ……」


 思わず感嘆のため息がでた。


 リュウトとシェーンは草原の一本道をひたすら進んでいった。

 城下町の外を歩くのは魔物がいつ出てくるかわからなくてこわいけど、気持ちいい風のせいで、危機感が薄れてくる。

 しばらく歩いてうしろを振り返ると、街はだいぶ小さくなっていた。

 数日過ごした王城が、うっすらと存在していた。


「結構歩いたなあ」


 またしばらく進んでいくと、道が二手に分かれていた。

 片方は草原の先へ。もう片方は森へと続いていた。

 できたらこのまま草原を歩いてもうしばらくピクニック気分を味わっていたいのだが、とリュウトはシェーンの顔をのぞきこんだ。


「こっちだ」


 シェーンは森に続いた道を歩き出した。


「やっぱりそっちかぁ~」

「なんだ?」

「なんでもない!」


 森の入り口にきた。


「ここが、オレの言っていたいいところだ。ワルムウッドの森という。魔物がいないことはないが、人間を見ると逃げ出す雑魚しかいないから安心していい」

「……オレが魔物に襲われたら、責任をとってシェーンが助けてくれよ」


 森の中に立ち入ると、木漏れ日が降り注いでいた。

 季節は冬なのに、この森の中はあたたかく、上着の必要はなさそうだった。


「この森から、オレはいつも例のまずい木の実を調達している。この森に生えている植物は人間の身体にいいものばかりだ。薬草師たちが冒険者を伴って収穫に来ていることがある」

「へええ~。そうなんだ。ところで薬草師って、何?」

「薬草師は白魔導士のような治療師で、魔法に頼らず薬草の力で治療を行う職業だ。薬草を調合したり、研究したりする。王城にも専属の師団がいたはずだが……」

「いやー、どうだったかなー。難しいことはわかんないからなぁ」


 笑って話をごまかすリュウトに、シェーンは辺りに生えていた草をちぎって差し出した。


「食べてみろ」


 さっきまで生えていた野草を洗わずに食べるのには抵抗があったが、シェーンを信じてリュウトは草を受け取って食べた。


「ああ! 美味しい。あっでもちょっと。ぺっ、ぺっ。甘すぎるかな」


 シェーンはまた別の草を摘んでリュウトに渡した。


「こっちは辛い。食ってみろ」

「いや、辛いのは遠慮しとく」


 しかし、シェーンは野草の知識が豊富なんだなとリュウトは感心した。


「オレはワルムウッドの森には木の実の収穫によく来ている。この森の穏やかさは、不安なこころにもきっと効くだろう」

「シェーン……」


 リュウトは、いつもシェーンはクリムゾンのフリをしてあの門を通ってきたのかという疑問は考えないことにした。

 シェーンはリュウトを心配して、この穏やかな森に連れてきてくれたのだ。

 シェーンの最初の印象は、何を考えているかわからない目のこわい奴だった。だが、仲良くなってから、それはガワだけしか見ていなかったと反省した。シェーンはいい奴だ。


「シェーン。ありがとう!」


 リュウトは嬉しくなってシェーンの腕を数回叩いた。


「ベタベタするな」

「ごめん! でも嬉しかったんだ」

「……」


 リュウトはしばらく、森の中で日光浴を楽しんだ。

 シェーンは背負い袋から荷物を出して、野草や木の実の収穫をしていた。

 背負い袋に入っていたのは、収穫したものを保存するための瓶や、野草の図鑑だった。

 シェーンは熱心に図鑑を見ながら野草などを採集していた。

 ひとしきり採集し終わると、シェーンはリュウトのところに戻ってきた。


「この辺りは済んだ。次は森の奥にある滝に行こう」

「へええ~! 滝なんてあるの!」


 リュウトは興奮した。自然豊かな場所を歩く機会はこれまでそう多くはなかった。

 十数分森の奥へと歩いて行くと、シェーンの言った通り小さい滝があった。

 滝には、虹がかかっている。


「わー! 虹! キレイだ。ケータイで写真を撮りたいなあ。あ、でも、ケータイは王城に置いてきちゃったし、手元にあったとしてもバッテリーないからな。残念だ……」


 リュウトがしょんぼりしていると、シェーンが話しかけた。


「この森の中のどこかに、ブルースターの花畑があるという噂をきいたことがある。何回もこの森に足を運んでいるが、一度も目にしたことはない」


 リュウトはブルースターと聞いてもピンとこなかった。異世界だけに咲く花なのか、元の世界にもある花なのかどうかわからなかった。


「へええ。花畑かあ。それなら、見つけたいねえ!」

「ああ」


 シェーンはここでも木の実の収穫をはじめた。

 リュウトはシェーンが夢中になっている間、滝で水遊びをした。

 リュウトが滝で遊び終わると、ちょうどシェーンも採集が終わったようで、二人は地面に寝転んだ。


「リュート。オレたちは士官学校を卒業したら竜騎士になるんだよな」

「うん。オレはわからないけど、シェーンはなれると思うよ」

「……ああ」

「ちょっ! ええー! そこでうなずかないでほしかったけど!」

「すまない。……オレは、竜騎士になる。だが、本当のことを言えば薬草学の研究がしたいと子どもの頃からずっと思っていた」

「ふーん。そうなんだ」


 リュウトは想像してみた。

 竜騎士になって戦うシェーンと、薬草師になるシェーン。

 どちらが似合っているかといえば、圧倒的に竜騎士シェーンに軍配があがる。

 だけど、とリュウトは思った。


「シェーンは選べると思うよ」

「選べる……?」

「竜騎士にもなれるし、薬草師にもなれるよ。シェーンなら。頭もいいし、実力もある。実を言うと、オレはそんなシェーンが少しうらやましい。オレ、このリト・レギア王国に来る前は勉強ってすごく嫌だったんだ。けど、この王国に来て、学校で勉強するようになって、なんで勉強するのかがわかった気がするんだ。勉強って、自分の人生の選択肢を増やすためにやるんだと思う。いっぱい知識を身に着けて、いっぱいできることを増やして、どんな状況でも生き抜く力をつけるのが、勉強だと思った。元いた学校はさ、努力すれば選択肢が増えた。オレは勉強はしなかったけど。選べるって、幸せなことだったんだと思ったよ。だって、コンディスやフレンは生まれてくるのがはやかったら、どんなに優秀でも夢を叶える機会がなかったんだもの。身分が高い王族だって、不自由な中で暮らしてた。オレは士官学校に来てから、選択肢を増やすことの大切さを知った。だから、選べるんだったら色んなことをできる限りやった方がいいんじゃないかなってオレは思う。……って、あ! 独り言みたいになってたよね。ごめん! オレの言ったことは深い考えなんてないから、気にしなくていいよ! っあー、つまり何が言いたいかと言うと、どっちにもなれるんだから、どっちかにしかならないっていう極端な選択はしなくてもいいんじゃない? ってことが言いたくて……好きなら両方やっていいと思うんだ」

「……」


 シェーンはガバっと突然起き上がった。


「リュート!」

「んん?」

「全く気付かなかった……人がいる!」


 リュウトも起き上がった。


「本当だ」


 リュウトは突然起き上がったシェーンに、自分が言ったことが間違ってたのかと内心焦ったが、そうではなかったようで安心した。

 シェーンが言うように、滝のそばに人がいた。

 ダンディな雰囲気を醸し出す、ベレー帽のような帽子を被った、長い髪を一つに結っている男性だ。

 男性は滝を見ながら大きなキャンバスに絵を描いていた。

 シェーンは男性のことを、目を大きく開いて見ると、立ち上がった。

 シェーンはずんずんと歩みを進めて男性に近付いていく。


「あなたは、もしや……!」


 シェーンは信じられない、という顔をした。


「やっぱりそうだ。セクンダディの竜の鱗、ショペット! どうしてあなたがここに……!」


 男性はキャンバスをしまいだした。


「失礼――」


 男性はそう言うと、シェーンから逃げるように歩き出してしまった。


「ま、待ってください!」


 シェーンは追いかけた。


「わたしはあなたの同僚であるクリムゾンの弟、名をシェーンと言います! あなたの絵が描かれた本はすべて持っています! ずっと尊敬してきました! それで、いつかもし会えたら、ずっとお尋ねしたかったことがあるのですが……!」


 男性は歩みを止めた。

 憧れだった人物に会えて息まくシェーンに言った。


「少年。君は人違いをしている」

「!」


 男性は再び歩き出した。


「待ってください! まだ話は――」


 男性は木々の間を、華麗にすり抜けて奥へ消えていく。


「待って――」


 シェーンも必死になって追いかける。

 木々を抜けると、学校の運動場くらいの広さの野原に出た。

 男性は奥へ奥へと歩いて行ってしまう。


「あっ、ここは!」


 シェーンはそれ以上男性を追いかけようとはしなかった。否、できなかったのである。


「この野原の草は、悪魔草と呼ばれる植物型の魔物だ。人間の欲望のこころに反応して、絡みついて攻撃してくる」


 男性は悪魔草を気にすることなく踏みながら奥へと行ってしまった。


「欲のない人間なんか、いるわけがない――悪魔草に絡みつかれずに渡れる人間が、いるわけない!」


 シェーンが吃驚していると、男性は振り返ってシェーンに言った。


「少年。この悪魔草の野原を越えられるようになったら――また会おう」


 野原の真ん中には、一匹の飛竜が待機していた。男性はその飛竜に乗りこむと、天高く飛んで行ってしまった。

 まるで、夢を見ていたかのように、現実感がない出来事だった。

 シェーンが試しに足を踏み出そうとすると、悪魔草が変形して、つる状になってシェーンの足に絡みつこうとした。


「やはり……無理だ。悪魔草は人間に反応する」


 シェーンはあげた足をおろした。

 悪魔草は射程の範囲外に出た敵を追ったりはしないようだった。

 リュウトも悪魔草に手を伸ばしてみた。すると、同じようにつるがリュウトを攻撃する形態になる。


「ちょっとこれ面白いかも……」


 悪魔草で遊ぶリュウトのすぐ隣で、シェーンは放心していた。


「やっぱりあの人はショペットだ。天才画家にしてセクンダディの竜の鱗、ショペット本人だ! ただの人間にできる芸当ではない――悪魔草の上を渡るのは……相当鍛錬を積んだ、無心の境地にまでたどり着いた戦士だからこそできることだ。オレは、ショペットと会話した!」


 シェーンは、夢か現実だったのかがわからなくて、ただ立ち尽くしていた――。

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