第29話 まずい木の実がまずすぎる件
佐々木リュウトは朝のトイレを済ませて、教室に向かっていた。
「ほへぇええ~。スッキリした!」
その途中で、急ぎ足で廊下を駆けていくシェーンとすれ違った。
「シェーン! おはよう! どうしたの、そんなにあわてて」
「リュートか」
シェーンは立ち止まった。
シェーンの顔は、昨日、酒場の地下賭場の元締めに殴られた怪我でまだ腫れあがっていた。
「昨日のことをヴィエイル様に先に報告して、謝っておこうと思ってな。どうせいつか耳に入るんだ。なら、先に動いた方がいいだろう」
「シェーン! それならオレも一緒に行くよ。オレだって一緒になってやったんだから」
「リュートはいい。オレが無理やり連れて行ったんだ。お前に責任はない」
「違うよ! いつでもオレはやめられた。けど、そうしなかった。それはシェーンと一緒に戦えるのが楽しいと思ったからだ。オレはオレの意志でシェーンと一緒になってやったんだ。だから、シェーンが悪いというのなら、オレだって悪いはずなんだ」
「リュート……」
「何を言ってもオレはシェーンと一緒に行くからな!」
「……。わかった」
シェーンとリュウトは教官室へ入った。
「ヴィエイル教官長!」
ヴィエイルは自分の席で、授業の支度をし終わったところだった。これから、騎士の作法についての授業を行う。
「なんだ、リュートにシェーンではないか。どうしたのだ。二人そろって珍しい」
「謝りたいことがあります」
シェーンが先に言った。
「申してみろ」
「はい。実は昨日、裏の格闘大会にオレは出場しました。違法な場所だと知りつつも。そのことを反省し、謝罪に来たのです。オレの行動は名誉あるこの士官学校に泥を塗りました。許されないことをしたと思っています。どんな罰でも受ける所存です」
「シェーンだけじゃないです! オレも行きました! 悪いのはシェーンだけじゃありません! 罰するなら、オレもです!」
と言って、二人は頭を下げた。
「うむ……」
ヴィエイルは黙った。深々と頭を下げるシェーンとリュウトを交互に見つめて、どうしたものかと考えた。
「すみませんでした」
「すみませんでした!」
そしてヴィエイルは、二人の若き学生に、こう言ってやることにした。
「うむ。お前たちがこころから反省したのなら、どう行動するべきか。態度で示せば、罪は問わないことにしよう」
「えっ!」
シェーンとリュウトは顔を見合わせた。
「では、毎朝、授業がはじまる前に教室の雑巾がけをいたします」
「オレもやります!」
「うむ。よろしい。期間は二週間としよう。きっちり取り組めよ」
ヴィエイルは微笑んだ。
いつも厳しいヴィエイル教官長が笑うなんて、とリュウトは驚いた。
「ところで、その試合には当然、勝ったのだな?」
深いしわが刻まれたヴィエイルの顔が、興奮で若返ったように見えた。格闘大会に出場と聞いて、元戦士としての血が騒ぐのだろう。
「はい。二対一ですが十一人抜き。この顔の腫れは油断したときにやられました」
「そうか、そうか」
ヴィエイルはぐわっはっはと大きな声で笑った。
「これが若さという奴だな」
授業がはじまるのでもう行きなさい、とヴィエイルはリュウトとシェーンに言った。二人が教官室から出ていくのを見届けると、ヴィエイルは思った。この士官学校は、よくない行いをする教官や学生が何人もいる。学生二人が裏の格闘大会に出場するよりも、もっとどす黒い悪が渦巻いているときがある。そしてそれは、何年も教育に携わってきたヴィエイルでも解決できないでいる問題だ。だがそんな学校の中で、真っ直ぐに謝ることができ、真っ直ぐに反省することができる子どもたちがいる。その事実は、この学校の、ひいてはこの国の未来を明るく照らす希望の星だ。リュウトやシェーンのような真っ直ぐな学生こそが、国にとっての宝物だ。彼らのような学生を、できる限り健全な環境で過ごせるよう努力するのが、この老骨の最期の役割だ。
「このことも、報告しておこうかの……」
教官室から出てきたリュウトとシェーンは、もうすぐはじまる授業に遅れないように教室に向かった。
「そういえば、シェーンのその顔を見たシャグランとハザックはどんな反応だったの?」
「シャグランは心配をして、ハザックはこちらを一目見て無言だった」
「ああ。なんだか想像がつくよ」
「もうこの顔にも飽きたな。あの木の実を食べることにする。例のまっずい木の実をな……」
「ええっ」
シェーンはニヤリと笑って、ポケットから取り出した木の実をポイっと口に放り込んだ。
「ぐっ……」
シェーンもしぶそうな顔をした。
「あっ」
「く……。確かにまっずいな。この木の実――」
「シェーンもそんな顔、するんだね」
「するさ」
シェーンの顔の腫れは徐々に治っていった。この怪我の治りのスピードはまるで魔法のようで、身体に悪くないんだろうかとリュウトは心配になる。
実のところシェーンは、わざとリュウトの前でこのまずい木の実を食べてみせた。
自分の変顔を、もっとリュウトに見せたかった。
それは、リュウトを変顔の達人とシェーンは認めていて、リュウトがしょっちゅう情けない顔を平気で披露する姿がうらやましかったからだ。
豊かな表情はこころをオープンにしている人間にしかできない。毎日のように兄と比較され、期待されたり、ときには失望され、他者の目を気にするように育ってきたシェーンにはできなくなっていたことだった。
だから、他人の目を気にすることなくこころを開けるリュウトがうらやましかった。
今のシェーンは、リュウトの前ではもっとこころを開いていきたいと思っていた。
リュウトと関わると、変わっていけるような気がする。
なりたかった本当の自分に――。
「頭が悪くなったな、オレも……」
シェーンはつぶやいた。
「ええーっ! そんなことはないと思うよ~!」
「ふ。悪くないな、頭が悪いというのも……」
「……?」
教室には、コンディスとフレン、シャグランとハザックが集まって何かを話していた。
「おーい! リュート! シェーン! こっちだー!」
コンディスが呼んでいた。
「みんな集まって何だろう?」
六人が集まると、シャグランが言った。
「今週末がテスト。気合を入れるため、みんなで円陣を組もうという話になったんだ。コンディスとフレンが村を出て学校に来る前からやっていたと聞いてね」
「ああ、だからやろうぜ!」
シャグランとコンディスが笑顔で言う。この二人は、毎日一緒に特訓をしているせいか、笑い方が似てきたように思う。
「この教室でか……」
シェーンはつぶやいたが、円陣を組みだした四人には聞こえていなかった。あの無口なハザックまで、円陣を嫌がらずに中に入っている。
「ふ……。変わっていくのはオレだけじゃないようだな……」
シェーンの口元が緩むのを見て、リュウトは嬉しくなった。
六人は円陣を組んだ。
「テストまであと少し!」
シャグランが大きな声で言った。
「みんな、ベストを尽くそう!」
「ベストを尽くそう!」
コンディスが言った。
「ベストを尽くそう!」
フレンが言った。
「……」
ハザックは無言でうなずいた。
「ベストを尽くそう」
シェーンが言った。
「ベストを尽くそう!」
そして最後に、リュウトが声をはりあげた。
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