第28話 仮面舞踏会は危険がいっぱい!の件
週に一度の休日。佐々木リュウトは仲良くなったばかりの学友シェーンに誘われて、とある酒場の地下にいた。そこではまるで舞踏会のような仮面をつけた男たちが同じく仮面をつけた観客に囲まれながら試合をしており、勝ち進んだ者は賞金がもらえるシステムの、違法な賭博場だった。
その仮面賭博場の元締め兼格闘家の屈強な男は、シェーンが持ち出した二対一での試合の条件を飲み、二人で試合に出ることを許可した。
シェーンとリュウトは元締めと戦う、と思いきや、元締めの男はシェーンにこう言った。
「オレと戦いたくば、十人と戦って勝ってからだ。それがここのルールなんでね」
そう言って土俵の近くに腰をおろし、紐のような布で恥部を隠した女二人に持ってこさせた酒を飲みはじめた。
元締めは大きなげっぷを女に浴びせる。
「十人と……! 大人相手に……!」
リュウトはこんなの無謀だ、と思った。
だが、リュウトを巻き込んだ張本人の悪友シェーンは楽しそうな顔をしながら下唇を一瞬なめた。
「燃えるな、こういうの」
「なっ! 何言ってんだよ……!」
リュウトとシェーンは上着を脱ぎすてて土俵に立った。
体術の基礎は士官学校でほぼ教わっている。リュウトの実技科目の成績は、体術が一番マシだ。
十人抜き一人目の相手が土俵にあがる。
緑色の仮面をつけた、これまたガタイのいい男だ。
「へっへっへ~。ガキが。可愛がってやるよ!」
緑色の仮面をつけた一人目の男は手を空でわしゃわしゃと動かし、リュウトたちを見てよだれをたらした。
リュウトは男の動きが気持ち悪くて鳥肌が立った。
「こいつは雑魚だ。オレ一人でやる」
シェーンはリュートにそう言うと、緑色の仮面の男に言った。
「お前の相手はオレ一人だ」
「うえっへっへっへ~。なめるなよガキがっ! お前ら二人ともオレ様に地獄に落とされるんだよおっ!」
緑色の仮面の男がシェーンに向かってきた。
その攻撃をシェーンは物ともせずかわした。
そして、シェーンは隙だらけになった男の背後に回り、男の首の後ろを叩いた。
「ぐぇっ……」
一瞬だった。
緑色の仮面の男は土俵上で倒れた。
「……話にならないな……」
シェーンがつぶやいた。
それまで雑言罵倒を繰り返していた観客たちが、シェーンの戦いぶりを見ると、全員が黙った。
そして、黙ったあと、これまでにない大喝采が起こった。
「なんてガキだ!」
「こいつぁすげえや!」
「やるなー! 兄ちゃんー!」
観客は懐から小銭袋を取り出しシェーンに投げつけた。シェーン目掛けて投げられた小銭袋をシェーンはキャッチすると、後方へ投げた。
「オレの目的は金じゃないんでね……」
シェーンのその言動に、またしても観客は沸いた。
「カッコいいぜ兄ちゃんー!」
「いかしてるぜー!」
シェーンはすごい、とリュウトも場の雰囲気に飲まれそうになった。
すると、緑色の仮面の男が場外から引きずり出され、代わりに赤と白の縞模様の仮面をつけた男が土俵に入ってきた。
「オレが二人目だよ、ぼうやたち」
二人目の縞々の仮面の男は、身体をくねらせたあと、シェーンとリュウトに向かって投げキッスをした。
「おげっ!」
リュウトはまたもや鳥肌が立った。
ここの賭場にいる選手は、気持ち悪いのがそろっているようだ。
「リュート、こいつはやる。二人掛かりで行くぞ」
シェーンがリュウトに小声で言った。
「わ、わかった」
リュウトにどれくらいのことができるかはわからないけど、シェーンの補佐ならオレがする、とリュウトは意気込んだ。
「はあっ!」
シェーンが先陣を切った。
シェーンは素早く縞々の仮面の男に体当たりをする。
「ぐっ! やるわねぼうや。でも、パワーが足りないわッ!」
縞々の仮面の男はそう言うと、シェーンの身体を持ち上げた。
やはり大人の腕力は、十五、六の子どもには敵わないのか、とリュウトは思いながらも、シェーンを持ち上げて咆哮する縞々の仮面の男にタックルを食らわせた。
リュウトのタックルを受けた縞々の仮面の男はバランスを崩し、シェーンごと倒れた。
「今だッ!」
すぐさま起き上がったシェーンは、縞々の仮面の男の顔面を肘で思いっきり押しつぶした。
縞々の仮面の男は、シェーンの攻撃を食らって、泡を吹いて気絶した。
シェーンの見事な戦いぶりに、観客たちはもうパニック状態なのかと疑うほど盛り上がった。
そうして、リュウトとシェーンは続々と戦い、勝ち進み、十人の仮面の男たちを倒したのだった。
「次はあんただぜ」
シェーンは途中から酒を飲むのをやめ、真剣に試合を見ていた元締めを指さして言った。
「なるほどな。ただのガキじゃないってのは本当のようだ――」
元締めは立ち上がった。
さっきまでとは、雰囲気がまるで違う。
虎だ。
腹をすかせた虎の目付きだ。
獲物を見れば情け容赦なく食い殺し、骨の髄までしゃぶりつくすつもりの――虎の目付きだ!
とリュウトは感じ、震えあがった。
「くくく。久しぶりに楽しい戦いになりそうじゃあねかあ? おいッ!」
元締めは土俵に入ってきた。
「これ……マジで生きて帰れるのかな……」
十人抜き、実際には九人抜きをして疲れてきているリュウトはシェーンに弱音を吐いた。
「こんなにゾクゾクすること、学校にはないだろ?」
シェーンは笑っていた。
「もう……やるしかないのかぁあ……!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
元締めは突然叫んだ。
その叫び声に、リュウトは驚いた。
「うっ!」
気付くと、元締めはリュウトに向かって突進してきていた。
「うっひゃああああああー!」
あまりの恐怖にリュウトは悲鳴を上げた。
「お前の相手はオレだっ!」
シェーンはリュウトに向かって走る元締めに向かって飛び蹴りを食らわせた。
元締めはその場に倒れるが、すぐに起き上がる。
「ガキがッ!」
元締めは今度はシェーンを狙った。
「フッ。来い!」
戦いは数十分続いた。
リュウトとシェーンの攻撃は、元締めにすべてヒットするが、元締めはバカみたいな体力があり決定打にはならない。
リュウトはとっくに息が切れだしていたが、シェーンの息も切れはじめていた。
「クソッ。なんて奴だ……」
シェーンは元締めに対して毒づいた。
「ぐわははははははは、面白い、面白いぞガキどもォッ! だが、そろそろ終わりにしようかあッ!」
元締めは、拳を振り上げた。
あの拳の一撃を受けたら、リュウトやシェーンのような子どもでは骨がくだけてしまうだろう。
「シェーン! よけろッ!」
シェーンは笑った。
そして言った。
「待ってたんだよ。――このときをなッ!」
シェーンは今まさに拳を振り下ろそうとする元締めの懐に飛び込んだ。
「シェーンッ!」
シェーンは元締めの右脇にある大きな傷跡を目掛けて、手刀打ちを決めた。
「ぐわぉえッ」
元締めは二、三歩よろめいて、倒れた。
「とどめを刺すぞ、相棒!」
シェーンは叫んだ。
「わ、わかった!」
リュウトはシェーンの合図を察した。
「はああーーーーーーッ!」
シェーンとリュウトは仰向けにひっくり返っている元締めの腹に、呼吸とタイミングをを完全に一致させた飛び蹴りをお見舞いした。
「食らえーーーーッ!」
「ぼぐぇッ!」
元締めは、完全に倒れた。
リュウトとシェーンは、勝ったのだ。
観客たちが勝利を祝してリュウトとシェーンを抱きかかえた。
「すごいガキどもだ!」
「まさかアイツに勝てる奴が出てくるとはなあ! しかも子どもときた!」
「たまげたたまげたわっはっはー」
「うげー! おっさんたち、よるなー!」
酒臭い観客がリュウトを頬ずりしてくる。十人抜きして、元締めにも勝ったというのに、なんてひどい罰ゲームだ、とリュウトは救いを求めるようにシェーンを見た。が、リュウトは驚いて目が飛び出しそうだった。シェーンの方はもっとひどい。シェーンは観客たちから胴上げされて、地面に着地させてもらえない。
「やめろっ! お前らっ! ふざけるなっ! やめろっ! って言ってるのがっ! 聞こえないのかっ! 離せジジイ!」
途切れ途切れにシェーンの抗議の声が聞こえてくる。
シェーンが無事に下ろされると、リュウトの元へ走ってきた。
「よし! これで用事は済んだな。帰ろう」
シェーンは晴れ晴れとした表情だった。
そんなシェーンの表情を見て、怒りたかったリュウトの気持ちはどこかへ行った。
「もうこんなところ、頼まれたって行かないからね」
「ああ。わかってる。ありがとう、リュート――」
そのときだった。
リュウトとシェーンの飛び蹴りを食らって気絶していた元締めが起き上がった。
「ガキがああああああッ! オレの泣き所の右脇の傷跡を足蹴にしやがって! 殺してやるッ! 殺してやるッ! 殺してやるッ!」
元締めは一心不乱にシェーンを目指して突っ走ってきた。
そしてシェーンにすさまじい怒りのパンチを食らわせた。
元締めの放ったパンチの直撃を受けたシェーンは観客ごと吹き飛んでいった。
「シェーンッ!」
リュウトは叫んだ。
「ぐうッ!」
シェーンは生きているようだ。
「クソガキぃいいいい! 殺してくれるわああッ!」
元締めは怒りで我を忘れている。
「もう決着はついたんだぞー!」
「お前がルールを守らんかーい!」
観客が次々とヤジを飛ばす。
そして観客は、ヤジを飛ばすだけに飽き足らず、十人がかりで元締めに飛びついて締めた。
「やめろッ! お前らッ! やめてくれぇっ!」
十人がかりで締め上げられた元締めはたまらずダウンした。
「くそっ……」
シェーンは立ち上がった。
立ち上がったと同時に、シェーンが身に着けていた派手な仮面が床に落ちた。
「あっ!」
観客がシェーンを指さした。
「あのガキの顔、知ってるぞ! あいつは、セクンダディの竜の目、クリムゾンだ!」
「なんだって! クリムゾンが!」
「なんだってクリムゾンがここにいるんだ!」
「うおー! クリムゾンー! サインくれよサイン!」
観客はシェーンの顔を見て、兄であるクリムゾンと間違えたようだった。
「オレはっ!」
口の中にたまった血を吐き捨ててシェーンは言った。
「オレは……クリムゾンじゃない……!」
シェーンはボロボロだった。
立っているのがやっとのようだった。
「オレは……オレの名は……。シェーンだ! クリムゾンとは関係ないッ! オレはシェーン! オレは……オレは……兄じゃない……オレはっ! シェーンなんだっ!」
シェーンの目は怒りで燃えていた。
「どけっ! お前らっ! オレは帰るっ!」
シェーンはふらつきながらも、鬼のような形相で、観客をかきわけた。そしてリュウトの元に返ってきた。
「帰るぞ……」
「う、うん……」
シェーンとリュウトは、元締めが酒を飲みながら試合を見ていた場所の奥に吊るされているはしごを登って、登り切った上にある洞穴を進んでいき、地上に出た。
地上に出ると、リュウトは黒い仮面を外した。
仮面は蒸れるから二度としたくないなとリュウトは思った。
そして、ひどく腫れあがって別人の顔になった友人に言った。
「シェーン。大丈夫?」
「フッ。……どうだ? オレの顔」
「うん……。オレよりひどい顔になってる……」
「ふふふ……。これがオレの本当の顔だったらよかったのにな」
「そんな……」
シェーンとリュウトは寮に帰るため、ゆっくり歩き出した。
シェーンはまだ元締めにやられた痛みのせいで、真っ直ぐ歩けない。なのでリュウトはシェーンの身体を支えてやった。
「オレはクリムゾンじゃない……」
シェーンは再度繰り返した。
「うん……」
「だが、みんなオレのことを、クリムゾンのおまけとして見る……。何をしたって兄の名前が付きまとう……」
「……」
「リュート、今のお前にはオレがどう見える?」
「えっ……」
「答えろ、リュート。正直に答えてくれ……」
シェーンはじっとリュウトの目を見つめた。
「えーっ。正直に? 正直か。正直……うーん……」
リュウトは考えた。そして正直に言った。
「腫れてて痛そうで……ここまで人間の顔って歪むもんなんだなぁって……思った!」
「リュート……」
「な、何……?」
「オレが聞きたかったのは……そういうことじゃない……」
「あっ、ごめん」
「いや、いい。ふふ……リュートは……頭が悪いな……ふふふ」
シェーンは笑い出した。
シェーンが期待したのは、否定の言葉だった。
『シェーンはクリムゾンとは違うよ。シェーンはシェーンだよ――』
『リュート』ならそう言うと、シェーンは期待していた。
だが、それは甘さだな、とシェーンは苦笑いをした。
シェーンは兄を尊敬している。
だが、こころのどこかで、兄とは関係ない人生を送りたいと願っている――。
「そりゃあ……頭は悪いけど……」
シェーンに頭が悪いと言われ、ショックを受けるリュウトは頭をかいた。
「リュート。お前のおかげで冷静になれた」
「えっ」
「リュート。ありがとう。そして危険な目に遭わせてすまなかった」
「シェーン……」
「オレはすごく浅はかな真似をしたな。あんな場所でオレはシェーンだと名乗ってしまった……。家族に迷惑がかかるだろうな。いや、家族はいい。兄に迷惑をかけてしまったら、オレは……」
「……」
リュウトは一生懸命リュウトなりの励ましの言葉を考えた。
「よくわかんないけどさ。……いいんじゃない? 迷惑をかけても!」
「な、何だと……?」
「迷惑かけてもいいんじゃないって言ったんだ。オレにはさ、妹がいるんだ。オレに似てなくてすげー真面目なの。一生懸命で、世話焼きで、いつでも頑張ってて。オレはいつも妹にすげー迷惑かけてきた。だけどさ、妹が何か失敗して、オレに迷惑がかかることがあっても……オレはそれを迷惑とは思わない。兄貴だからさ、どーんと構えていたいんだ。クリムゾンとシェーンはオレんところとは違う兄弟だとは思うけど、いい兄貴ってのはどーんと構えてるもんさ。どーんと。シェーンから見て、兄貴はいい兄貴なんだろ?」
「……そうだ。オレは兄を誇りに思っている」
「だからさ、そんなに自分を責めなくてもいいんじゃないかなってオレは思うよ。あー、オレが甘すぎるのかなぁ……? まあとにかく、迷惑なんてかけてナンボだと思っていていいんじゃない!」
「な……それは……どうかと思うが……」
あっけらかんとしたリュウトの回答に、シェーンは困惑を隠せなかったが、シェーンはリュウトと話すうちに、クリムゾンの弟として比べられる悩みがどうでもよくなってきた。
「オレには……もう少しリュートのような気楽さが必要なんだろうな……」
「えええーっ! 絶対にいらないよ! オレなんかの気楽さを真似したら、周りから超絶がっかりされるだけだから! 特にシェーンのような奴がやっちゃダメだって!」
「……そう言われるとそうかもな……」
「シェーン!」
「ふふふ……冗談だ……。リュート、そろそろ学生寮につくな」
「ああ。もうあと少しで夕日が沈むよ。……シェーン、あのまずい木の実、持ってるんだろ? こういうときに使ったら……?」
アンドリューに殴られたときに、シェーンがくれたまずい木の実のことをリュウトは思い出した。あのまずい木の実を食べたら、クールなシェーンでもまずそうな顔をするんだろうかとリュウトは考えて、シェーンには申し訳ないが、少し期待した。
「いや、今日はこれで帰る」
「な、何でー!」
「シャグランやハザックの驚く顔が見たいからな……」
シェーンはニヤリと笑った。
シェーンの方が上手だった。シェーンの考えた案の方が、確かに面白い。
「! けど、そ、それはやめといた方が……」
「本気だ。ハザックなんてこの今のオレの顔を見たら
「そしたらすぐ見に行くから呼んでよ!」
「ああ……」
二人は沈んでいく夕日を背中に受け、学生寮に帰っていった。
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