第27話 大人の階段のぼる!仮面パーティの件

 今日は週に一度の休息日。リュウトが朝の支度を終えても、コンディスとフレンはまだ起きてこなかった。


「コンディス、フレン。オレ、今日はシェーンと約束があるから出掛けるんだけど……だ、大丈夫?」


 コンディスとフレンは、今週の放課後の地獄のトレーニングの疲労で身体が動かないようだった。それはそうだ。コンディスとフレンの特訓相手は、手加減なしの本気のシャグランとハザックなのだ。彼らを相手にコンディスとフレンはよくついていけるなと、リュウトは二人の友人に敬意を払わずにはいられない。


「ぐっ……。シャグラン……マジで強かった……」


 まだ布団の中にいるコンディスがつぶやいた。


「アイツの一撃を受ける度に、身体がきしむかと思ったぜ。くそっ、まだ腕がしびれてやがる……」

「こっちもだ……」


 今度はフレンがつぶやいた。


「ハザックの華麗な身のこなし……。一瞬でも隙を見せれば、あらゆる方向から剣が飛んできそうな超スピード……。ついていくのがやっとだった……」

「村を出る前、オレとフレンは相当な場数を踏んできたのになぁ……。ここまで、地獄かってくらいのトレーニングははじめてだ……」

「コンディス、フレン……」


 士官学校入学から最初の二週間は、リュウトは筋肉痛でまったく動けなかった。あの頃のリュウトは、今のコンディスやフレンのような感じだったのだろうかと思うとなんだか懐かしい。濃密な毎日を過ごしているせいか、つい先日の出来事がすごく昔のことのように感じられる。


「オレ、行ってくる!」


 リュウトは元気よく部屋を飛び出した。


「いってらっしゃ~い……」


 部屋を飛び出したリュウトの耳に、弱々しいコンディスとフレンの声が聞こえた。


「あっ! シェーン!」


 リュウトがシェーンと待ち合わせていた学生寮の昇降口に着くと、シェーンはリュウトより先に来ていた。壁にもたれて、腕を組んでいる。シェーンは人を待つときいつもそのポーズなんだな、とリュウトは思った。


「来たか」

「来たよ!」

「……」


 士官学校に入学してからはじめてコンディスとフレン以外の友だちと街へ出かける。リュウトはウキウキしていた。


「シェーン、今日はどこに行くつもりなの?」

「……。行けばわかる」


 シェーンは無駄な会話を一切せずに黙々と歩みを進めた。

 今日は晴れた。まだ冬なので気温は低いが、気持ちのいい青空が広がっている。

 城下町はいつも通りの活気で賑わっていた。

 リュウトがどんどん進んでいくシェーンを追いかけていると、ある露店の前でシェーンは急に歩みを止めた。


「ここは……?」

「どれか一つ、気に入ったものを選んで買え」


 シェーンが立ち止まったのは、仮面舞踏会に出てくるような仮面を売っている店だった。

 シンプルに目元を隠すものから、飾りがたくさんついて派手なもの、覆面のようなものまである。

 多種多様な仮面が並んでいて、見ていて面白い。

 日本のお祭りの日に並ぶ屋台にもお面を売っているお店があるが、リュウトはいつも少ない小遣いを金魚すくいや射的の方に回すので、お面は買ったことがないなと日本に住んでいた頃を思いだし、懐かしんだ。


「えー。どれにしようかなぁ。どれもこれも怪しげなんだけど……」


 リュウトがちらりとシェーンの様子をうかがうと、シェーンは派手な羽飾りがついた仮面を先に買っていた。


「ええっ! シェーン、買うのはやっ! もうちょっとゆっくり決めればいいのに」

「リュートもはやくしろ」

「わ、わかったよ」


 リュウトは一番最初に目が留まった、シンプルな黒い仮面にした。

 こんな仮面を買わせて、シェーンは何がしたいんだろうかとリュウトは疑問に思ったが、シェーンと一緒に買い物をしている状況が楽しくて深く考えることはやめた。


 次に、シェーンが向かったのは街の外れにある、暗い雰囲気のある大きな酒場だった。


「えええーっ、酒場ぁ! 子どもは酒を飲んじゃいけないって授業でもやってじゃないか。しかもこんな昼間っから」

「……酒を飲みに来たんじゃない」


 シェーンはリュウトの方を見向きもせずに言った。


「じゃあ、一体……」


 酒場は、ガラの悪い男たちがたむろしていた。できれば関わり合いになりたくないような、ガラも人相も頭も悪そうな男たちが大声を発していたり、腹を出して寝ていたり、それはひどい有り様だった。


「うぐっ。お酒くさ……」


 リュウトが酒場のにおいに吐き気を催していても、シェーンは気にせずぐいぐいと進んでいった。そして、酒場の店主とおぼしき、露出の多いドレスを着た身体の大きな中年の女性に話しかけた。

 女性は葉巻を吸っていて、近付くとくさい。


「なんだい。坊やたち」


 女性は、ガラガラした声で言った。ここは子どもの来る場所じゃないんだよ、とでも言いたげな目をしていた。


「この酒場の地下に用がある」


 シェーンの堂々とした物言いに、女性はピクリと反応した。

 そして、ゲラゲラと下品な声で笑った。


「そうかいそうかい。あんた、そのことを誰から聞いた?」

「誰だっていいだろう。……案内しろ!」


 女性は葉巻を一服した。

 鼻から白い煙が立ちあげる。

 リュウトは女性の鼻の穴から出た煙のにおいがつかないように服を払った。


「……合言葉は?」


 女性は、それまでのふざけた雰囲気とは打って変わってシェーンに静かに聞いた。

 合言葉? と、リュウトが首をかしげていると、シェーンは答えた。

 シェーンは少し緊張したようだった。肩に力が入っているように見えた。


「……我戦う、ゆえに我あり」


 女性は、シェーンを長く見つめた後、ニッと笑って言った。


「いいよ。案内してあげよう。ただし、ここの奴らは子どもだからって手加減できるような奴らじゃないからね。命がなくなっても、自己責任でお願いするよ!」


 女性は酒場の隅の、カウンター内に置いてあった大きな空の酒樽を動かした。

 すると、酒樽の下の床に、扉が隠されていた。女性がその扉の取っ手口を持ち上げて開くと、地下へと続く階段が現れた。


「ここから地下に……」


 リュウトはごくりと唾を飲んだ。

 地下へと続く階段の奥からは、ヒュウウと風が通る音がする。

 点々と壁に火のついたろうそく立てがついているが、明かりは頼りなく、薄暗くて逆に不気味だ。


「行くぞ、リュート。仮面を被ってオレについて来い」


 そう言うと、シェーンはさっき買った派手な仮面を身に着け、地下へと続く階段を降りはじめた。

 リュウトも黒い仮面をつけて、後に続いた。

 階段を下りきると、まるで突貫工事で掘られたような、いつ崩れるかわからない洞穴があった。道がカーブしていて、洞穴の先は見えない。階段の壁にあった頼りないろうそく立ても洞穴内には一つもないようで、進むのは難しそうだ。


「チッ」


 シェーンは舌打ちすると、ポケットから乾燥させた草のようなものと、透明な液体が入った小さな瓶を取り出した。


「この草をこの液体につけると、明かりになる」


 と言って、シェーンは瓶を開けて中に乾燥させた草を入れた。草は、みるみるうちに変色し、発火した。

 暗い洞穴を明るくするのにちょうどいい具合の火だ。


「シェーンは色々な知識があるんだなあ」


 とリュウトが関心している間にも、シェーンは先に進んでいった。

 リュウトも慌てて、むき出しになった土壁に触れないようにしてシェーンに続いて歩いた。


 洞穴を抜けると、大きな部屋になっていた。部屋は、仮面を被った男たちですし詰めになっている。男たちはすさまじい歓声をあげていて、思わず耳をふさぎたくなった。

 どうやら、部屋の奥で乱闘をしているようだ。


「なんだここは……」


 リュウトの疑問には答えず、シェーンは男たちをかき分けて奥へ奥へと進んでいく。

 波に飲み込まれないようにリュウトも必死でシェーンについていった。

 奥へとたどり着くと、一つの土俵があった。相撲で使われる土俵とそっくりな土俵だった。その土俵の中で、仮面をつけた男たちが二人、組み手をしている。一人は体格のいい若い男、もう一人は身体に何個も傷跡がある屈強な壮年の男だった。


「どああああーーーっ!」


 屈強な男の方が、雄たけびをあげてもう一人の若い男を投げ飛ばした。


「うわー!」


 投げ飛ばされた男は観客を巻き込んで床に倒れた。

 その瞬間、地面が揺れるんじゃないかというぐらいの歓声が沸き起こった。


「いいぞー! やっちまえー!」


 リュウトは理解した。これは、プロレスのような試合が行われる場所なのだ。

 仮面をつけた観客が、屈強な男に向かって一斉に金を投げ出した。

 観客が投げた金が宙を飛ぶ。

 プロレスのような試合が行われる場所、それもかなり違法なことが行われる場所のようだった。

 飛んできた金を、痩せた男たちが回収し、屈強な男に渡した。


「誰かー! オレに勝てる奴はいないのかぁあーっ!」


 屈強な男はガラガラ声で叫んだ。

 歓声が場内を包む。

 この勢いに飲まれたくない、とリュウトが思っていると、


「ここにいる!」


 と、凛とした声が響いた。


「えっ?」


 その声は、リュウトの隣から聞こえた。


「次はオレが相手だ!」


 そう叫んだのは、シェーンだった。


 ――まずいよ!


 リュウトがそう思ってシェーンを止めに入ろうとしたが、遅かった。

 シェーンは屈強な男の前に立った。


「ほう。まだガキのようだが」


 屈強な男が顎をかきながらシェーンをなめるようにして見る。


「ああ。ガキだ。だが、そんじょそこらのガキじゃない……」


 シェーンは笑っているようだった。


「ガキは大嫌いだ! だが、威勢のいいガキは嫌いじゃない。お前、オレに挑戦する気か?」

「そうだ。だが、今のオレの実力じゃお前には勝てない。だから、ハンデをくれ!」

「ハンデぇえ?」


 シェーンはリュウトを手招きした。

 嫌な予感しかしないが、呼ばれるがままリュウトはシェーンの横に立った。


「彼はオレの相棒だ。二人掛かりで挑んでもいいか? オレたちはまだガキ。一人のガキに勝ってもお前は面白くないだろう?」


 シェーンはあからさまな挑発を屈強な男に向かってした。


「へっ。ガキがいっちょ前にオレ様を煽りやがって。だが! 気に入った。その挑戦、受けさせてもらう!」


 屈強な男がシェーンのハンディキャップ有りの挑戦を受けると、観客が盛り上がった。


「いいぞー! ガキなんてぶっつぶせー! ひゃはははは……!」

「ガキは家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな! わーはっはっは……」


 ひどい雑言罵倒だ。

 強さが誇りの国、リト・レギア王国の城下町にこんな場所があったなんて。


「あわわわわわ……!」


 リュウトは震えた。

 今にも泣き出しそうな瞳でリュウトは自分の気持ちをシェーンに訴えようとした。

 だが。


「リュート。楽しもうぜ……!」


 隣には、かつてないほどいきいきとした表情のシェーンがいた。

 これは、リュウトの気持ちは通じそうにない。

 シェーンはやる気満々だ。


「シ……シェーン……しぇーん~っ!」


 本当に、この友人は何を考えているかわからない。


「正直嫌だけど……やるしかないのか……!」


 リュウトは泣き出しそうな気持ちをバッサリと切り捨て、目の前の敵に集中した。

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