第25話 竜の目の弟と一緒に特訓することになった件

 アンドリューに殴られたリュウトの左目は、午後になると一段と腫れてきた。


「くそ。許せない……」


 左目を氷で冷やしながらリュウトは毒づいた。


「アンドリューの野郎、ホンットに最低だな」


 コンディスがリュウトを心配しつつ言った。


「で、リュート。その目だけど、シェーンのところに行くのかい?」


 フレンがリュウトに尋ねた。


「まあ、仕方ないよね……」

「リュート……」


 フレンが神妙な面持ちでリュウトを見る。


「な、何? フレン」

「リュート。改まって言うのは変かも知れないが……。はじめて会ったときより、リュートはたくましくなったな」

「フレン、急にどうしたのさ」

「リュートは入学してから伸びしろがすごい。肉体的にも、精神的にも。ソラリス王子はリュートのそういうところを見越していたのかもしれないな、とふと思ったんだ」


 フレンは真面目な顔で言った。


「フレンに褒められると照れるよ」


 リュウトはフレンに褒められて嬉しかった。


 リュウトが約束の資材置き場に行くと、シェーンは先にいた。木刀を二本持ち抱えて待っていた。


「来たか……」


 シェーンはリュートを鋭い瞳で見た。

 やっぱりシェーンはこわいなあとリュウトは思った。


「リュート、なんだその左目は」

「なんでもないよ……」


 シェーンはまじまじとリュウトの顔を眺めた。

 そして、上着の内ポケットの中から、何かを取り出した。


「食え。怪我を治す木の実だ」


 シェーンはリュウトに近づいて、ポケットから取り出した木の実をリュウトに手渡した。

 手渡されたリュウトは木の実を頬張った。


「うーん、おいし……しぶっ! おえぇええ! げぇええ……」

「吐くな。ちゃんと飲み込め」

「そんなこと言ったってぇえ……!」


 ――フレン。オレは成長しているのだろうか。まずい木の実を食べられなくて涙目になっている今のオレを見ても、フレンは成長したと言ってくれるだろうか……!


「ごくん。あっ、飲めた! オレ、飲めたよ! シェーン! 見てた?」

「……うっとおしい……」


 リュウトは案外、シェーンっていい奴じゃんと思い始めた。

 鋭い目つきに慣れるのはまだ時間がかかりそうだが、木の実をくれたり、なんだかんだで面倒見がいい気がする。


「あっ、すごい。痛みが引いていってる……。これってすごい木の実だね!」

「……。サブロソの実という。腫れにはよく効く……」

「すごいなあ。まっずかったけど、効いたよ! シェーン、ありがとう!」


 シェーンは持っていた木刀を一本、リュウトに押し付けた。


「戦え。……本気でな」

「や、やっぱりそうなるのか」


 リュウトはシェーンから木刀を受け取ると、刀を構えた。

 ある意味、これはチャンスかもしれない。

 リュウトの剣術の実力はアンドリューにすら劣っているのが現状だ。

 士官学校一の実力を持つシェーンと稽古ができたら、今よりもっと強くなれるかもしれない。

 シェーンは相変わらずの殺気だ。


「やあああー!」


 リュウトは昨日とは打って変わって自分から飛び込んでいった。


「うわああああー!」


 飛び込んでいったリュウトの刀はするりとシェーンにかわされ、リュウトは勢いがついたまま派手にすっころんだ。


「ぎゃああー!」

「もう一度だ。来い、リュートッ!」


 リュウトはうなずいて、もう一度シェーンに向かっていった。


「やあー!」

「甘いッ! 隙だらけだッ!」


 リュウトは止まった。

 シェーンの刀の先が、リュウトの鼻をかすめた。


「また……負けた……」

「……」


 それから一時間、リュウトはシェーンに向かって行ったが、一本も取ることができなかった。


「ハァハァ……ゼエゼエ……」

「リュート。お前が弱いのは、演技じゃないようだな」

「シェーン……そうだよ……もっとはやく気が付いてほしかった……し、死ぬ」


 倒れこむリュウトの横に、シェーンは座った。


「オレは、強くなりたい」


 シェーンはリュウトに語り掛けた。


「え? もう十分強いじゃないか……ハア……」

「いや。まだ足りない。リュートはオレの兄のことを知っているか?」

「うん。竜の目と呼ばれているクリムゾンだろ? 王城とパレードで見たことがあるよ。シェーンに似てたかなぁ? そこまでは覚えていないけど……」

「オレは、兄のように強くなりたい。誰にも負けない強い男になりたい」

「ふーん……」


 シェーンはなんでそんな話をするのか、リュウトにはわからなかった。


「兄の力になることが、オレの生きるすべてだ」


 シェーンは力強く言った。


「兄のため、か――」


 リュウトは同じセリフを言っていた少女のことを思い返していた。

 もう、二か月近く会っていない。

 周りから悪く言われても、兄様の力になりたいと言っていた、あのこころやさしい少女。――アリア。

 アリアの笑顔を思い出したら、目から突然、つーっと涙が出てきた。


「……リュート、なぜ泣いている?」

「わ、わからない……。ただ、兄のためにってセリフを聞いてたら、涙が勝手に出てきたんだ。おんなじことを言っていた女の子を知っているんだ……。今、どうしてるかなぁ……」

「……ずっと会えていないのか?」

「うん。外国に行っちゃって……。手紙も来ないし、送りようもないし……」

「それは寂しいだろうな。オレも、兄がセクンダディになってからは、あまり会えていない……」


 シェーンがこんなに語る姿を見るのははじめてだ。


「会いたいなぁ……」


 リュウトが涙が流れた目をこすってつぶやいたときだった。

 シェーンはリュウトの身体をがしっと掴んだ。


「におう! このにおいだ! リュート、今すぐ服を脱げ!」

「えっ! ど、どっち? 上? 下?」

「上に決まっている! におうぞ! すごくにおっている!」

「そんな言われ方されると傷付いちゃう……」

「急げ!」


 リュウトはシェーンに急かされて上着を脱いだ。


「これだ……」


 シェーンは驚いたように言った。


「な、なに?」

「お前の背中の竜の痣……光っているぞ……」

「ええっ!」


 リュウトは背中を見ようにも、自分の背中なので見ることができない。

 シェーンは背中の痣を見てつぶやいた。


「リュート、お前は一体何者なんだ……」

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