第23話 竜の目の弟と対決することになった件

「ねえ……シェーンってどういう人なの?」

「なんだぁ? 突然」


 学生寮の中庭で、雪遊びの片づけをしている最中のコンディスたちにリュウトは質問をした。


「そりゃあ、あれだろ。イケメンだ」

「うん……。もっと中身の話だよ。どんな性格なのかなーって」


 リュウトはトイレから出てきた後、シェーンに言われた言葉を思い出した。

 トイレから出てきたあとにわざわざ臭いと言いに来る神経がリュウトにはどうしても理解不能――謎だった。考えれば考えるほどシェーンの言動は謎に満ちているので、アンドリューに対しての憎悪はそれどころではなくなってしまった。もっとも、再びアンドリューを目にしたら、また怒りがこみ上げてきそうではあったが。


「クールなんじゃないか? 彼が笑っているところをあまり見たことがないからな」


 リュウトの質問にフレンは真面目に答えた。


「クールか。じゃ、オレのライバルってとこかな!」


 と言ってコンディスはがははと笑った。


「意味がわからない」


 フレンは調子に乗るコンディスに白い目を向けた。


「実はさっきトイレのあと、偶然会って。放課後、資材置き場にくるように呼び出されたんだ」

「ええっ? リュート、シェーンを怒らせるようなことしちまったのか?」

「身に覚えがないけど……そ、そんなににおったのかな……」

「におう? 何の話だ、リュート」


 フレンがリュウトに尋ねる。


「い、いや! なんでもないよ! なんでも」

「行くのか? リュート」

「まあ、呼ばれたら行かないとね……」

「大丈夫か? オレたち、陰から見守ってようか?」

「陰からなんだね」

「そりゃあ……シェーンに呼び出されたら……こわいよなあ、フレン」

「ああ」

「うう……。なんだかまたお腹の調子が悪くなってきたような気がする……」


 リュウトたちは学生寮の中庭をすっかり片付けて、午後からの授業を受けに行った。


 そして、放課後。

 リュウトが資材置き場に行くと、すでにシェーンが待っていた。


「……」


 シェーンは腕を組んで壁にもたれてリュウトを待っていたが、リュウトに気が付くと、無言で歩み寄ってきた。


「あ、あの。用事って何……?」


 シェーンはリュウトの目の前に立った。


「近い!」


 シェーンはじっくりとリュウトを見つめた。

 そして言った。


「今はにおわない……」

「ええ……」


 リュウトは自分の腕のにおいを嗅いだ。


「トイレから出てきたオレ、そんなにくさかったか……?」


 リュウトはシェーンに尋ねたが、シェーンは無視した。

 そしてさらにリュウトを凍り付かせるような発言をしたのだった。


「リュート、服を脱げ」

「えっ……!」


 どういう状況の、どういう展開なんだ。リュウトはパニックに陥った。


「こ、この寒空の下で……裸になれと……?」

「そうだ」


 シェーンの目は全くふざけていなかった。

 だからこそ、質が悪い。

 シェーンが一体何を考えているのか、リュウトには全くつかめない。


「わ、わかったよ……」


 シェーンに言われるがまま、リュウトはズボンを下ろそうとした。


「下は脱がなくていい!」


 シェーンは怒った。


「ええ……」

「普通、上から脱ぐだろう。上だけ脱げ」

「ひえ~……」


 シェーンに怒られてリュウトは泣きそうだった。ただでさえこの異常事態、もっとやさしく扱ってくれてもいいのに、と逆にリュウトは腹が立ってきた。


「さ、寒い……」


 上半身裸になったリュウトは、寒さで身体が震えた。

 一昨日は雪が降るほどの真冬に、外で裸にされるなんて。


「な、何をしているの……?」


 シェーンは裸になったリュウトの背後に立ち、リュウトの背中をなぞった。


「あああああっ! やめてえっ! 触り方がっ! 気持ち悪いっ!」


 リュウトはシェーンに身体を触られて鳥肌が立った。

 シェーンはリュウトの背中にあるドラゴンの痕を調べているようだった。


「……もういい。服を着ろ」

「あっはい」


 リュウトはいそいそと服を着た。


「もう……何だったんだよ……」


 リュウトはシェーンに聞かれないように小声でつぶやいた。


「リュート、これは何なんだ? 以前から風呂場で見る度に疑問に思っていた」

「人の背中をじっくり見ないでいただきたいものです……」

「話をそらすな。答えろ」


 リュウトは考えた。

 はっきり言って、背中の痕がなんなのか、自分でもまだわからない。

 だが、シェーンは冗談が通じない相手のようだ。

 下手な情報は漏らさない方が得策かもしれない。

 そう考えたリュウトは、ありのまま正直に答えることにした。


「実は……わかんないんだよね。気が付いたらできてたんだ」

「嘘じゃないな?」


 シェーンの目は殺気立っていた。

 本能的に、リュウトは恐怖を感じた。ソラリス王子に見つめられたときも怖かったが、シェーンの目もソラリス王子といい勝負ができるぞと思うくらいこわい。


「嘘じゃないよ……ホントだよ」

「……」


 シェーンは目を閉じた。

 そして目を開けて言った。


「……リュート。オレと手合わせをしろ」

「えっ?」


 シェーンは資材置き場の隅に置いてあった訓練用の木刀を二本持ってきた。


「先に一本取った方が勝ちだ」

「ええ……」


 シェーンは士官学校一の実力を持つ相手だ。リュウトがシェーンを相手に剣術の勝負で勝てるわけがない。


「そんなの、やらなくても……シェーンの方が強いってことはわかりきってるじゃないか……」

「逃げるな。オレと勝負しろ」


 シェーンの目は本気だった。


「参ったな……」


 リュウトはシェーンから訓練用の刀を受け取ると、シェーンに向かって構えた。シェーンも同じくリュウトに向かって刀を構える。


 ――隙がない。


 リュウトはシェーンの前に立っただけでじわりと汗が出てきた。


「う……」


 どうやって攻めたらいいんだ。

 そうこう考えていると、一瞬でシェーンがリュウトの間合いを詰めた。

 そして、シェーンの木刀の先がリュウトの顔面の前で止まった。


「うあ……」

「決まったな」

「ううう……」


 リュウトは肩をがっくりと落とした。

 あっけない試合だった。

 こうなることはやる前からわかっていた。

 シェーンは大きなため息をついた。


「リュート。なぜ弱い?」


 シェーンはリュウトに尋ねた。


「なぜ弱いって……ひどい……。いや、シェーンが強すぎるって自覚を持った方がいいと思う!」

「……リュート。なぜお前はそうやって道化を演じている?」

「えっ……なんて?」

「お前はもっと強いはずだ。強くなければ、背中に竜の痣などできるものか。本当の実力があるはずだ。それをオレに見せてみろ、リュート!」

「えええ! シェーン、それは買いかぶりって奴だよ! オレの今の実力はこんなもんだよ! 強くなるために練習に励んでいるけど、一か月そこらで何年も鍛錬してる奴らに敵うわけないんだよ! そんなのは、ライトノベルの話の中だけだ……!」

「何……!」


 シェーンはひどく怒ったようだった。

 ライトノベルという単語が通じなかったのだろうか。


「リュート……お前が嘘をつくのなら……オレはお前の真の実力を引き出させるまでだ!」


 シェーンはリュウトが持っていた木刀をリュウトの手から奪った。


「明日また、ここでオレと付き合え! 逃げるなよ!」


 シェーンは怒りながら去っていった。


「な、なんなんだよ……」


 シェーンがいなくなってリュウトはホッとした。

 すると、建物の陰からコンディスとフレンが飛び出してきた。


「リュートぉおおお! 大丈夫だったかー!」

「コンディス! フレン! 見てたのか!」

「見てたよ! 死ぬかと思ったぜ~! ……リュートがな」

「でも、肝心の会話は聞こえなかったんだ。シェーンはリュートになんて言ったんだ?」

「明日もここで試合をするらしい……。はああ……一体なんでこんなことに……」

「リュート、シェーンに気に入られたんじゃね?」


 コンディスが言った。


「そんなの、いいよ……」

「だよなあ! どうせ気に入られるなら、女子だぜ!」


 と言ってまたコンディスは大声で笑った。

 シェーンの殺気立った目を思い出すと、リュウトは明日からが憂鬱になったのであった。

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