第22話 竜の目の弟と遭遇した件

 魔導士の少女を埋葬した日から翌日。リュウト、コンディス、フレンの三人と、アンドリュー、ジャック、ハンスの三人は、元王国騎士団員で現士官学校の教官長、ヴィエイルから教官室に呼び出されていた。


「わたしが言いたいことはおおむね予想がついとるな?」


 ヴィエイルは明らかに怒っている様子だった。

 呼び出された六人はヴィエイルの問いに誰一人として答えなかった。


「まず、コンディス、フレン、リュート。お前たちは先日の休み、学生寮の中庭で雪遊びをしていたという報告がある。それは間違いないか?」

「間違いありません」


 リュウトたち三人が声を合わせて言う。


「うむ。その雪遊びの最中に資材置き場から木材を持っていったことも間違いないな?」

「間違いありません」


 またリュウトたち三人は声を合わせて言った。

 さらにヴィエイルが続ける。


「その木材はその後どうした? ちゃんと片付けて置かないとダメではないか」

「あっ……! 忘れてた!」


 三人は休日に雪で遊び終わった後の片付けを忘れていた。

 資材置き場から持ち出して、後で返そうと思っていたのに、なんやかんやで忘れてしまっていた。


「片付けます!」

「うむ。使ったものは元の場所に返す。当たり前のことをできるようにならねばな」

「すみませんでした!」


 三人はヴィエイルに深々と頭を下げた。


「そして……」


 ヴィエイルは厳しい目をアンドリューたちに向けた。


「アンドリュー、ジャック、ハンス。お前たちのことも報告が入っている。……お前たちが爆弾のようなものを投げていたと知らせてくれた者がいる。それは本当なのか?」

「投げていません」


 アンドリューは平然としていた。

 その横で、ジャックとハンスが額に汗をかいて黙っている。


「これから騎士になるものとして、嘘は許されんぞ」


 ヴィエイルの口調は静かだが、気迫がこもっていた。


「だから、知りませんって。僕らがやったっていう確かな証拠があるんですか? 疑わしきは罰せず。でしょう?」


 アンドリューは自信たっぷりだった。

 よくもそんな嘘をヴィエイルやコンディスの前で平気で言えるものだとリュウトははらわたが煮えくり返る思いがした。

 ルブナの白魔法のおかげでコンディスは回復したが、ルブナに出会っていなければ今でも怪我が治っていないか、最悪の場合、コンディスは命を落としていたかもしれない。

 ヴィエイルはアンドリューから視線を外し、今度はリュウトたちに問いただした。


「と、アンドリューは言っておるが……コンディス、フレン、リュート。お前たちから何か言いたいことはあるか?」


 リュウトはヴィエイルに言いたかった。

 アンドリューは嘘をついていることを。

 アンドリューはあの日、爆弾岩の欠片が混ざった雪玉をリュウトに目掛けて投げつけたこと。

 爆弾岩の入った雪玉からリュウトをかばったコンディスが大怪我を負ったこと。

 思い返せば思い返すほど、リュウトはアンドリューのやったことを許せなかった。

 だけど、コンディスとフレンは沈黙を決めていた。それを見たリュウトはコンディスたちの思いを察して、アンドリューの悪事を言い出したい衝動をこらえた。

「もう一度聞く。アンドリューの言っていることは間違っていないか?」

 ヴィエイルはリュウトたちに再度尋ねた。


 ――間違ってるよ! アンドリューは間違ってる。間違ってる奴に間違ってると言わなくちゃ、間違った奴は永久に間違ったままだ! 間違った奴に間違っていない者が支配される。そんな世界、間違ってるに決まっている!


 リュウトは唇をかんだ。

 悔しい。けれど、ここですべてを吐き出して、コンディスたちを不利にするわけにはいかない。

 士官学校の初日、アンドリューに殴られた後のコンディスとフレンの目を思い出いながらリュウトはぐっと我慢した。


「……そうか」


 ヴィエイルはため息をついた。


「アンドリューたちはもう行っていい」

「はーい」


 アンドリューは舐めた態度で教官室を出て行った。ジャックとハンスもアンドリューのあとについて行く。


「コンディス、フレン、リュート」


 ヴィエイルはまだ厳しい目をしていた。


「今度のことは……報告しておく」


 と言って、ヴィエイルはコンディスの肩を叩いた。


「試験が間近に迫っているから、お前たちももう行ってよい! わたしは応援しているぞ……」


 リュウトが顔をあげてヴィエイルの目を見たとき、もう厳しい目はしていなかった。

 

 教官室から出てきたリュウトたちは、雪遊びのあとそのままにしていた学生寮の中庭を掃除するため、寮のある方面に向かって歩き出した。


「今度のことは報告しておくってどういう意味だと思う?」


 コンディスがフレンとリュウトに聞いた。


「さあ……」

「片付けをしなかったことを、全国民に報告しておく、とかいう意味じゃないだろうなあ……!」


 コンディスが笑いながら言った。


「それはないだろう」


 フレンは冷静にツッコミを入れた。

 リュウトは立ち止まった。


「ねえ、コンディス、フレン……」

「どうした、リュート?」

「あれでよかったのかな……今からでも、ヴィエイル教官長にアンドリューのやったことを言ってもよくないか?」


 コンディスとフレンは黙った。


「オレ、間違ってると思うんだ。いじめをされて、ただ黙っているだけなんて……そんなの、いじめがエスカレートするだけじゃないか。やり返せるならやり返したいよ……!」


 リュウトのこらえきれそうにない怒りの感情は、コンディスとフレンに伝わっていた。


「リュート……」

「わかってるよ、コンディスとフレンが何を言いたいのか。やり返したらアンドリューのレベルまで下がるから、やり返すな、だろ?」

「……」

「でも、自分の気持ちは言葉に出さないと誰にも伝わらないんだよ! 間違ってることに間違ってるって声をあげなければいつまで経っても間違ったままなんだよ!」

「リュート……」

「アンドリューはコンディスを苦しめた! 同じ苦しみを、アンドリューは味わうべきだ。アンドリューは報いを受けるべきなんだ!」


 リュウトはアンドリューに対して嫌悪を通り越して憎悪の気持ちが芽生えはじめていた。

 コンディスが頭をかきながらリュウトに言った。


「リュート。お前の言いたいことは、間違っていない。リュートは正しい」


 コンディスはリュウトに真剣な目を向けた。


「だから、リュートがしたいことをしたいようにしたらいい」

「コンディス……」


 リュートはコンディスとフレンの顔をそれぞれ見た。

 二人はリュウトに対して怒るわけでも、蔑むわけでもなかった。

 リュウトの意見を尊重している。けれど、コンディスとフレンにはそれ以上のことはできない。だから何もかける言葉がないのだ、といった風だった。


 彼らの立場になってリュウトはもう一度考えた。

 自分の言動は、常に他人を巻き込む。

 自分勝手な振る舞いは、予期せぬ他人を傷つける。

 相手が悪であれ、裁く権利は自分たちにはない。

 正義の鉄槌は、神あるいは法によってのみ下せる。

 士官学校の座学の授業で、被害者であっても、正式な手続きを経ずに実力で権利を取り戻すことをしてはいけない。それが法の原則である、と習ったことがあった。

 そんなの――理不尽じゃないか。

 リュウトのいた元の世界でもいじめはあった。

 アツトの腰巾着をしていたとき、アツトにおびえている同級生を何人か見てきた。

 アツトはまだ暴力はしていなかったからマシだった。

 陰で暴力をちらつかせ、脅迫したり、恫喝する奴らは何人かいた。

 女子たちはくだらない感情論を理由にして陰湿ないじめをしていた。

 大人ですら、いじめをする。

 リュウトは、それらを今まで全部、見ないフリをしてきた。

 いじめを直視できなかった。

 それはリュウトのこころが弱かったから。

 自分がいじめられるのがこわかったから、いじめのターゲットにならないよう『普通』をこころがけて、ただ時が過ぎていくのをじっと待った。

 力は正義なんだ。

 どこの世界でも。


「コンディス……フレン……オレ……オレ……」


 リュウトは我慢の限界だった。


「腹が立ったら、トイレに行きたくなってきた……!」

「えっ! ええっ! ト、トイレぇ? リュ、リュート?」

「ああ~! 漏れるッ! 漏れるよおッ!」

「いや! オレたちのことはいいからはやくトイレに行け!」

「ごめん! あとで必ず一緒に片付けるから!」


 リュウトは一番近いトイレを目指して駆け込んだ。


「ほへえええぇ~」


 トイレに間に合ったリュウトは、安堵の息を漏らした。

 異世界のトイレは周りから見えないように個室になっていて、個室に入って中にある穴に向かって用を足す。

 個室で一人になったリュウトは、さっきのコンディスとフレンの前で話したことを思い出して反省した。

 思ったことをそのまま話し過ぎたかもしれない。

 コンディスとフレンを困惑させただろうか。

 彼らを困らせるようなことはしたくないのに、リュウトはまるで、ダムが決壊したかのように感情が流れ出すのを止めることができなかった。


「異世界のトイレ、ウォシュレットがないのは残念だなぁ。けど、中世みたいに窓から投げ捨てるって感じじゃなくてよかったかな。なーんて、贅沢は言ってられないか……」


 などと、いつもの調子を取り戻すため、どうでもいい独り言をいいながらリュウトはトイレから出てきた。

 トイレから出てくると、リュウトのすぐ目の前に、学生が一人立っていた。


「あっ、ごめん! トイレ使いたかった? って、空いてる個室なら他にもあるじゃないか」


 リュウトは目の前の学生に話しかけた。

 この学生は、見たことがある。

 そしてリュウトは知っている。

 この学生は、イケメン三人衆のうちの一人。セクンダディの竜の目、クリムゾンの弟。名前は確か――シェーン。

 シェーンの顔をこんなに間近で見たのははじめてだ。

 コンディスからイケメン三人衆と変なあだ名をつけられる理由がよくわかる。

 金色の髪に青く澄んだ瞳。真っ直ぐ通った鼻筋に、形のいい口。

 世界が違ったらモデルでもやっていそうな美形だ。

 シェーンはその形のいい唇を開いて、言葉を発した。


「お前から……ニオイがする」

「ええええええええっ!」


 リュウトはショックを受けた。

 トイレから出てきた後に言われたくない言葉ナンバーワンをシェーンは口にしたのだ。


「やめてよ! スッキリしたばかりでにおうのは仕方ないだろ……って、わざわざそんなことを言わなくてもいいじゃないか!」

「? ……そういう意味じゃない」

「えっ……」

「今日の放課後。時間があるなら資材置き場に来い」


 そう言うと、シェーンはその場をあとにした。


「ひえ~。な、なんだったんだぁ……。それにしても、話しかけるならもっとタイミングを考えてほしかった……」


 リュウトは去り行くシェーンのうしろ姿を見送った後、コンディスたちの元へ急いだ。


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