第17話 イケメン三人衆に宣戦布告してやるぜの件

 佐々木リュウトが士官学校に入学してから一か月。

 リト・レギア王国の士官学校は、半年間の学校生活の間で、二か月に三回、テストを行う。

 そのテストの結果の合計点の、上位三チームだけが竜騎士になる資格を得る。竜騎士になる資格を得た三チーム以外の生徒は、もう半年間試験を受けて上位の三チームに入り竜騎士となるか、竜騎士は諦めて王国騎士団に属する選択ができる。王国騎士団は、騎兵または歩兵となって、他国の侵略を防いだり、魔物の攻撃から王国を守るのが務めだ。リト・レギア王国は竜騎士の国として諸外国からは有名だが、王国の竜騎士の数よりも、王国騎士団に所属する騎士の方が、その数は多い。

 リュウトたちは、あと一か月を切った第一回のテストに向けて猛勉強に励む日々を過ごしていた――。


 一か月が経ち、今期、士官学校に残っているのはリュウトたちを含め二十組のチームになった。

 士官学校の過酷な訓練についていけず、いなくなった十三組のチームの学生は、それぞれの街へ帰っていった。

 残っている二十組のチームの中でリュウトたちの成績は、はっきりした数値はまだテストを受けていないのでわからないが、下から数えた方がはやい雰囲気だった。

 コンディスとフレンは文武両道で、頭の回転がはやく、武器の取り扱いにも慣れてきていた。

 リュウトたちのチームは、明らかにリュウトが足を引っ張っていた。

 しかし、コンディスとフレンの二人はリュウトに対して足手まといだという態度をおくびにも出さなかった。

 助け合うのが仲間だ、というのが彼らの口癖で、実際に困っていればすぐに力になってくれようとする。ちょうどいい距離感で接してくれる、本当に素晴らしい友人たちだ。彼らと一緒にいて嫌だと感じたことは一度もない。

 コンディスとフレンは、本気で竜騎士を目指している。二人が竜騎士になれば、この王国ではじめての平民階級の竜騎士が誕生する。二人の出身のラントバウル村の村人も、全員がそれを望んでいるだろう。

 だけど、リュウトのせいで二人の夢が叶わなくなる可能性は十分ありえる。

 態度には出されなくても、足を引っ張っているのは事実なのだ。

 リュウトは、はじめてのテストまで一か月を切り、プレッシャーを感じはじめていた。


「竜騎士になれるのはトップ三チームまで、か」


 リュウトはつぶやいた。

 なんで竜騎士になるのに連帯責任なんだろう。そんな仕組みだったら、優秀な生徒が上に行けないこともあるではないか。そんなの、フェアじゃない。

 リュウトは不満だった。自分が半年間で竜騎士になれなくても、コンディスとフレンは竜騎士になれる実力があるのだから、認められるべきだ。


「アンドリューも意外と成績がいいんだな……」


 リュウトは教室で手下のジャックとハンスにつまらないことを命令しているアンドリューを見て言った。


「違うぜ、リュート。今まで見てなかったのか。アンドリューの成績がいいように見えるのは、袖の下で教官を買ってるからだよ」


 リュウトのつぶやきに答えたのはコンディスだった。


「ええ? 袖の下ぁ?」

「アンドリュー本人は全然大したことないのに、教官が高くポイントをつけてた。オレは見たぜ。ヴィエイル様は知ってるのかね~。まあ、アンドリューなんてどうでもいいけど」

「そうだったのか。全然気が付かなかった」

「まあ、日常茶飯事なんだろうな。貴族のボンボンどもは親からそういう風にやれと教育されてるし、教官もそのやり口に慣れてる。だからオレたちは全員に有無を言わさない実力で一位をもぎ取らないと……まず負けるだろうな」

「うん……」

「だが! オレたちの本当のライバルは! あいつらだ!」


 と言って、コンディスが教室で優雅に語り合う三人組を指さした。


「あいつらに勝てなくちゃ話にならないぜ!」


 コンディスが指をさしたのは、士官学校随一の『イケメン三人衆』だった。


「イケメン三人衆こそがオレたちのライバルだ!」


 イケメン三人衆とは、士官学校の同期のシャグラン、ハザック、シェーンの三人組に対して、コンディスが勝手に名付けた呼び名である。もちろん、本人たちの許可は得ていない。


「ねえ、そのイケメン三人衆って呼び方も気になるけど……。彼らがなんなのさ」


 リュウトがコンディスに尋ねると、コンディスは待ってましたと言わんばかりに語りだした。


「まずは真ん中にいるシャグラン! ツァルトハイト公爵家の長男。温厚な性格で少々天然ボケだがやるときはやる男! イケメンで性格が良くておまけに金持ち! オレたちの宿敵! 倒さねばならーん!」

「倒さねばならんのか……」


 コンディスは次に、シャグランの右隣にいるハザックを指さした。


「次! シャグランの右隣にいる男! ハザック! 切れ長の目で街の女子からモテモテ! ファンクラブまである! ぜ、全然羨ましくなんてないからな! イケメンで性格が良くておまけに金持ち! 倒さねばならん!」

「うーん」


 リュウトの困惑を気にせずコンディスはさらに続けた。


「そしてシェーン! シャグランの左隣にいる男! レギアナ・セクンダディの竜の目、クリムゾンの実弟! 熱くなりやすい性格だがイケメン! 将来を最も有望されている男! イケメンで性格が良くておまけに金持ち! 倒さねばならん! こいつが士官学校で一番成績がいい!」

「ええ……クリムゾンの弟かあ……」


 リュウトは街の広場で見たクリムゾンの姿を思い出した。遠くから見たのではっきりと顔は見ていないが、金色の短髪でスタイルのいい男だったことは覚えている。弟のシェーンも、兄とそっくりの美しい金髪をしていた。


「くっそー、イケメンで性格が良くて金持ちだとー! 何でもかんでもそろいやがって! 平民の根性、見せつけてやるー!」


 コンディスは地団駄を踏みそうな勢いで言うので、リュウトは笑い転げそうになった。


「気合が入ってるね」


 コンディスの横からフレンが冷静に言った。


「よし! では平民の根性を見せつけてくる!」


 と言って、コンディスはイケメン三人衆にずんずんと近付いて行った。


「えっ、あっ、ちょっ……! コンディス! 何をするつもりだ! おい!」


 フレンの静止を振り切って、コンディスはイケメン三人衆の前に躍り出た。


「おい、聞け! イケメン三人衆!」

「えっ? 君はコンディスくん、だっけ。僕たちに何か用かな」


 コンディスの勢い余った挨拶にシャグランが困惑して答えた。

 シャグランは困惑しつつも、笑顔を絶やさない。

 シャグランのイケメンスマイルに内心ひるみつつも、コンディスはシャグランたちイケメン三人衆に宣言した。


「次のテストで、お前らを倒す!」

「……」


 三人は沈黙していた。

 イケメンの沈黙がコンディスを貫く。


「ぐうっ! よ、余裕でいられるのも今の内だぞ! オレたちはお前らを倒して竜騎士になる! 以上だ!」


 コンディスは言い切った。

 遠くで見ていたフレンとリュウトは、コンディスの行動に絶句していた。コンディスの突飛な行動に、絶句することしかできなかった。

 コンディスの宣戦布告に、シャグランは驚いた表情を見せていたが、


「うん、お互い正々堂々、騎士として恥じない戦いができればいいね」


 と言いながら手を差し出してきた。

 白い歯を見せながらのイケメンスマイルもセットだ。


「あ、握手……? オレたちは敵同士! 慣れあうつもりはなーい!」

「そうか。それは残念だけど、君がそう言うなら仕方ないね」


 シャグランは残念そうに手を下げた。

 ハザックとシェーンは微動だにせず黙っていた。

 長居は無用と言わんばかりに踵を返し、コンディスはフレンとリュウトの元に帰ってきた。


「イケメン三人衆に宣戦布告してやったぜ!」

「いや、行動が意味不明すぎた」


 コンディスのドヤ顔をフレンがバッサリと斬った。


「なんだとー! オレたちはイケメン三人衆に闘志で勝たねばならんのだ!」

「コンディス……」


 フレンとリュウトは士官学校初日を思い出した。

 あの日、百人近い人数のいる教室で、大声で竜騎士になるという夢を語った。

 教室の空気になれた今、その日のことを思い出すと恥ずかしくないことはないが、あの日の勢いは忘れてはいけない。止めてはいけない。

 コンディスの言う通りに、闘志で勝たねばはじまらない。

 袖の下なんかで勝ち上がる級友たちがいる中で、正々堂々、一位を目指さなければ。


「そうだな。そういう勢いこそ、大事だったな!」


 コンディスの突飛な行動は、フレン、リュウトに再び気合を入れ、チームの気持ちを一つにしたのだった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る