第14話 何でなにも言ってくれなかったんだの件

 佐々木リュウトは、竜騎士になることを目指して士官学校に入学した。

 そして入学から二週間。

 過酷な体術の基礎訓練を終え、体つきが変わってきたのを実感していた。


「なんだか身体がムキムキしてきたな……」


 リュウトは士官学校の寮の風呂場で自身の身体をさすりながら言った。

 腹筋がキレイに割れている。


「あのー、リュート。今までいいづらかったんだけどさ。聞いてもいい?」


 着替え終わったリュウトに風呂から上がったばかりのコンディスが話しかけた。


「うん?」

「リュートって背中に竜に見える大きな痕があるけど……それは何なんだ?」


 リュウトの背中には、異世界の扉と呼ばれている金色のドラゴンに焼き殺されてから、ドラゴンの形をした大きな痣ができた。リト・レギア王国の王子ソラリスによれば、その痕は異世界の扉と契約した印の、竜の契約の刻印と呼ばれるものだそうだ。だが、これが一体何の役に立つのかは、リュウトは知らない。


「あー……これ? オレにもよくわかんないんだよね。気が付いたらできてて」

「そうなんだ……。オレたちはてっきり、王族に関係する秘密の紋章なのかなって話してたんだが……。な、フレン」


 コンディスの奥で着替えるフレンにコンディスが話を振った。


「ああ。リュートは何で王族と知り合いなんだろうってずっとコンディスと考えていたんだけど、その痕が何かあるのかなって」

「いやあ……。王族と知り合いだったのは、山で遭難していたところをアリア……アレーティア王女に助けてもらったからだよ」

「ほーお。アレーティア王女にねえ」


 コンディスがニヤニヤした顔をした。


「リュートはアレーティア王女のことが好きなんだ?」

「えっ、なんでそういう話になるのさ」

「アレーティア王女の名前を出したときの顔がいつもと違った。特別な感情がありそうだなって思ったんだが、違うのか?」

「アレーティア王女とは、そ、そんな風じゃないよ。彼女は六つも年下だし、王女様だし……」


 そしてリュウトはこころの中で異世界人だし、と付け加えた。

 住む世界も、住んでた世界も違うのだ。いつか恋愛として好きになっても、どうしようもない。


「とにかく、コンディスが思っているような仲じゃないんだ」

「ほーん。まあ、いいけどな。なんでも」


 士官学校の厳しい訓練に彼女の存在をこころの支えにしてきたことは間違いない。だけど、恋愛感情のソレとは違う気がする。そもそも、リュウトは女子が苦手で、女の子に恋をしたことが一度もない。恋ごころがどんな感情なのかさえわからないのだ。


 先に寝ることにしたコンディスとフレンと別れ、筋肉痛をこらえながら寮の共同便所で用を足していると、学生たちがこんなうわさ話をしているのがリュウトの耳に入った。


「おい、聞いたかよ。アレーティア王女のうわさ!」


 リュウトは、アレーティア王女という言葉に反応して、学生たちの話に聞き耳を立てた。


「聞いた聞いた。相当なお転婆姫だって聞いていたけど、ここまで来るとすごいよなあ。お転婆じゃなくて、一端のわがまま姫だぜ」

「マギワンドの魔導学院に、風竜と一緒に留学に行ったんだって?」

「オレだって行きたいよ~。うらやましいぜ~」


 リュウトは、頭が白くなった。

 マギワンドの魔導学院へ行っただって? アリアが? 風竜と?

 うわさ話をする学生たちに近づいて、リュウトは問い詰めた。


「その話、ホントなのか! アレーティア王女が、外国に行ったって?」

「おっとと。いきなり割り込んでくるなよな、お前!」

「その話! ホントなのかって聞いてるんだよ! 答えろ!」


 リュウトは普段のリュウトらしからぬ乱暴な口調で言った。


「ホントだよ! 国中でうわさになってる。アレーティア王女を一週間前から姿を見なくなったって。最初は反対していたモイウェール王も、アレーティア王女が頑固だから言い負かされたってうわさだよ」

「い、一週間前から?」


 リュウトは学生を解放し、ふらふらと自室へ戻っていった。


「どうして……」


 ――どうしてアリアは何も言わずに行ってしまったんだ。


 窓辺からうっすらと見える王城を見て、今日も一日頑張ろうと気合を入れていたのに、あそこには、もうアリアはいなかったのだ。


 ――どうしてマギワンドの魔導学院に行くって一言も言ってくれなかったんだ。


 その理由は、わかっている。アリアの性格的に、きっと頑張ってるリュウトの邪魔をしたくなかったんだろう。彼女はいつも気を遣いすぎる。もっと信頼してくれてもいいのに。


 ――オレって情けないな。アリアはやさしい女の子なのに、オレのこころが未熟なせいで、話してくれなかったことを怒るなんて。信じてやれないなんて。ダサいよな……。オレだって、竜騎士になりたいって夢を持ったとき、アリアには何も相談しなかったくせに。


 リュウトは布団の中にもぐってため息をついた。


 ――アリアがこの国にいなくたって、いつも通り頑張るだけだ。マギワンドは度々戦争があって、この国より危ないらしい。無事でいてくれたらそれでいいけど……。風竜がついていれば大丈夫か。できたら、連絡がほしいのに。何も言わずに出ていったのだから、無理だろうな。


 リュウトは、アリアが国外へ留学に行ったことを自分に打ち明けてくれなかったことで頭が混乱していた。

 アリアとは、こころが通じ合った友だちだと思っていた。

 だから、何か大事なことがあれば、相談してくれるものだと思いこんでいた。

 リュウトだってアリアには何も告げずに行動した過去があるので、彼女が悪いとは言えないが。

 リュウトはしばらく、ショックで動揺していた。


 三週間目の実技科目は剣術だった。


「やああああああッ!」


 リュウトは相手チームの学生を気迫で押していた。


「うわあああ! もういいよ! 降参だ!」


 リュウトの勢いに気圧された学生は白旗を揚げた。


「気合が入ってるなー。何かあったんかね」


 コンディスがいつもと違う様子のリュウトを見て、フレンに聞いた。


「休みの日から何か落ち込んでるような気がする。アンドリューに嫌がらせでもされたか?」

「いーや、リュートはアンドリューごときじゃあ、そこまで落ち込まないタマだ。きっと失恋だぜ!」


 コンディスのいいかげんな推察を聞いて、フレンはため息をついた。


「リュートのいい気分転換になるようなこと、ないかな」

「そうだな。考えよう」


 リュウトはこの一件で、これまでにないほど実技科目で力を発揮できるようになっていた――。



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