第13話 士官学校での生活に慣れてきた件
翌日。佐々木リュウトは、コンディスとフレンの朝の支度の音で目が覚めた。
ここは、リュウトの自宅のベッドの上でもなく、王城のふかふかのベッドの上でもなく、士官学校の寮の、コンディスとフレンとリュウトの部屋のベッドの上だった。
「おっ! おはよう! やっと目が覚めたか、リュート」
朝から元気なコンディスがリュウトに声をかけた。
そうだった、今日から授業がはじまるんだった、とリュウトはあわてて飛び起きた。
顔を洗い、着替え終わった三人は食堂へ向かった。朝、昼、夜と、寮生活での食事は食堂で用意される。
「それにしてもすごく腫れたな、コンディス。最初、誰だかわからなかったぞ」
食堂の席に着くとフレンが、昨日アンドリューに殴られて真っ赤に腫れあがったコンディスの頬を指さして笑った。
「うるせー。お前だって同じようなもんだろうが」
コンディスを笑ったフレンの頬も腫れあがっていた。
「リュートは大丈夫か?」
「うん。あいつ、大したことないよ」
リュウトはいまだに痛む腹をさすりながら言った。
「次やられたらもっと汚いもん浴びせてやるつもりだ」
コンディスとフレンとリュウトは三人、顔を見合わせて吹き出して笑った。
「ははっ。リュートは面白い奴だな。よーし、やってやろうぜ!」
アンドリューのおかげで楽しい朝食の時間を過ごせたとリュウトは思った。
今期、士官学校に入学したのは三人一組三十三組。合計九十九人だった。コンディス、フレン、リュウト以外は全員貴族階級で、身に着けているものの自慢や、祖先がいかに素晴らしいかといった会話に花を咲かせていた。リュウトはそんな新たに級友となった彼らをみて、士官学校の三人一組のチームがコンディスとフレンでよかったとこころから思うのだった。
二日目の午前の授業は、大陸史を学んだ。
この大陸には、七つの大国がある。
一つ、リト・レギア王国。飛竜に乗る竜騎士たちの国。リュウトたちが今いるのがこの国だ。竜騎士は一人一人の戦闘力が抜きん出ており、諸外国からはその力をおそれられてはいるが、竜騎士になれる者の絶対数が少なく、魔法という弱点もあり、強そうなイメージに反して勢力はさほど大きくない。大陸のはずれの南西に位置している。
二つ、グラン帝国。リト・レギア王国の北東に位置する巨大な帝国である。数年前から近隣の小国を侵略、吸収して大きくなった帝国だ。大陸の中では最も歴史が古く、帝都グラン・シュタットは大陸で最も華やかで栄えている場所らしい。
三つ、砂漠の国、ザント。グラン帝国に次いで強国であり、剣技の実力で王となった元傭兵、デシェルトは、砂漠の民から剣聖と呼ばれ、慕われている。
四つ、魔導士の国、マギワンド。魔導学を学ぶために創設された魔導学院がある魔導士たちの国で、大陸中の魔導の素質のある者を集め、教育しているという。
五つ、水の国、トリクル。大陸の中で最も豊かな国で、争いを嫌っているらしい。
六つ、精霊の国、フェアール。ドワーフとエルフが共存し、隣国からの干渉を受けずに自治を保っている国だ。
そして七つ。半年前に成立したばかりらしい、ドゥンケル王国。魔導士の国マギワンドから追放された闇の魔導師たちが集まってできた国とされる。この国に足を踏み入れたが最期、生きて帰ったものがいないとされ、謎に包まれている……。
風竜の背に乗ってアリアと一緒に眺めた広いリト・レギア王国は、大陸全体で見れば小国というのは意外だった。異世界は広いんだなとリュウトは他人事のようにぼんやりと思っていた。
食堂で昼食を取った後、コンディスとフレンは教官室に呼び出された。老騎士ヴィエイルがその顔はどうしたのかとコンディスとフレンに尋ねるためだった。
腫れた頬のことを聞かれたコンディスとフレンは、昨晩甘いものを食べすぎたせいで虫歯になったんだとヴィエイルに答えた。
ヴィエイルは、本当にそれでいいのかとコンディスとフレンに念押しして尋ねたが、コンディスとフレンは、なんのことかとすっとぼけた。
ヴィエイルは二人の頑なさに負け、二人を解放した。
隠れてその様子を見ていたリュウトは、二人の友人に恥じぬよう、自分も努力していくことを誓った。
午後からは体術の基礎訓練をした。学校の体育の授業とは比べ物にならないほど過酷で、リュウトはさっそくついていけないと感じたが、こころが負けそうになる度、アリアの顔を思いだし、がむしゃらに頑張った。
そうして一週間、午前中は眠気を我慢して勉学に励み、午後からは地獄のような体術の基礎訓練を耐え抜いた。
一週間のうち一日だけ、士官学生の全員に休みが与えられた。
最初の休みは、リュウトは全身の筋肉痛で一日立ち上がることができなかった。
コンディスとフレンは、そんなリュウトを気遣って、街で貼り薬を買ってきてくれた。
「コンディス、フレン。ありがとう……」
「なーに。気にすんなよ。休めるときに休んどけ」
「困ったことがあれば助け合う。仲間なんだから当たり前のことさ」
コンディスとフレンは入学初日に大口を叩いただけあって、リュウト共々実技科目の過酷さについていけない学生たちとは違って、気力に富み、常に余裕さを見せていた。
――コンディスとフレンは、本当にすごい。いずれセクンダディのメンバーになってもおかしくなさそうだな。平民初のセクンダディ。今は夢として語っているけど、将来的には、夢ではないのかも知れない。
リュウトはフレンに背中に薬を貼ってもらいながら、そんなことを考えていた。
翌週はじめ、座学の前の時間に、教室である学生が大声でわめいていた。
「もう嫌だ! 僕おうちに帰る!」
「おい、士官学校はまだはじまったばかりだぜ。お前が家に帰ったら、オレたちはどうなるんだよ。三人一組のこの学校、お前がいなくなったらオレたちも失格なんだよ!」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 父上に言いつけて、こんな厳しい学校なんて廃校にしてもらうんだ!」
「できるわけないだろ……」
その三人組の様子を見て、
「卒業までに、何人残ってるか、だな……」
と、コンディスがぽつりとこぼした。
リュウトはあの三人組の会話がいつか自分たちも同じようなことにならないよう願った。
不意にリュウトはアリアの笑顔を思い出した。アリアと別れてもう一週間になるのか。リュウトが異世界に来てすぐ飛竜に襲われたときに、たった一撃で飛竜を倒したアリア。風竜と契約し、竜騎士となったアリア。マリンを助けようとしたら、ダークエルフに敗れ、一緒に檻の中でピンチになったアリア。王城を出ると決まった日にアリアに抱きしめられた感覚は、決して忘れることはない。異世界での、はじめての友だち。
立派な竜騎士になれたら、真っ先にアリアに報告したい。
だから、今は頑張ろう。
リュウトは筋肉痛で痛む身体を叩き、気合の雄たけびを叫んで授業に向かった。
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