竜騎士学校編

第12話 士官学校の仲間たちが個性豊かな件

 士官学校入学初日。佐々木リュウトは、少ない手荷物を寮に置き、教室へと向かった。

 学校は王城のある都市の中に存在し、窓からは遠くにある王城がうっすらと見える。

 教室にはすでに今日から同じ士官学生となる若者たちが大勢集まって、席についていた。

 リュウトはあわてて自分に与えられた席を探し、座った。

 三人掛けの席の右端の席だった。三人掛けの席には、利発そうな若者と、快活そうな若者が座っていた。二人はリュウトが席についたのと同時に、気さくに声をかけてきた。


「もしかして、あなたがリュート……さん?」

「そうです」


 二人の若者は顔を見合わせてから、飛び切りいい笑顔で挨拶をした。


「オレたちが今日から君と一緒のチームになるフレンと」

「コンディスだ。よろしく」


 利発そうな若者がフレン、快活そうな若者の名をコンディスといった。

 二人は飛竜の森の近くの貧しい農村の出身で、厳しい試験を潜り抜けて、平民の身分でありながら士官学校に入学を許された特待生だった。

 リト・レギア王国の士官学校は、十五になった貴族階級の子息だけが、騎士になる教育を受けられる機関だった。だが、カースト制度の緩和に努めるソラリス王子が、一昨年から平民の身分であっても同じ教育が受けられるように改革した。その変革を快く思わない貴族も多くいたが、ソラリス王子の国民からの圧倒的人気と、本人のたぐいまれなる才気のおかげで、大きな不満となるまでには至らなかった。


「ソラリス王子がすごいのはそれだけじゃないんだ。飛竜の森の近くのオレたちの故郷、ラントバウル村は、すごくへんぴな場所にあるから、歴代の王様には見放され続けて来たんだ。困ったことが起きても、そんな場所に住んでいる方が悪い、ってね。ところが、ソラリス王子だけは、村長の陳情を真面目に取り扱ってくれて、農作物を荒らしに来る魔物から村を守る仕掛けを用意してくれたり、水路の整備をしてくれたんだ。おかげで、原始的な生活からぐっと近代的な人間らしい暮らしができるようになったんだ」

「ソラリス王子が……」


 改めてすごい人だったんだな、とリュウトは思った。


「オレたちはそんなソラリス王子に憧れて、絶対に竜騎士になるって誓ったんだ。ソラリス王子のために剣を捧げるのが夢だ!」


 リュウトから見てコンディスとフレンは一つ年下だが、彼らが生き抜いて得た経験は、リュウトよりもはるかに濃密なものだろう。二人の真剣な表情がそれを物語っている。


「それで、リュートはソラリス王子に推薦されてここに来ることになったって聞いたけどホントなのか?」


 キラキラした目でフレンとコンディスはリュートの返答を待った。


「手配してくれたのはソラリス王子だけど、推薦されたわけじゃないよ」

「へええ。じゃあ、リュートはソラリス王子と話したことがあるのか?」

「まあ……あるよ」

「うわあっ! すげえっ!」

「リュート、握手しよう握手」


 フレンとコンディスは、老騎士ヴィエイルが言う通りの好青年たちだった。

 たった一人だけの異世界人である自分が、この世界の人々とうまく打ち解けられるだろうかという不安はあったが、杞憂に終わりそうだとほっと胸をなでおろした。


「なんだか、うまくやっていけそうだな!」


 コンディスがリュートに笑いかけた。

 リュートもコンディスに笑いかけた。

 すると、コンディスは突然席を立ちあがって、大声で叫んだ。


「おい! ここにいる奴ら全員聞け! オレの名はコンディス! ラントバウル村出身の赤き稲妻! いずれレギアナ・セクンダディのメンバーになる男!」


 リュウトはあっけにとられた。

 教室にいる百人近い学生が騒然としだす。

 リュウトがコンディスの友人であるフレンの様子をうかがうと、フレンもコンディスと同じように立ち上がった。


「わたしの名はフレン! この男と同じくラントバウル村出身の青き彗星! ゆくゆくはレギアナ・セクンダディの隊長になる男!」


 リュウトは開いた口がふさがらなかった。

 コンディスだけではなく、見た目は真面目そうなフレンまでもが、この決して軽くはない空気の教室の中で、独特の口上を披露したのだ。

 しかも、セクンダディのメンバーや隊長になるって、大口どころではない。

 そして、リュウトは気が付いた。

 三人一組で行動しなければならないこの士官学校。


 ――もしかして、この流れは自分もやらなくてはいけないのでは!?


 リュウトは急激に胃が痛くなった。

 しかし、覚悟を決めた。


「あああっ! もう、こうなったらヤケだああっ!」


 リュウトもコンディスとフレンのように勢いよく立ち上がった。


「オレの名は佐々木リュート! 出身は……えーっと、多分誰も知らないところ! 異名は……特にない! これから……えーっと、セクンダディにはならずとも、竜騎士を目指したいと思っている男!」


 リュートは恥ずかしさで顔が真っ赤になった。

 だが、やり遂げた。

 コンディスとフレンが、よくやったという顔でリュウトを見てくる。

 そうだ。こんなことを恥ずかしがっては、これから先やっていけない。リュウトは本気を出せたことに嬉しくなった。

 前の学校では、アツトやヒロキといったクラスのリーダー格の生徒の金魚のフンをしていただけのただの雑魚だったけれど、これからは違う。バリバリと活躍して、大勢の人に認められるようにならなければ。チャンスがあれば全部ものにしてやる! と、リュウトはこころのなかで息まいた。


 ところが――。

 リュウトの背後に、老騎士ヴィエイルが立っていた。


「今年の新人は威勢がいいのがそろっているな」


 リュウトのやってやった感は、すぐさまやってしまった感に変わることとなった。


「あ……」


 リュウトは青ざめた。


 老騎士ヴィエイルは、コンディスたちに席に座るよう促すと、さっそく簡単な挨拶と説明に移った。

 その間、リュウトは恥ずかしくて顔が真っ赤だった。

 コンディス、フレン、そしてリュウトの不意打ちの名乗りを聞いた学生は、こちらを見てくっくと笑う者、冷笑を向ける者、生意気だと言わんばかりににらみつけてくる者、興味のなさそうな者に分かれていた。

 はじまったばかりの士官学校の学生の色んな感情の集中砲火を受けることとなったリュウトだったが、さっきも感じたように、元の世界での学校生活みたいに、目立たず、空気のように過ごすだけでは夢を叶えることはできない。多くの人に認められて、来るチャンスをすべて受け止め、活躍することが大事なんだとリュウトは心得ていた。それが、アリアへの、自分にできる最大限の誠意だとこのときのリュウトは思っていた。

 士官学校の時間割は、午前は座学、午後からは実技だった。

 半年間、座学は大陸史、王国史、地理、王国の社会制度の仕組み、礼儀作法やマナーなどを勉強し、実技は体術、剣術、槍術、弓術、馬術と多岐にわたって行うようだった。

 初日は訓練場の案内だけだったが、訓練用の武器ですら今のリュウトには重かった。大変そうだと感じる都度、リュウトは「頑張ろう、頑張ろう」とこころの中で声に出した。


 一日があっと言う間に過ぎていった。日が沈むころ、コンディスとフレンとリュウトは寮に帰ろうとした。

 だが、その帰路で、同じ士官学生の学生三人組が待ち構えていた。

 コンディスがリュウトに耳打ちした。


「アンドリューたちだ。目を合わせるんじゃねえぞ。あいつらは実力もないくせに公爵家の跡取りだからって威張り散らしてる差別主義者だ。通り抜けるぞ」


 リュウトたちがアンドリューたちの目の前を通り過ぎようとしたときだった。

 アンドリューが、突然、コンディスの目の前に立ち、胸倉をつかんだ。コンディスの方が背が高いのでコンディスがアンドリューに引き寄せられる体勢になる。


「おい、お前ら! 平民の分際で、このアンドリュー様より目立とうとするなよな!」


 アンドリューの汚いつばがコンディスの顔にかかる。


「……」


 コンディスは何も言わなかった。


「ランドパウル村だと? 聞いたこともないな、そんな村。お前ら、人間じゃなくて魔物の血でも流れているんじゃないのか?」


 アンドリューの後ろで、アンドリューと同じように性格の悪そうな顔をした子分のジャックとハンスが笑った。ジャックたちは豚のようにぶごぶごと鼻を鳴らしていた。


「ラントバウル村です」


 コンディスが静かに訂正した。


「ああ? お前、今調子に乗ったな? このアンドリュー様にたてつく気か!」

「……」


 コンディスはアンドリューをにらみつけた。


「なんだその目は! ほほう。どうやらこのアンドリュー様に、殴られたいようだな!」


 アンドリューはコンディスの頬をグーで殴りつけた。

 コンディスはアンドリューの拳を目を閉じて受け止めた。

 すごい音がした。アンドリューは本気の力でコンディスを殴ったようだ。


「お、おいっ!」


 リュウトはあわてて仲裁に入ろうとした。


「リュート!」


 コンディスはリュウトをにらみつけた。

 そして、首を横に振るのだった。

 リュウトはコンディスが何を言いたいのか、察した。

 アンドリューはフレンとリュウトの方にも目を向けた。


「おい! お前らも連帯責任だ! 来い!」


 アンドリューはフレンとリュウトを呼び出した。そして、フレンの頬もコンディスと同じように殴りつけた。

 フレンも黙ってその拳を受け止めた。

 リュウトも両手を後ろに組み、歯を食いしばって待機した。


「お前は弱そうだからこっちだ!」


 アンドリューはリュウトにだけ、腹にグーパンを決め込んだ。


「ふげぇえっ!」


 リュウトは腹を殴られた痛みで口からよだれを吹き飛ばした。

 リュウトが口から出したものが、アンドリューの右腕に付着する。


「きったね! 手についただろうが、この馬鹿!」


 アンドリューはさらにリュウトの頭を殴った。

 そして、ハンカチを取り出して捨て台詞を吐いた。


「今日はこのくらいで勘弁してやる。だが、次にまた目立とうとしたらもっとひどい目に遭わすからな。覚えておけよ!」


 アンドリューたちは行ってしまった。


「……くっ!」


 コンディスは怒りで肩を震わせていた。


「コンディス。よく堪えた」


 フレンはコンディスの肩を掴んだ。


「リュートも。大丈夫だったか?」


 フレンはリュウトを振り返った。弱いものほど痛めつける。その汚いやり口に、アンドリューの奴、とフレンも怒り心頭であった。


「へへへ……。今度腹パンされたら、アンドリューの不細工な面の上にオレのゲロをぶちまけてやる……。覚えておくのはそっちの方だ!」

「リュート……」


 フレンはリュウトに笑いかけた。

 見た目より内面はタフらしいな、とフレンは安心した。

 そのとき、コンディスが地面に向かって拳を打ち付けた。


「クソぉおおおッ!」

「コンディス……」

「わかってるよ、フレン。オレたちがやり返すのは、正式な場でだ。オレたちはこういうことにはなれてる。オレたちがやり返せば、報復はオレたちではなく、オレたちの家族に行く。本当の意味で村を守るため、こんな小さなことで腹を立てている場合じゃないんだ!」


 コンディスは立ち上がった。


「だけど、だけど! この悔しさだけは、絶対に忘れるものか!」


 コンディスの悲痛な叫びに、フレンとリュウトは、力強くうなずいた。



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