第11話 竜騎士になる訓練がはじまる件

 佐々木リュウトは、早朝、ソラリスの部屋の前にいた。

 この部屋の前に来ると、いつも緊張する。

 リュウトは扉をノックして、自分の名を名乗った。


「リュートです」


 今日は中からソラリスの返事があった。


「入れ」


 リュウトは静かに扉を開けた。ソラリスの部屋には、この前と同じ大きな椅子に座るソラリスと、見慣れない老騎士の姿があった。

 誰だろう、とリュウトが思っていると、ソラリスが口を開いた。


「来たか、リュート。待っていた」

「あの……」

「ああ。紹介しよう。彼は騎士ヴィエイル。竜騎士団を退役した後、士官学校の教官として働いている男だ」


 ソラリスに紹介された老騎士ヴィエイルはリュウトに一礼した。


「ヴィエイル。この青年が以前から話してあったリュートだ。竜騎士を目指したいそうだ。手ほどきはすべてお前に任せてもよいな」

「かしこまりました、殿下」


 リュウトは老騎士ヴィエイルに挨拶した。


「リュートです。よろしくお願いします」


 ソラリスは深く腰をかけていた椅子から立ち上がり、言った。


「オレはこれから宮廷会議に出席しなければならんのでな。では、失礼する」

「はっ」


 マントを翻して颯爽と歩くソラリスに、ヴィエイルが返事をした。


 ソラリスは部屋から出ていった。

 その様子を見送るリュートに、老騎士ヴィエイルが声をかけた。


「それでは、リュート殿。改めてよろしくお願い申し上げる。竜騎士になりたいとのことだが、竜騎士になるにはまず、士官学校に入学して竜騎士の資格を取得しなければならない」

「竜騎士って、資格制なんですか」


 リュートは驚いた。素質があれば誰にでもなれるものだと思っていた。


「左様。竜騎士はただドラゴンに乗れればいいというわけではない。竜とこころを通じ合わせる資質ももちろん大事だが、それ以上に、騎士としての礼儀作法、教養、精神力を身につけなければならん」

「そうなんですね」


 リュートは学校、と聞いてアツトやハルコの顔を思い出した。特にハルコには――快く思えない出来事がなかったわけではないが、そういうことは関係なしに、とにかく無事でいてほしい。


「学校、か……」

「リュート殿は読み書きができるそうだな。学問所に通っていた経験があるのか?」

「異世界の言語を習得したのは学校に通っていたからってわけじゃないけど……。学校にはずっと通っていました。義務教育の九年間と高校が十か月……」

「九年と十か月も! それでは話がはやそうだ」


 ヴィエイルは深いしわの刻まれた顔で驚きの表情を見せた。


「士官学校は寮制でな。一度入学したら、家に戻ってこられる日はほとんどなくなる。学校での生活は常に三人一組で行動する。リュート殿は、フレンとコンディスという名の若者たちと共に行動してもらう。見どころのある若者たちなので、心配することはないだろう。学校は、二日後よりはじまる。それまでに荷物をまとめ、必要なら城の者に挨拶しておくと良い。本日のわたしからの説明は以上だ――」


 リュウトは自室に戻り荷物をまとめていた。

 荷物と言ってもリュウトが元の世界からこの世界に持ってきたものは、衣類と、財布、そして使えなくなったケータイだけなので、士官学校に入学するのにあたって必要な持ち物は用意してもらわなければならない。この王国には、借りをたくさん作ってしまっている。

 そんなことを考えていると、アリアが血相を変えて部屋にやってきた。


「リュウトさん!」


 アリアは慌てた様子でリュウトの名を呼んだ。


「アリア。どうしたの?」

「これから……士官学校に入学するってホント?」

「うん」

「ど、どうしていきなりそんな話になったの?」


 アリアは混乱した様子だった。リュウトはそんなアリアの顔を見て、アリアにだけはきちんと話しておくべきだったと、少しこころが痛んだ。

 リュウトは自分がやりたいことをアリアに話す決心をした。


「アリア……。オレ、竜騎士になりたいんだ。アリアのお兄さんが飛竜に乗って城に帰ってくるところ、それにノエルとリアムの戦いを間近で見て、すげーって思ったんだ。それに比べてオレは、ただこの王国のやさしさに甘えて、何もせず過ごしているだけだった。でもそのままじゃ、ダメなんだ。オレも誰かの役に立ちたい。この国の人たちが親切にしてくれたように、オレもこの国に恩を返したいんだ! だから、竜騎士になりたいってソラリスに相談したんだ。そしたら、まずは士官学校に入ることになった。竜騎士になるためには、飛竜に乗れるだけじゃ足りないんだって。確かにそうだとオレも思う。だから、勉強して、少しでも自分に何かできたらって思ったんだ……」


 リュウトは真剣な目をしていた。


「も……元の世界に戻る願いは、どうなったの! 諦めちゃったの?」


 アリアの疑問に、リュウトは答える。


「諦めたわけじゃない。帰れるならやっぱり元の世界に帰りたいよ。でも、そのためには竜とこころを通わせる訓練が必要だ。竜騎士を目指すのは、竜とこころを合わせることに、一番近い道のような気がする」


 リュウトの回答に、アリアはさらに抵抗する。


「竜とこころを通わせる試練なら、別の方法があるはずだよ。竜騎士になることが竜とこころを通じ合わせることの近道かどうかはわからないんだよ! わたしと風竜と一緒に、元の世界に戻れる方法をこれから見つけていこうよ!」


 リュウトは首を静かに横に振った。


「竜騎士になりたいって気持ちは……オレがはじめて見つけた夢なんだ。今までの人生、オレはずっと無気力で生きてきた。やりたいこともないまま、ただ時が流れるのを待ってるだけだった。そんなオレが、はじめてやりたいことに出会えたんだ。こころが燃えるような、熱くなれるようなことに出会えるって、今までの経験からすると、オレにとっては奇跡なんだ」

「……」

「それと……」

「それと?」

「守られるだけじゃなく、守れる男になりたい。アリアが危険な目に遭ってるのに、オレはいつも何もできなかった。オレは、力をつけて、アリアを守れるようになりたいんだ」

「……」


 アリアは黙った。

 長い沈黙の後、アリアは小さな声で、


「……いってらっしゃい」


 と言った。


「うん……」


 と、リュウトが返事をすると、アリアは小さな身体でリュウトの腹に抱き着いた。


「疲れたらいつでも王城に戻ってきていいから。この王城は、この世界でのリュウトさんの家だから。……お願い。無理はしないで」


 リュウトはアリアの気が済むまで、抱き着かせたままでいた。

 アリアはリュウトにとって、出会ってすぐに打ち解けたはじめての女の子だった。

 過ごした日数が多いわけではないが、感じている絆は、家族以外では一番強いかもしれない。

 アリアとしばらく会えないことに悲しく思わないことはないが、何も二度と会えないというわけじゃない。

 アリアが落ち着いてきたところで、リュウトはアリアに言った。


「行ってきます」


 アリアはリュウトと別れた後、自室に戻って、誰にも音が聞こえないように、声を押し殺して泣いた。

 王城での暮らしに不満があるわけではないが、ときどき、自分の意に反する嫌なうわさを流されることがある。

 気にしないように努めてはいるが、ひどく的外れな中傷が耳に入り、悲しみに打ちひしがれる日も少なくはなかった。

 そんな中で出会った異世界人のリュウトは、王国の身分や性別なんて関係ない、感じさせない、はじめての友だちだった。

 アリアにとって、はじめて気を許せる味方だった。

 リュウトの予測がつかない言動に驚かされることはあったが、自分の利益のためだけに嘘をついたり、人を騙して傷つけるような人ではない。戦う力がないことをリュウトは気にかけているようだが、強い人間であることよりも、こころのやさしさこそが大事だと考えるアリアには、リュウトが騎士になって、職務とはいえ他人を傷つける姿を見たくはなかった。それに、王国の騎士の地位に就けば、アリアとはもう対等な関係でいられなくなる。そのことが、たった一人の味方を失うようで、アリアにはこころ細く、悲しかった。

 だけど、アリアにとってリュウトは友だちだ。だからこそ、自分のこころを満たすためだけの存在にするのではなく、一人の友人としてできることとして、彼の真剣な夢を応援したい。

 友だちとは、自分にとって都合のいい人間のことではなく、信じあい、助け合い、応援しあうものだとアリアは思っている。

 だから、今アリアができることは、リュウトの夢を応援する。そして、リュウトが無事に夢を叶えられると信じることだった。


「リュウトさんが竜騎士になる夢を目指して頑張っている間に、わたしも、今度リュウトさんに会えたときに胸を張れるように、頑張らなくちゃ!」


 アリアの目に流れていた涙はかわいた。

 そしてアリアの目には、涙に代わって、新たな目標が浮かんでいたのである――。

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