第10話 白い髪飾りがお似合いですの件

「リュウトさーん!」


 朝から元気なアリアの声が、リュウトの部屋の扉の向こうから聞こえてきた。


「どうしたの?」


 リュウトは自室の扉を開けてアリアに尋ねた。すると、アリアがいつもと違うことに気が付いた。


「えっへへー」


 アリアの頭の上に、白い布製の髪飾りがあった。


「どう? リュウトさん」

「あー……」


 素直な感想は――可愛い。アリアの髪の色と髪飾りの白がよく似合っている。

 だけど、軽率に可愛い、なんて言葉を言っていいのだろうか。軽い男だと思われやしないだろうか。リュウトは葛藤した。


「ど、どう……かな?」


 アリアが期待した目でリュウトを見てくる。


「うーん……」


 リュウトは、アリアの方は見ずに小さくつぶやいた。


「うん、可愛い……と、思う。とても」


 本音でしゃべるのはすごく照れくさい。だけど、リュウトの言葉に明るくなっていくアリアの表情を見たら、照れなんてどうでもよくなった。


「ホントに! 嬉しい! 実は、今朝マリンさんからもらった髪飾りなの。手作りなんだって。すごいよね!」

「へええ。マリンさんが作ったんだ」


 アリアとリュウトは昨夕、マリンに与えられた彼女の部屋に向かった。二人が来たことを知ると、マリンは喜んで出迎えてくれた。


「マリンさーん!」

「まあ。アリアさんにリュウトさん。よく来てくださいました」

「マリンさん。あなたが作ってくれた髪飾り、評判がいいです! リュウトさんに可愛いって言ってもらえました!」

「そう。それはよかったです」


 マリンは穏やかに微笑んだ。


「この部屋に置いてあった機織機が上質なもので、とても作り甲斐がありました。王女様が望まれれば、毎日だって作りますよ」

「ホントに! やったあ!」


 アリアは大はしゃぎだった。

 はじめて会ったころより、段々年相応の振る舞いになっていくアリアを見て、リュウトは嬉しかった。


 リュウトは、アリアたちと別れて、とある部屋に向かった。

 ソラリス王子の部屋だ。

 言うことは決まっている。


 ――竜騎士になりたい。


 今日こそ、リュウトがこの異世界に来てからはじめて目指したいと思った夢について告げようと決めていた。

 リュウトは、大きく息を吸い込んだ。

 緊張で心臓がバクバク言っている。


「よし!」


 リュウトはソラリスの部屋をノックした。


「はいはい~」


 中から聞こえてきたのは、気の抜けた女性の声だった。

 そして開かれた扉から出てきたのは、ソラリスではなく侍女だった。


「あ、あの。ソラリス王子はいませんか?」

「ああ~。王子は今ね、陳情の対応をしているわよ。週に一度、国民を城に通して、困っていることがある民の話を直接王子が聞くの。本当は王様の仕事だけどね。王様はめんどくさいことは全部王子に任せてるから。だから王子は今は忙しいと思うわよ~」


 侍女はおしゃべりが好きそうだった。


「あなたソラリス王子に用事があるの? 王子はお仕事大変そうだけどね、バッタリ会ったときにはいつもわたしの仕事ぶりを褒めてくださるのよ。あんな美男子にお礼を言われるなんてね~うふっ。仕事に気合がはいるってものよ! お給料がいいのももちろん嬉しいけど、やっぱり仕える主によってモチベーションが違うわね~。王子が国王になったら、この国がもっといい国になるのは間違いないわね!」


 侍女は勝手にしゃべりだした。


「で、ソラリス王子は今どこに?」

「ああ。多分、謁見の間だよ。ってあんた、聞いてただろ? 王子は今忙しいんだよ。ああ、麗しのソラリス王子! わたしがあと二十年若ければねえ~」


 リュウトは侍女の話を最後まで聞かず、謁見の間まで走った。

 謁見の間の大きな扉は、六人の兵士たちに囲まれ、中に入れないようになっていた。扉の前は、国王に陳情を言いに来た国民の行列ができていた。この行列がすべてはけるまでは、ソラリスは出てこられないだろう。リュウトは気長に待つことにした。


 日が暮れるころ、ようやくソラリスが謁見の間から出てきた。

 一日を通した長い執務だというのに、疲れの色は見せていない。

 兵士に囲まれたソラリスに話しかけるのはかなり勇気が必要だった。リュウトは腹をくくって声を出した。


「あの! 王子!」

「こら、王子は今やっと執務を終えたところなんだ。あとにしなさい」


 ソラリスを囲んでいた兵士の一人がリュウトに注意した。


「構わん。なんだ、リュート」


 ソラリスは立ち止まり、リュウトの話に耳を傾けた。いつも通りの冷たい瞳がリュウトを刺す。


「あの、オレ、オレ! オレも……竜騎士になりたいんだ。あなたみたいな。どうしたらなれますか!」


 リュウトは精一杯の声で言った。

 ソラリスは表情を変えなかった。


「そのうち言いだすとは思っていたが、案外はやかったな。いいだろう。明朝、オレの部屋まで来い」


 そういうと、兵士たちとともにソラリスは行ってしまった。


「明日の朝、か」


 リュウトは、手をかたく握りしめた。

 竜騎士になる。それが、異世界ではじめて、いや、リュウトにとって人生ではじめて、目指したいと思えた夢だった。

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