第8話 山賊に襲われていたら竜騎士に助けられた件
――夢を見た。とてもリアルな夢だ。山賊に襲われそうになっている女性を助けようとしたら、ダークエルフに隙をつかれ、捕らえられてしまった夢だ。
「うわああああああ!」
佐々木リュウトは、目を覚ました。
「って、夢じゃないんだよ!」
思い出した。山賊に襲われている女性を助けたら、ダークエルフが現れ、ダークエルフが操る暗黒魔法によって、アリア、そしてリュウトと風竜は気絶させられてしまった。
「なんだこれぇ!」
リュウトたちと山賊に襲われていた女性は、木製の檻の中に閉じ込められていた。檻は馬車の荷台の上にあり、馬車は森の中の開かれた道を今まさに走っている。
「アリア、アリア。目を覚ませ、アリア!」
「んっんん……。リュウトさん……?」
リュウトはアリアを無理やり揺り起こした。
目が覚めたアリアは、危機的な状況にあることを理解し、あわてて飛び起きる。
「リュウトさんっ!」
「アリア、気が付いてよかった」
風竜は、まだ気絶していた。風竜は闇の魔法が苦手で、アリアやリュウトよりダメージが深いようだった。
「リュウトさんを危険な目に遭わせて……わたし、わたし、ごめんなさい!」
リュウトはアリアの肩をつかんだ。
「アリアが謝ることじゃないよ」
「ごめんなさい……」
謝ったのは、リュウトたちと同じ檻の中にいる山賊に襲われていた女性だった。
「あ……そういう意味では……」
リュウトはあわてて否定した。山賊につかまってしまったのは、襲われた女性が悪いわけではない。
一緒につかまってしまったこの女性は、不思議な容貌をしていた。
修道女のような白い服装は普通だが、背中まで伸びる長い髪の色が、頭頂部はオレンジ色、毛先は翠に近い水色。そして瞳は、どこかで見たことがあるような、エメラルドグリーン色だった。
下がりがちな眉や目じりから落ち着いた印象を受けるが、リュウトと同い年くらいだろう。
「キレイな人……」
アリアは不思議な魅力のある彼女の容姿を見て、思わずつぶやいた。
「あの、失礼ですが……もしかしてあなたは、アスセナ族の生き残りの方ですか……?」
アリアが女性に尋ねた。
「はい……。わたしはアスセナ族の、マリンと申します」
「やっぱり……」
リュウトがアリアにコソコソと尋ねた。
「アスセナ族って?」
「アスセナ族は、大地母神コレールの末裔とされている一族です。彼女のように、エメラルドグリーンに輝く瞳を持つのが特徴です。……ソラリス兄様のお母様も、アスセナ族だったと聞いています。その翠の輝く瞳は、その、ちょっと本人の前では言いにくいんですが……」
アリアは言葉を濁らせた。そして、リュウトにだけ聞こえる音量で話した。
「人体から取り出すと、宝石に変わるんです。アスセナ族の瞳は闇の市場で高額売買されていると聞きます……。だから、アスセナ族は瞳を狙われて、今は数人しか生き残っていないそうです。むごい話です……」
その話を聞いて、リュウトは胸が締め付けられる思いがした。
「……彼女のお話の通りです。わたしの家族や友人は、住む場所を追われ、殺されてしまいました。遺体は一人残らずみな目をくり抜かれていました。一族が根絶やしにされそうになった日の夜のことは、わたしは今でも忘れることができません」
アリアの話を聞いていたマリンが答えた。
つらいことを思い出させてしまって、アリアとリュウトは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
見たことがある瞳の色だと思ったのは、ソラリスと一緒だったからか。リュウトは納得した。
「元気を出してください。きっと、神様はあなたがた一族をお見捨てになりはしません!」
アリアはマリンを励ますように言った。
「そうですね。どんなときでも、希望を捨ててはいけませんね」
マリンは力強く微笑んだ。
儚げな見た目とは違い、内面はたくましい女性のようだ。
さて、あとはどうやってここから脱出するか、だが。
リュウトにはこの方法しかないと思っていた。
リュウトはお腹いっぱい空気を吸い込み、自分にできる最大限の大声で叫んだ。
「誰かー! 助けてくださーい!」
道は、ずっと森が続いている。気絶してからどれだれの時間が経ったかは正確にはわからないが、広いリト・レギア王国を越えられるほどには経っていないだろう。先ほどまで風竜に乗って上空から見下ろしていたからわかるが、集落はほとんどない。偶然、人が通りかかるなんてことはまずないだろう。この方法で本当に助けが現れたら、それは奇跡だ。
けれど、何もしないで殺されるのはリュウトは嫌だった。
「誰かー! おおーい! 助けてー!」
リュウトは一生懸命叫んだ。
しかし、誰も来なかった。
「くそう、打つ手はないのか」
風竜はまだ目覚めない。
と、そのとき。
馬車の上空で、飛竜の鳴き声がするのが聞こえた。
飛竜は二匹いるようだ。
ギャアアーッと、獰猛そうな飛竜の鳴き声が二種類聞こえる。
「うわあ。飛竜に見つかったのか……。山賊に殺されるか、飛竜に食われるか……。どっちも嫌だなあ!」
「リュウトさん! 見てください! あれは、野生の飛竜じゃありません! 王国竜騎士団の飛竜です!」
「な、なんだって?」
リュウトが飛竜を見ようと空を見上げたその途端、馬車全体に衝撃が走った。
「おっ! おわっ!」
馬車が走る道の目の前で、急降下してきた飛竜が止まったのだ。
馬は急に現れた飛竜を避けようとしてバランスを崩し、引っ張っていた檻は中に人を入れたまま倒れた。
「くわ~~~! いってて……。アリア、マリンさん、無事か?」
「いたた……。だ、大丈夫です。風竜がクッション代わりになってくれました……。風竜が柔らかい身体をしていてよかったです……」
アリアが無事でリュウトはホッとした。
「な、なんだ? 一体、何が起こっていやがる?」
馬から振り落とされた山賊たちが、辺りを見渡しながら叫ぶ。
そのとき、豪快な声が頭上から聞こえてきた。
「おいおい! 見たことある顔だと思ったら、アレーティア様じゃないですかい!」
「あ、あなたは!」
アリアの顔に、安堵の色が広がる。
「リュウトさん! あの二匹の飛竜を操っている竜騎士が誰だかわかりました!」
「えっ?」
「王国竜騎士団の最強部隊、レギアナ・セクンダディの竜の左翼、ノエルと、竜の右翼、リアムです! 双子の竜騎士です!」
「な、なんだって?」
数日前、王城とパレードで見た、王国竜騎士団の精鋭部隊、レギアナ・セクンダディ。そのメンバーである双子の竜騎士が、アリアたちを助けに来たのだ。
「こんなところでなにやってんですか、王女様。檻の中なんかに入って。妙な遊びが好きなんですね~」
軽い口調で弟のリアムが言った。
「ち、違います! 遊びでこうなったわけではありません! 山賊につかまってしまったのです!」
「あらら、そりゃ~大変だ」
「助けてください、リアム……」
「まっ、王女様の頼みとあらば仕方ないかな……。ノエルの兄貴!」
リアムは大声で双子の兄、ノエルを呼んだ。
「わかってるよ、リアム。片付けるぞ」
リアムの呼びかけに兄、ノエルが答えた。
馬車が転倒して道に投げ出された山賊たちは竜騎士二人の攻撃におそれをなして、四方に逃げ出そうとしていた。
「逃がさねーよ!」
ノエルが華麗な槍さばきで山賊たちを屠っていく。
リアムの側に逃げた山賊も、リアムの乗る竜に噛み千切られた。
決着はあっという間についてしまった。
「気をつけてください、ノエル、リアム! まだ、敵にダークエルフが残っています!」
「ダークエルフが?」
リアムがアリアに聞き返した瞬間だった。
「そこだ!」
リアムが木々の間に向かって槍を投げた。
リアムが放った槍は、木々の間で姿を隠していたダークエルフを正面からとらえ、その褐色の身体を貫いていた。
「なぜ……居場所がわかった……」
「バーカ。殺気だらけなんだよ、三流が」
「無念……」
ダークエルフは倒れ、消滅した。
「ああ! ノエルにリアム! 助けてくださって、ありがとうございます! あなたたち二人が偶然通りかかるなんて、奇跡です!」
アリアが謝辞を述べると、ノエルとリアムがくっくと笑った。
「おいおい、王女さんが奇跡だってよ、兄貴」
「傑作だな。全然気が付いてなかったのか?」
「え?」
「オレたちは今日は休暇だったんだ。そしたら、アレーティア王女がそこのプレイボーイと一緒にデートをはじめたからさ。面白くって、王城から後をつけてずーっと見てたんだよ。さっきは知らなかったフリをしたが、ここまで見事に騙されてくれると騙し甲斐があるな!」
ノエルとリアムはげらげら笑っていた。
「最初から見ていたんですか……?」
アリアは怒るべきか呆れるべきかわからずにいた。
「ああ。ホントにやばくなったら助けに入るつもりでいたけどね。プレイボーイがあんまり必死だったんで、助けに来たってわけ」
リアムのいいかげんな受け答えにアリアは唖然としていた。
「さて」
ノエルとリアムは飛竜から降りて、リュウトの方に近付いた。
「立てるか? プレイボーイ」
「だ、大丈夫です……」
リアムに声をかけられたリュウトは、自分の足で立ち上がった。
プレイボーイだったことは一度もないんだけど、と脳内で注釈した。
「オレの名前はリアム。こっちは兄貴のノエル。ノエルはオレと正反対で、性格と頭と、おまけに顔が悪い」
「おいてめえリアム、ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ」
「あぁ? やろうってんのか? 兄貴だろうが容赦しねえぞ」
ノエルとリアムはリュウトの目の前で兄弟喧嘩をしそうな勢いだった。
「ちょ! ええっ! 落ち着いてください!」
リュウトは二人をなだめた。
「ああ、そうだった。で、あんたはリュートっていうんだっけ? 王族さんたちのお気に入りの」
リュウトが知らない間に、リュートという呼び名で通じているようだ。
「そうです」
「ふ~ん。見たとこ普通の少年って感じだけど、なんかすげー特技でもあんの? 殿下に聞いてもさあ、教えてくんないんだよ」
「特技なんてないです……」
肩をすぼめて答えるリュウトに、リアムが耳打ちした。
「わかった。後でこっそりオレにだけ教えろよ。殿下やアレーティア王女に気に入られるってことは、なんかあんだろ?」
そして、リアムがリュウトの肩を叩いた。
アリアがパレードのときに説明してくれた通り、フレンドリーな性格というのは間違いないようだ。いい性格かどうかは別にして。
ノエルとリアムは、リュウトの次にマリンに声をかけた。
「お嬢さんも、大丈夫ですかい?」
「ええ。わたしも大丈夫です」
ノエルとマリンのやり取りに、リアムが口をはさむ。
「おお、すげーべっぴんさん。よかったら今夜うちくる?」
「リアム、てめえよぉ。いっつもお前は下品だよなあ!」
「んだと兄貴。言っていいことと悪いことの区別もできねえのかあ!」
「あの……?」
ノエルとリアムは、今度はマリンの前でケンカをはじめた。
なんなんだ、この兄弟は……。と、リュウトが呆れかえっていると、風竜が目を覚ました。
「風竜!」
アリアが真っ先に風竜に駆け寄った。
「ごめんなさい。わたしに力がないばかりに……」
『主――』
風竜に抱き着くアリアを見て、双子の竜騎士はケンカをやめた。
「んじゃ、全員無事ってことで。王城に帰りますか」
アリアは風竜の背中、リュウトはリアムの駆る飛竜に、マリンはノエルの駆る飛竜にそれぞれ乗せてもらった。
はじめて乗る飛竜は、ゴツゴツとしていて、風竜がどれだけ乗りやすいかを思い知った。
「これが飛竜の背中か……」
「どうだい。リュートも乗りたくなっただろ?」
「……」
竜騎士になりたいとは思ったが、修行は自分が思っている分の百倍はキツイことを覚悟しなければいけないとリュウトは思った。
「まあ、しかし。まさかダークエルフがいるなんてな。これは殿下に報告しなきゃな~」
「ダークエルフって、ヤバい奴なんですか?」
「まあオレたちの手にかかればどうってことないけどね~。集団で報復にこられたら面倒な相手だわな。それに――」
「それに……?」
「本物のヤバい奴がバックにいるかもしれない。ダークエルフは闇の魔術師のしもべだから……」
「へえ……」
はじめて聞く真剣なリアムの声に、リュウトも身構えてしまった。
「まっ! オレたち兄弟と、あのバカつええ殿下がいれば大丈夫だ! あとついでに他のセクンダディのメンバーもな! うはは!」
リアムは飛竜を旋回させた。
「うえええええええッ!」
突然そんな動きをされると思っていなかったリュウトは吐きそうになった。
三匹の竜は、王城を目指して飛んで行った――。
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