第7話 デートしていたら山賊に襲われた件

 佐々木リュウトは、誓った。

 守られる男じゃなくて、守る男になりたい。

 リト・レギア王国の王太子ソラリスや、王国竜騎士団レギアナ・セクンダディのような男になりたい。

 国民から慕われ、憧れの眼差しを向けられるほどにはなれなくても。

 はじめてだった。こんなにも燃えるような感情を覚えたのは。

 竜騎士になりたい。

 正直に言えば、山で襲われた経験から、飛竜に対してとてつもなくトラウマを感じているが。

 竜騎士になろう。

 そうと決まったら、身体づくりだ。

 竜騎士になりたいですと告げて、笑われない程度には己を鍛え上げなければ。

 

 リュウトが異世界に来てから、一週間が経っていた。

 国王モイウェールとアリアの三人で取る朝食は、もう緊張しなくなっていた。


「あの……リュウトさん?」

「はい?」

「最近、無理をしていませんか?」

「無理なんかしていませんとも!」

「本当に?」

「本当です」

「では、立ち上がってみてください」

「えっ」

「できないんですか?」

「……」

「どうなんですか」

「……わかりました」


 リュウトは、筋肉痛の痛みに顔を歪ませながら、やっとこさ立ち上がった。


「リュウトさん!」

「……」

「ふらふらじゃないですか」

「……」

「どうして急にトレーニングなんてはじめたんですか?」

「……」

「無理なトレーニングは身体に毒です。今日は気分転換に街に行きませんか?」

「そんな気分じゃないんだ」

「……。どうしてもダメですか?」

「トレーニングしたいんだ」

「王女様命令、でも?」


 リュウトはアリアの口からそんな言葉を聞くとは思っていなくて、目を丸くした。


「オ、オレはこの国の国民じゃないから。日本国民だから!」

「またニホンの話ですか。ニホン国があるなら、イッポン国やサンホン国があるんですか!」

「なんだそりゃ?」

「とにかく! わたしは無茶をするリュウトさんが心配なのです! 今日はわたしと一緒に来ていただきます!」

「アリア、なんだか性格変わってない?」

「変わってません! わたしは――」


 ケンカになりかけたところを、モイウェールが咳払いをして、アリアは冷静になった。


「アリアはリュウトくんといると楽しそうじゃな」

「! お父様……」

「リュウトくんが来てから、徐々に明るくなっていく娘の姿を見られて、わしは嬉しい……」


 モイウェール王ははじめて会った時よりも、わずかにやつれた様な気がしたが、リュウトは自分の思い過ごしだろうと思った。


「……」


 アリアはリュウトを無言で見つめてきた後、言った。


「今日は一日付き合ってください。いいですね!」

「はい……」


 アリアの勢いに、リュウトは完全に敗北してしまった。

 守る男になるのは、まだまだ遠そうだ。


 リュウトとアリアは王城の中庭に来ていた。


「出でよ! 風竜!」

「えええええっ! 風竜を呼び出すのか?」


 アリアが風竜を呼び出す姿は、もうすっかり様になっていた。

 しばらくすると、王城の空に、風竜の姿が見えた。

 呼び出されるたびに洞窟から出動しなければいけないので、風竜も大変だな、とリュウトは思う。


「最初は城の中を案内しました。この前は城下町を案内しました。次は、国を案内します」

「もしかして、風竜に乗って……?」

「そうです。わたしは風竜ともっと絆を深めないといけないですしね」

「……うーん」

「なんですか? 何か言いたげな顔をしていますけど……」

「アリア様」

「な、なんでしょう……。突然様付けになられると、こわいのですが」

「……今度は、竜の背中に乗っているときに、絶対に寝ないでくださいよ」

「あ、あ、あ、あのときは!」


 アリアが顔を赤くする。


「あのときオレがどれだけこわい思いをしたことか。忘れたとは言わせませんよ」

「どうか! リュウトさんっ! わ、忘れてください……」

「ふっ」

「え?」

「ふふふ」

「えええ?」

「ははは! なんだか三日ぶりくらいに笑った気がする!」

「リュウトさん」

「ありがとう、アリア。オレらしくなかったよ。心配してくれてたんだよな。ありがとう……」

「リュウトさん……」


 アリアとリュウトに、いつもの二人らしい笑顔が戻った。

 二人の上空で、見守るように風竜が飛んでいた。


 風竜の背中に乗り、アリアはリュウトに国の名所を案内した。

 ドラゴンに乗るのはこわいけれど、交通費がかからないのはお得な感じがする。


「高所恐怖症はドラゴンに乗れないだろうな……」


 足元のはるか先に見える森を見ながらリュウトは言った。


「リト・レギア王国は、国土の九割が森でできています。空から見ても、あまり変わり映えのしない景色が続いていますよね。森にはゴブリンやコボルトなどの魔物が出ることもありますから、出歩く際には注意してください」

「ドラゴンだけじゃないんだな、魔物……」


 森の合間に集落が一つ、二つある。王城や城下町は活気があふれ、豊かな国という印象を受けたが、どうやらそれは国の中心部だけで、リト・レギア王国はその領土のほとんどが未開拓地のようだった。


『主よ――』

「どうしたの、風竜」

『あれを――』


 風竜が示した場所は、ひとつの禿山だった。


「あの山が、どうしたと言うの……?」


 アリアは風竜を山に近づけさせてから、目を凝らしてよく見てみた。


「あっ!」


 禿山の上に、一人の女性が、山賊のような風貌の男たち五人に追いかけられている。女性は必死に逃げるが、追い詰められてしまった。


「いけない! 助けないと!」


 アリアは後ろにいるリュウトに合図を送った。


「リュウトさん」

「わかってる。あの女性を助けたいんだな!」

「しっかり、わたしにつかまっていてくださいね! ……風竜!」

『御意――』


「やめてください!」

「ぐへへ。そうはいかねえんだよなあ。女、お前はアスセナ族の生き残りだな?」

「……だったらどうだと言うのです」

「お前をとっつかまえて、オレたちは大もうけだ! ぐわあっはっはっは!」

「けだもの! それ以上近寄ったら、大地母神があなたがたを許しませんよ!」

「こいつぁお笑い種だぜ! 神なんてこの世界にはいねえのによお!」

「ああ……誰か……」


 山賊に襲われかけている女性は、救いを求めるように天を仰いだ。

 空には、背中に子どものような二人組が乗った、白緑色に輝く小さな竜がいた。その竜が、真っ直ぐ女性の方へ向かって飛んでくる。


「えっ!」


 女性は思わず叫んだ。


「んん?」


 山賊の一人が、後ろを振り返った瞬間、白緑色の竜に乗った少女の鞭の攻撃が顔面にクリーンヒットした。

 他の山賊たちは慌てふためいた。


「ひいいいいい!」

「あなたたち! その女性をどうしようと言うんですか! ここ、リト・レギア王国領内での不正な行いは、絶対に許しませんよ!」


 白緑色の竜にまたがった少女、アリアはそう高らかに宣言すると、竜から降りて、残りの四人の山賊をにらみつけた。


「なんだ、ビビらせやがって。まだガキじゃねえか。そんなヒョロヒョロの腕でオレたちとやろうってのか?」

「お頭、このガキ、ただのガキじゃありませんぜ。最近、リト・レギア王国のアレーティア王女が古竜を従えたってうわさです。おそらく、このガキがアレーティア王女……」

「ほおおお~。それはいいことを聞いた。おいっ! 聞いていたかっ! 女もろとも、ガキもつかまえるぞっ! 今日のオレたちは幸運の女神がついてるぜっ!」


 山賊のリーダーのような男は空に向かって叫んだ。


「えっ、何?」


 アリアの視界には、一瞬、魔物の姿が見えた。

 ダークエルフだった。

 ダークエルフは、白い髪に褐色の肌をした、耳のとがった妖精エルフが呪いを受けて生まれた魔物である。闇の魔法を操り、動きがとてもはやい。


「ダ、ダークエルフ……! しまった!」


 しかし、もう遅かった。

 ダークエルフが唱えた暗黒魔法が、アリアを、そして風竜と、風竜に乗るリュウトに襲い掛かった。


「うわああああああ!」


 アリアたちは、山賊たちに捕らえられてしまった。

 


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