第3話 ドラゴンより強い美少女と旅をすることになった件
佐々木リュウトは、友人たちの目の前で金色のドラゴンに焼き殺された。目が覚めると、ドラゴンの飛び交う異世界だった。飛竜に襲われそうになったところを、アリアという名の少女に助けてもらったリュウトは、少女と一緒に、ドラゴン退治の旅をすることになった。
「ところで、リュウトさんはどこかの国の王族、なんてことはないですよね?」
山道を先導するアリアがリュウトに尋ねた。
「なってみたいとは思うけど、柄じゃないよなあ」
「髪や手がすごくキレイでしたから、身分の高い方なのかと思いました」
「そ、そうかなあ? そんなこと言われたの、はじめてだ」
前を往くアリアという少女は、見た目は小さな女の子なのに、話し方がとても凛としている。こんな女の子には、今まで出会ったことがない。
そしてリュウトの何倍も足腰が強いようだ。小さな歩幅で、足場の安定しない場所でもグングンと進んでいく。
この少女といればドラゴンと遭遇しても大丈夫だろう。リュウトより年下の、それも女の子に守ってもらうのはなんとも情けない話なのだが。
アリアについて山を下りていくと、洞窟の入り口を見つけた。
リュウトは直感的に、できれば入りたくないなと思った。
「ここから目的の竜の気配がします。入りましょう」
「やっぱり、そんな気はしてましたけど、入るんですね……。あははは。はあ……」
洞窟の中は真っ暗だった。
「少し、待っていてください。今、明かりをつけますから」
アリアは何かをつぶやき、手を組んで祈りのポーズを取った。
アリアの身体が柔らかい光に包まれる。
幻想的な光景だ。
「光の精霊を召喚しました。これで、少しは明るくなるはず」
「そ、それって、ま、魔法ってやつですか?」
「はい、魔法です」
「うわっ! マジックじゃないマジなやつだ!」
「リュウトさんは魔法をご覧になるのははじめてですか?」
リュウトはコクリと頷いた。
ここは、やっぱり異世界なのだ。
聞いたことのない地名、ドラゴンに魔法。
日本とは異なる世界であることの実感がわいてきた。
「オレも使えるようになったりするのかな、魔法……」
光の精霊の魔力で、ぼんやりと輝くアリアの後を追って、洞窟の奥へ奥へと進んでいった。
後を追いながら、歩くランプみたいだなとリュウトは思った。
洞窟の中は不気味なほど静けさが保たれていた。こういう、RPGでいえばダンジョン的な場所には、魔物がいるのがお約束だと思っていたが、魔物はおろか、生き物の気配さえ感じない。
アリアとリュウトの二人だけ。アリアとはぐれてしまったら、この暗闇の中から永久に出られなくなるかもしれないと恐怖するほどの静けさだ。
「聖鳩琴の共鳴が強くなっています。そろそろですよ……」
「聞いてもいいかな。目的のドラゴンってどんな奴? オレ、金色のドラゴンを見たことがあるんだ。っていうかそいつの吐いた炎で焼き殺されたんだけど……。もし、その金色のドラゴンにもう一度会えたら、東京に帰れるかもしれないこと……なんて、ないかなあ」
リュウトは付け加えるようにもう一度つぶやく。
「まあ、ドラゴンに言葉は通じないと思うけど……」
アリアは首を横に振った。
「金色のドラゴンですか。残念ながら存じ上げません」
「そっか……」
「けれど、わたしの兄なら知っているかもしれません。わたしがまだ幼いころに、兄は大陸中を旅したことがあるそうですから」
「アリアにはお兄さんがいるんだ」
「ええ。やさしくて、頼りがいがあって。わたしは兄のことをとても尊敬しています」
「そうなんだ」
兄の話をしているときのアリアの顔はより輝いて見えた。
妹から絶大な信頼をされている兄だなんて。オレはミクを尊敬しているが、ミクはオレを尊敬していないだろうな、とリュウトは思った。
妹のことを考えているうちに、きっと心配をかけていることに悲しみの気持ちがわいてきた。
暗くなるのはやめよう、とリュウトは自分の頬をピシャリと叩いた。
「目的のドラゴンは、風竜という名の古代種のドラゴンです。外にいた飛竜と違って、賢く、風を操ることができる上位種のドラゴンなのです。正直、戦って勝てる相手ではありません……」
「じゃあ、やめよう!」
「えっ!」
「戦っても勝てないなら、戦わなければいいじゃないか。わざわざ危ない目に遭う必要なんてどこにもないよ。平和が一番!」
「ふふ……」
「笑わせるつもりはなかったんだけど」
「あ、ごめんなさい。なんだか、城を出てから、ずっと張りつめていたものですから……。リュウトさんは不思議な方ですね。一緒にいると楽しいです」
「そ、それはよかった。よかった? のか?」
「この試練が終わったら、リュウトさんが家に帰れるよう、必ず手配いたしましょう」
「ありがとう。もしかしたら……オレの家はこの世界にはないのかもしれないけど……。というか、アリアさん。その無事に帰れないフラグになるようなセリフはあまりよろしくない」
「ふらぐ?」
それからも洞窟の奥へ進んでいった二人は、ついに最深部までたどり着いた。
「あ……」
洞窟の行き止まりの、大きな広間のようになった場所で、ドラゴンが眠っている。
これまで来た道とは違い、ドラゴンがいる場所の岩肌は青白く光り輝いている。
ドラゴンは、洞窟の外で見た飛竜と比べてもかなり小さく、透き通った白緑色をしていた。
「いました。あれが……風竜」
アリアの声に反応して、風竜は目を覚ました。猫とトカゲを足したような、黄色い眼をしている。
「リュウトさんは安全な場所に下がっていてください」
「う、うん」
リュウトはアリアに言われた通り、岩陰に隠れた。
リュウトはゴクリと唾を飲んだ。
アリアの強さは見たばかりだが、やはり小さな女の子がドラゴンを相手に一人で勝てる訳がない。
「あなたは――風竜ですか」
『いかにも――』
アリアの問いかけに風竜は答えた。ドラゴンは口を使ってしゃべらず、脳内に直接語り掛けるようだ。
「わたしは、あなたを倒すためにここへ来ました」
風竜は今度は何も言わなかった。ただ、その黄色い眼でアリアをじっと見つめていた。
「では、攻撃させていただきます!」
アリアは、しまっていた鞭を取り出し、風竜に目掛けて鞭の一撃を放った。
風竜は空に浮かんで鞭の攻撃をかわした。
そして、翼を大きく羽ばたかせた。すると、その羽ばたきで起きた風が無数の刃となり、アリアに向かって飛んできた。
風竜の攻撃だ。
「きゃあああああっ!」
アリアは、風の刃をまともに喰らってしまった。
一瞬で決着がついてしまった。
アリアの負けだ。
「くっ!」
アリアはボロボロになりながら立ち上がった。
「負けるわけにはいかないんですっ!」
『娘よ――もう勝負はついた。命までは取らぬ。さっさと帰るがいい――』
「あなたを倒さなければ……わたしは……」
アリアは倒れこんだ。
「アリアーッ!」
リュウトは我慢しきれず、隠れていた岩陰から飛び出してアリアのそばまで駆け寄った。
「アリア! アリアッ! 息……してる……」
リュウトの目には涙があふれていた。
さっき出会ったばかりの少女だけれど、この異世界ではじめて出会った、ピンチから救ってくれた、強くて、神秘的で、笑顔の可愛い女の子。こんなところで、目の前で死んでしまう姿など、見たくはない。
「アリア、もうダメだ。勝てっこないよ。逃げよう。あのドラゴンは逃がしてくれるって言ってる。だから、言うとおりにして逃げよう」
「リュウ……ト……さん……」
「うっ、あっ」
鼻水と涙でリュウトの顔はぐちゃぐちゃだった。
「わたしは……大丈夫……。ここにいると危険です……光の精霊をあなたにお渡しいたします。あなたは、逃げてください……う!」
「アリア、アリア? 苦しいのか! ダメだ。アリアだけを置いて逃げられるわけがない。一緒に逃げるんだ!」
そのとき、リュウトはあることに気が付いた。
「アリア。背中の聖鳩琴とかいう奴……光ってる……」
「え?」
「薄い白と緑色に光ってるんだ、聖鳩琴が……。まるで、あの風竜みたいに」
「……」
アリアは起き上がり、聖鳩琴を取り出した。
「わたしは――聖鳩琴の真の継承者――」
アリアは静かに聖鳩琴の吹き口に唇をあてた。
「! これは……」
アリアは、聖鳩琴を吹いて、メロディーを奏でだした。子守歌のような、穏やかな旋律だ。
その音色に呼応して、風竜が咆哮した。
とんでもない大きさの音の竜の咆哮に、リュウトは思わず耳をふさいだ。
そして、一咆哮し終わった風竜はアリアに向き直った。
『汝は――』
「わたしの名はアレーティア。リト・レギア王国の第一王女にして、聖鳩琴の正統なる継承者――」
『そうか……。わたしは随分と永い間、眠っていたようだな……』
自らをアレーティアと名乗ったアリアは、聖鳩琴を地面におろした。
「風竜。あなたをいきなり攻撃したりして、すみませんでした。どうか、かつてのように王国に力を貸していただけないでしょうか」
『――よかろう』
風竜は翼をたたみ、眠っていた元の場所に戻った。
風竜の佇む奥の壁から、小さく光るものがアリアの目の前まで飛んできた。
『受け取るがよい。契約の証だ』
「これは……」
アリアは飛んできたものを、両手で受け取ると、左手の中指にはめた。
指輪だった。
風竜と同じ、白緑色の宝石が埋め込まれている。
『困ったことがあれば、わたしを呼び出すがよい――』
そう言って、風竜は目を閉じた。
洞窟内は、再び静けさを取り戻した。
「あっ……」
緊張の糸が切れたのか、アリアはしゃがみこんでしまった。
「アリアッ!」
「リュウトさん……」
「無事でよかった」
「リュウトさんのおかげです。聖鳩琴を持ったとき、感じました。風竜は倒すべき相手ではないことを。わたしは……間違っていたんです……。それがわからなければ、わたしはこの世になかったでしょう。それから……ごめんなさい。わたしはあなたに嘘をついていました。わたしの名前は、アリアではありません。アレーティアというのが、わたしの本当の名前です……」
「うん……」
リュウトは、アリアの手を握りしめた。
自分と比べると、か弱く、小さな手だ。こんな小さな身体で、ドラゴンに臆することなく戦っていくなんて。
「リュウトさん……」
「うん?」
「でも……。あなたが、必死になってアリアと呼んでくれたから、意識を失わずに済みました。一人で戦いにいっていたら、きっと途中でこわさに負けて、諦めていたでしょう……。だから、その、リュウトさんがよかったら……。これからもわたしのことを、アリアって呼んでくれますか?」
「ああ」
アリアとリュウトは風竜の洞窟を後にした。
「こんな使い方をしたら、怒られるかしら……」
アリアは風竜からもらった指輪を天にかざした。
「出でよ! 風竜!」
すると、洞窟の中からあの咆哮が聞こえたかと思うと、その瞬間、ものすごい突風が吹いた。そして、アリアとリュウトの目の前に、風竜が現れたのである。
『新しい主人は竜使いが荒いようだ』
「ふふ。ごめんなさい。先ほどの戦いで、もう体力が残っていないの。わたしとリュウトさんを、王城まで運んでいただけないかしら……」
『ふっ。――承知』
「さあ、竜の試練は終わりました。帰りましょう」
というや否や、アリアは風竜の首の付け根に座った。
「来て!」
アリアはリュウトに向けて手をさし伸ばした。リュウトはアリアの手に引っ張られ、風竜の背中に乗った。
小型だが、ドラゴンの背中に乗るなんてはじめてだ。落ちやしないか、不安になる。
「王城へ!」
アリアが命令すると、ゆっくりと風竜は浮かび上がった。
そして、王城を目指して穏やかに進みだした。
リュウトは、気が気ではなかったが、こわい気持ちは一気に吹き飛んだ。
ちょうど、夕暮れ時で、地平線に夕日が沈んでいくのが見えた。
「ドラゴンの上から見る夕日か……」
この美しい光景は、一生忘れられないだろうな、とリュウトは思った。
「アリアは、こういう景色を今まで何回も見てきたの? って、アリア?」
返事がない。
戦いの疲れからか、眠ってしまったようだ。
「ひええええ! ちょ! それはこわすぎるって! お、起きてくれよー! アリアー!」
かくして、リュウトとアリアは出会った。
異世界に来てしまった少年と、竜を操る小さな王女は、やがて世界を揺るがす大きな戦いに巻き込まれていくことになる。しかしそんなことなど彼らはまだ、知る由もなかった。
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