第2話 目が覚めたら飛竜の飛び交う異世界だった件

 ――夢を見た。すごくリアルな夢だ。オレはリビングでテレビを見ていた。ショッキングな映像が流れて、とても嫌な気分になる夢だ。その映像は、映画館から出てきた六人の若い男女が、突如現れたドラゴンの吐いた炎に焼かれ、全員帰らぬ者となるものだった。


 犠牲者の家族が、インタビューを受けている。


 ――お兄ちゃんは、頼りなかったけど、いつも優しくて、本当に素敵なお兄ちゃんでした。それが、こんなことになるなんて……。


「うっ! うわああああああ!」


 佐々木リュウトは自らの絶叫で悪夢から目覚めた。

 目を開けると、足のすぐ先に崖が見えてさらに絶叫した。


 風を切る音が聞こえる。ここは荒れた山の上だ。崖の下は森が広がっていて、地平線まで続いている。


「どこだ、ここは……?」


 リュウトは考えた。今まで何をしていたんだっけ。みんなで映画館に行って、買い物をして、ドラゴンがいて、ハルコを助けていたら間に合わなくて……。


「そうだ! オレは死んだんだ」


 思い出したら、ゾッとした。

 ここは、死後の世界なのか。


「そういえば、身体が痛くない……」


 身体をさすって確かめてみたが、あれだけの重傷を負っていたはずなのに、身体のどこにも怪我をしていない。


「はあ……」


 リュウトは、自分が死んだ事実にようやく実感がわいてきた。


「父さん、母さん、ミク。先立つ不孝をなんとやら……」


 つぶやいてみると、なんだか涙が出てきた。


「うっ、うっ。ぐすっ」


 泣いているリュウトの頭上を、ゴオッと大きな音を立てて、何かが飛んで行った。


「んん?」


 その大きな音の主である飛行物体をよく見てみると、リュウトは血相を変えた。


「なっ! 泣いてる場合じゃないっ! あれは、あれはっ!」


 飛行物体は、ドラゴンだった。


 映画館で出くわしたものとは別個体のようだった。もっと小柄だが、翼が大きく、翼竜に似た姿をしている。

 はばたきながらドラゴンはリュウトに狙いを定めている様子だった。


「うわ、うわ、うわわぁ! 二度も死にたくないんだよ!」


 リュウトはドラゴンから逃げようとした。

 しかし、先回りされてしまった。

 ずどん、と崖上に着陸したドラゴンは、目の前に立ちふさがり、口からはよだれを垂らしている。


「ひ、ひえええええー!」


 この短期間であまりにも起こりすぎている絶体絶命のピンチに、情けない悲鳴が出てしまった。

 

 すると突然、少女の声が聞こえた。


「そこの方、伏せてください!」

「え?」

「はああっ!」


 リュウトの背後から少女が飛び出した。少女は腰にしまっていた鞭のようなものをさっと取り出すと、襲いかかろうとしていたドラゴンに向かって、鞭の一撃を食らわせた。

 強烈な一打を受けたドラゴンは、ギャアアとうめき声をあげて、飛んで逃げていった。


「あんな凶暴そうなドラゴンを……たった一撃で……」


 リュウトは少女の方をみた。と、同時に、少女はリュウトに振り返り、話しかけてきた。


「お怪我はありませんか? 旅の人……」


 少女は、十歳くらいの女の子だった。


 鞭一本でドラゴンを追い返しただけでもすごいのだが、容姿はさらに変わっていた。


 髪と瞳の色が、淡い赤色。

 日本人ではないとすぐわかった。

 服は軽そうだが、鎧を着ている。そして、本人の身体より大きな笛のようなものを背負っている。

 女子は苦手なリュウトだが、この少女は女子特有の邪気を全く感じさせない。


「あ、だ、大丈夫です……」


 ふらつきながら立ち上がり、リュウトは答えた。


「よかった」


 少女は、はにかんだ。その笑顔があまりにも美しく上品だったので、リュウトはそれまでに感じたことのない、ほの甘い感覚を胸に味わった。

 とても、十歳そこらの女の子にはできそうにない表情だ。思わず見惚れてしまった。


「やっぱりここは、死後の世界なんだ。この女の子は天使で、オレを迎えに来たんじゃないか! なあ、そうなんだろう? あなたは天使でしょうか……。オレはまだ死にたくないんです。生き返らせていただけませんかね?」

「え、えーっと?」


 少女は困惑した表情を浮かべた。


「ここは、死後の世界ではないですよ。ここは、飛竜の森です。リト・レギア王国の北西に位置する、王国内で最も危険な場所です」

「ん? リトレ? っと、が、外国……? あの、東京ってここから近いですか? あ、外国なら日本って言った方がわかりやすいのか……? 日本、日本、ジャパニーズ!」

「トウキョー? ニホン?」


 通じてなさそうだった。


「あなたは、外国の方なんですね」


 と、尋ねたのは少女の方だった。


「た、多分そうです……なんでここに来ちゃったかはわからないんですけど」

「このエンブレム。王国内で見たことがありません」


 少女は、Tシャツの恐竜のワッペンを見て、なにやら勘違いしたようだった。

 このダサいTシャツはそんな大したものじゃないんですけど、とリュウトはこころの中でつぶやいた。


「あのー、どこに行ったら自分の国に帰れるか、わかりませんかね……」

「あなたのお役に立てればよかったのですが、あいにく今のわたしは、修行中の身。この山に棲むドラゴンを退治しなければ、城へ帰れないのです」

「城?」

「あっ」

「貴族か何かなんですか。ほえー」

「ま、まあそんなところです。けれど、あなた一人ではこの森を抜けるのは厳しいでしょうね……。武器は落とされてしまったんですか?」

「武器? いや、そんなもの普通持って歩かないよ」

「えっ! それでは、素手で戦うのですか? 飛竜には分が悪いでしょう」

「あのー、飛竜って何ですか?」

「先ほど襲ってきた、小型のドラゴンです。この飛竜の森に多く生息していて、リト・レギア王国の騎士たちはここの飛竜を従わせて、竜騎士になるのです」


 説明を聞いたところで、リュウトにはちっともわからないことがわかった。


「あの、お願いがあるのですが……」


 リュウトは自分が情けなかった。ただ、こうするより他にはなかった。


「一緒について行っていいですか? オレはドラゴンと戦ったら一瞬で死ぬ自信があります」

「ええ。こんなところで人と出会うなんて思っても見ませんでしたが……困っている人がいれば、力になる。それが、リト・レギア王国の教義です。それに、あなたには……なにか不思議な縁を感じますし……あっ」

「ど、どうしました?」

「聖鳩琴が、共鳴している――」

「せい……きゅうきん……?」

「感じる。はっきりとわかる。……目的の、倒さねばならないドラゴンがすぐ近くにいるようです。聖鳩琴は、今わたしが背負っている、この大きなオカリナのことです。王家の至宝……」


 と言いかけて、少女はやめた。


「ところで、聞きそびれていましたね。お名前は何というのですか?」

「佐々木リュウトです。友達からはリュウトって呼ばれてます」

「リュウト。異国の響きのある、素敵なお名前ですね」

「そ、そうですか? 素敵とか言われると照れるな~」

「わたしの名は……アリア」


 少女は一瞬、躊躇いを見せたようにリュウトは感じた。おそらく偽名なんだろう。


「アリアと呼んでください」

「わかりました」

「よろしくお願いします。それでは、少し危険ですが、参りましょう」

「は、はい……」


 ドラゴンが飛んでいる空。

 日本人ではない容姿を持つが、会話ができる少女との出会い。

 この世界は、『異世界』なのであろうことに薄々と気が付いていたが、深く考えないようにした。


 リュウトとアリアは、歩き出した。


 

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