#2

「これは呪いの一種ですね。」


まだ少年の面影の残る城付き魔法使いのティムは、目の前にいる大型犬を撫でながら言った。リチャードは鬱陶しそうにその手を払う。ティムはめげずに目の前の犬を撫でようとする。


「それにこれ、相手を間違えたとかではなくピンポイントでリチャードさんを狙ってきてます。私の弱い魔法ですらその意思を感じられます。」


「やっぱり、あなた誰かからの恨みを買ってるんじゃない。」


リンはリチャードを見下ろして言った。


「本当に心当たりがないんですよね…」


「あなた他の人に対する接し方が怖いのよ。睨みつけられてるみたいってよく噂されているわ。」


「それは、リン様を変な奴らからお守りする必要がある故に…私は今でも全神経を張り巡らせていますよ。」


「今は私の心配よりも自分の心配をして欲しいのだけれど。」


リンは頭を抱えた。執事たるもの、主人を守るのは当然のことなのだが、リチャードは少々やり過ぎなところがある。


「今回かけられた呪いは、魔術としては結構ライトなものです。」


そういいながらティムは自身の後ろにある本棚から、黒魔術に関する記載のある本を取り出した。目的のページを見つけると、リンとリチャードに差し出した。


「リチャードさんがかけられたのは、この犬の姿になってしまう呪いです。黒魔術の中でも手軽な上にちょっとポップな魔法です。」


「じゃあ、あなた、この呪い解ける?」


リンはティムに聞いた。手軽な魔法であればこの新人でも解くことができるのではないかと思ったのだ。


「残念ながら私は知識こそありますが、黒魔術には精通していなくて…」


「あなたよく城付きになれたわね…」


「この国の特例事項は基本的に科学や理論で解決できちゃいますから。技術がなくても知識さえあれば試験をパスできちゃうんですよ。」


城付きの試験を改めた方が良さそうだと、リンは思った。


「でも、もしかしたら私のお師匠様であれば、なんとかしてくれると思います。」


「お師匠様?」



ティムの話によれば自身を魔法使いとして育ててくれた方で、その魔法の力はこの国一ではないかと謳われているそうだ。


「どうしてその人が城付きになってくれないの!?」


「しょうがないじゃないですか。お師匠様は都会と機械の発する電波が嫌いなんです。何度も国からお願いが来ましたが、全て突っぱねてました。私のお師匠様はお城になんて到底住めないお人です。」


「まぁ仕方がない。とりあえずそのお師匠様に会いにいきましょう。機械嫌いってことは馬車とかの方がいいかしら?」


「そうですね。馬に道導の魔法をかけて、お師匠様のうちまで行けるようにしておきます。」


ティムはいい終えると、馬小屋の方へ向かった。リンは、しばらく黙っていたリチャードの様子を見てみた。彼はリンの足元で寝息を立てて眠っていた。


「口を挟まないと思ってたら、あなた寝てたの!?」


リンの大きな声にリチャードは目を覚ました。


「…っは!!私としたことが業務中に寝てしまうなんて…リン様ティムに何か変なことはされませんでしたか?」


「…あなた、城にいる人までそんな目で見てるのね。」


犬の姿はだいぶ神経を使うようだ。それにしてもこの執事は、仕事はできるが、どうもなにかをこじらせている。


「私は別に何もされてないわ。それより、あなたの呪いが解ける人がこの国にもいるみたい。そろそろティムの魔法もかけ終わった頃じゃないかしら?馬小屋へ向かうわよ。」


「馬車で行くんですか?私が運転するホバーカーを使った方が速いでしょう。」


「あなたその体でどうやって運転する気なの??それにティムのお師匠様は機械嫌いだそうよ。嫌われてしまったら、呪いを解くチャンスを逃すかもしれないわ。」


リンは、自分が何もお役に立てていないと嘆く大型犬を引き連れて、馬車が用意されているであろう馬小屋へと向かった。

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