#1
優しい日差しが降り注ぎ、小鳥がチュンチュンと可愛らしい声を響かせる穏やかな朝。リン姫はベットの中で目を覚ました。時刻は7時。いつもならリンが起きる前に執事のリチャードがティーセットの乗ったワゴンを持ってきて、朝のティータイムを優雅に過ごすはずなのだが、今日は執事もワゴンもない。仕事は完璧にこなすリチャードが時間通りに来ないとは珍しい。寝坊でもしたのだろうか。もしかしたら具合でも悪いのではないだろうか。リンがそんなふうに考えているとコンコンと、扉をノックする音が聞こえた。ノックの音が、いつもよりもなんとなく鈍く聞こえた。扉が開けられ、そこにはティーセットを運ぶワゴンがあった。しかし、ワゴンを押してくるであろう背の高い、シュッとした顔立ちの執事は見当たらない。そんなことはお構いなしにワゴンは一人でに動きだした。うちにもやっとロボットとかいうものが導入されたのだろうか。この国は科学の力で栄えてきたはずなのに、リンの母であるこの国の妃は、彼女に最近のテクノロジーというものを使わせてはくれない。妃曰く「無機質なものにロマンはないわ!」だそう。妃は少しロマンチストなのだ。リンが自分の置かれている状況に思いを巡らせている間に、ワゴンはリンの側まできて、それから止まった。
「遅れてしまって申し訳ありません、リン様。少し支度に手間取ってしまって…」
リンは目を丸くした。そして自分はまだ寝ぼけているのではないかと目を擦り、もう一度声のする方を見たが、どうやらリンは寝ぼけてなどはいないようだった。ワゴンを押していたのはリチャードの声で喋る、凛々しいグレーハウンドだった。
「今…お茶をお入れいたしますので…少々お待ちを…」
リチャードの声を持ったグレーハウンドは言いながらポットに手をかけたが、その手はフルフルと震えていた。
「え、ちょっと待って。めちゃくちゃ普通に業務をこなそうとしてるけど、あなたリチャードで間違いない?」
リンは冷静になるために、状況を確認しようと目の前にいる綺麗な黒い毛並みを持つ大型犬に質問をした。
「え?あ、はい。私、こんな姿ではありますが正真正銘リチャードですよ。」
リチャードはリンからの質問に答えながら、ティーポットと格闘していた。なんとか手…いや、前足でポットを掴み、カップに紅茶を注ごうとしているが、今にも中身がこぼれそうだ。リンはリチャードの前足からティーポットを取り上げた。
「あなた、犬の姿になっても仕事をこなそうとするのね…起きたら自分が犬になってたらもっと驚くものじゃない?」
リンは少し呆れて言った。
「私の使命はリン様のお世話、ならびに安全を守ことです。たとえ風邪をひこうが、犬の姿に変えられようがその任務を遂行するまで…!」
「いや、犬になったらできること少ないじゃん。ていうか風邪のときはちゃんと休んで?私にもうつるから、それ。」
リチャードはまだ何かいいたそうだったが、これ以上言い返したところでリンの説教が始まりそうだったので、はい、と返事をした。
「とりあえず今日はリチャードをどうにか元の姿に戻すことが先決ね。着替えたら色々調べるわよ。ところでリチャード、あなた昨日変なもの食べた?」
リンはベットから起き上がり、自分でティーカップに紅茶を注ぎ、一気に飲み干した。紅茶は少し時間が経ったせいか、渋くて濃かった。
「王宮で出されている食事以外は口にしていません。」
「食べ物のせいではなさそうね…だとすると魔法の力かしら?相手を間違えたか、もしくは狙われたか…あなた誰かの恨みでも買った?」
「さぁ…心当たりはありません。」
黒の大型犬はリンがクローゼットから服を選んでいる様子をおとなしく見ていた。彼女は今日着る黄色いワンピースを取り出すと、部屋の奥の仕切りになっている場所へ消えた。リチャードは座っている場所から微々とも動かずにリンの着替えが終わるのを待った。しばらくして、リンはリチャードの前に戻ってきた。
「魔法のせいっていうのが可能性が高そうだから、まずは城付き魔法使いに聞いてみましょう。」
どの王国にも、国に認められ、国のために働く城付き魔法使いという役職を置くのがこの大陸での掟だ。魔法があまり栄えていないこの国も例外ではない。基準は国によってまちまちではあるが、試験をクリアしなければなれない、ちゃんとした役職だ。そこら辺の魔法使いとは格が違う。この国の城付き魔法使いももちろん実力ある魔法使いに違いないのだが、ただ一つ、不安要素があるとすれば、彼がまだ入って1週間の新人であるということだ。ついこの間まで仕えていたベテラン魔法使いは年齢を理由に引退してしまった。
「彼、知識は持ってるんだけど、まだまだ魔法の力は弱いのよね…」
リンは少し不安を抱えながらも、黒いグレーハウンドを連れて、城付き魔法使いがいるであろう書庫へと向かった。
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