忙しいと碌な事にならない 前編

「ふわぁ……」


 良く寝たなあ、と思いながら思いっきり伸びをする。但し、外はもの凄い音がしてるけど。

 そんな中で熟睡してた私こと秋元 かなでも、相当疲れが溜まっていたんだろう。


 この二週間、仕事が滅茶苦茶忙しかった。休日を返上して仕事に励んだ。

 普通の会社の年度末は三月の一回だけなんだろうけど、我が社は三ヶ月毎に締切がある。全くもって普通じゃない。

 しかも、営業のくせに二ヶ月前の伝票が出て来たとか、一ヶ月前の仮納品書を持って来るとか、お前ら何考えとんじゃ! というのが数人いるから困る。

 もっとも、そんなことをするような人は成績も生活態度もどん底らしく、噂によれば今度の辞令で地方に飛ばされた挙句、成績アップがなければクビと言われているらしい。


 まあ、あくまでも噂で、事実かどうかは今度の辞令でわかることだしね。


 それはともかく、年度末も終わりを告げそうな水曜日の夜、長期の海外赴任をしている婚約者から『週末にはそっちに帰るから』と連絡があった。彼と会えるのは半年ぶりだから凄く嬉しいんだけど、この二週間忙しすぎて碌に掃除もしてないから慌てた。

 そして年度末が終わるのは金曜日。ただ、彼から連絡をもらった段階で天気予報で台風が近付いていると言っていたから、彼が無事にこっちに帰って来れるかが心配だった。

 台風接近もあって、がむしゃらに仕事して何とか金曜日の夜七時前に仕事を終わらせた。


「台風接近して来てるのに、そんな中で打ち上げ行くわけ? 風も雨もだんだん強くなってるのに? 冗談じゃないわよ、私はごめんだわ。それに婚約者も帰って来るし、この忙しさで家の中も凄いことになっているから、掃除もしたいし。帰れなくなってもいいなら、行きたい人だけでどうぞ」


 同じ部署の先輩に打ち上げに行こうと誘われたものの、呆れたようにそう言ってきっぱり断る。すると、先輩は台風接近のことをすっかり忘れていたようで、慌ててどこかへと行った。

 ……台風接近を忘れるなんて間抜け過ぎる。


 台風接近や婚約者に料理を振る舞うことに備えて空っぽの冷蔵庫を埋めるべく、家に帰る途中にある、深夜零時までやってるスーパーに駆け込んだ。そこで数日分のお酒や飲み水や食材や夜ご飯を買い漁り、もしもの時のために懐中電灯の替えの電池と蝋燭などを買い、家に戻れたのは九時近かった。

 駅まで自転車で通っていることが幸いし、重たかった荷物もカゴに入れて楽々運べたのはよかった。風が強くなって来ていたから徒歩だったら持って帰るのに苦労したし、こんな時に限ってエコバッグを持っていなかったから、重さでビニール袋が破ける可能性もあったのだ。

 家に着いて夜ご飯にするもの以外の買って来た食材は冷蔵庫に入れ、レンジで夕飯を温める。その間、簡単に風呂掃除とシャワーを浴び、テレビを付けて天気予報を気にしながらご飯を食べてキッチンをざっと綺麗にした。

 彼が乗る飛行機の到着時間は聞いてないけど迎えに来なくていいと言っていたし、あまりにも疲れていたから部屋とかは起きたらやることに決める。念のため目覚ましを八時にして布団に潜ったのは十一時近かった。

 ただ、思ったよりも台風接近が早いせいなのか、強くなった風の音のせいでなかな寝られず、寝たのは零時を回っていたと思う。


 そこまではいい、そこまでは。


 もう一度伸びをしてふと頭上の時計を見て固まる。


「嘘……!」


 その時計は十時半を指していた。


「ヤバ……!」


 慌てて起きて着替え、どこから片付けようかとあちこち見回る。……といっても寝室にしている部屋を合わせても二部屋しかない。

 ただ、LDKだからダイニングは十二畳相当でかなり広い。そして、忙しさにかまけて碌に掃除もしてないから、その広い場所にはゴミや雑誌が散らかっている。

 汚部屋とまでは言わないけれど、酷い有り様なのはわかっていた。わかっていたのに……! だから早く起きて片付けたかったのに……!


 これをさっさと綺麗にしないと、彼が帰って来た時に怒られる……!


 それが怖い! 滅茶苦茶怖い! 怒鳴るような人でも手をあげるような人でもないけれど、静かに、そして説教じみたように怒るから、それが嫌なのだ。

 下手をすれば今まで会えなくて肌を重ねていない分、「お仕置きだよ」と言って抱き潰される可能性が……!

 怒られるのも抱き潰されるのも嫌だったから、さっさと掃除機を取り出して寝室ともうひとつの部屋に軽く掃除機をかける。そしてリビングに散らばっていた服をかき集め、ベッドからシーツや各種カバーを外して洗濯機に入れ、テレビを付けて天気予報を気にしながらコーヒーメーカーにコーヒーをセットする。

 洗濯機は乾燥機能付きだからそのまま放置だ。

 昨日、あえて簡単にしか掃除をしなかったバスルームに行くと、お風呂用洗剤を湯船と床に撒いて放置。換気扇をずっとかけていたおかげなのか、カビが生えてなかったのは助かった。

 カビ除去の洗剤って臭いし。

 そのまま寝室に行くと、布団は台風のせいでどうにも外に出られないから、布団乾燥機を引っ張り出してタイマーをセットし、こっちも時間が来るまで放置。まさか夏に使うとは思わなかったよ……。

 リビングに散らばっている雑誌をかき集めて専用ラックに入れ、コンビニやスーパーのビニール袋は一旦ひとつの袋に入れてあとで、畳むことにする。


 ゴミ袋をいくつか持って分別しながら全て集めて口を縛り、玄関の脇に置いておく。台風で外に出られないうえにゴミ収集日じゃないし、曜日によって収集するものが違うからゴミ捨て場に出しに行けないしね。

 てか、台風が直撃してるっぽい暴風雨なのに、外になんか出たくない。そういう意味では昨日のうちにいろいろ買って来ておいて良かったと思うし、彼を迎えに行くことがないのは助かった。

 テーブルに残っていた食器類はキッチンシンクへと入れ、手指専用の液体アルコールを使ってテーブルや椅子を丁寧に拭いたけど、虫がいなくてホッとする。特に、黒光りする物体Gとか、小さなハエとか。


「いくら忙しかったとは言え、ズボラすぎでしょ、私」


 と一人ごちた。

 丁寧にダイニングに掃除機をかけ、ふたつの部屋にも丁寧にもう一度掃除機をかける。フローリング用のウェットシートを専用の道具にくっ付け、両面を使って拭く。

 貧乏性というなかれ。それを更に二回繰り返してから寝室じゃないほうの部屋に取り掛かる。

 百均で買った、ドーナツ屋が経営している某掃除道具メーカーのモップに似たやつで埃を取り、ウェットティッシュで拭いてから掃除機をかける。

 次に寝室に行って同じように埃を取り、ウェットティッシュで拭いていく。布団乾燥機はまだ止まっていないみたいで、布団の中に手を入れると仄かに温かかったので、こっちもこのまま放置した。


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