風船葛が運んで来た幸せ 1

 ふわふわと風に揺れる白くて小さな花と、緑色の風船。その風船を指でつつき、笑みを溢す。


「ふふ、可愛い」


 庭の一角にところ狭しと生えている風船葛ふうせんかずらは、その蔦と背丈を伸ばしながら、緑のカーテンを作り始めていた。それを眺めていたら思わず涙が溢れ、慌てて涙を拭う。


「何が『どんなことがあっても、君だけを見つめる自信がある』よ。……嘘つき」


 ツンツン、と緑の風船と小さな花をつつきつつ、溜息を溢した。



 ***



 やっと手に入れたマイホーム。家を出たくてバイトして、お金を貯めて。

 就職したあとも、実家にいる強みを利用して貯金した。

 結婚資金にするつもりだった貯金とたまたま買った宝くじが当たって、貯金プラス宝くじのお金で現金一括で購入した、5LDKの一軒家。住んでいるのは私と六つ下の高校二年の弟のみ。

 苦痛だった実家からやっと抜け出せたことが嬉しい。


 そもそも、家を出ようと決めたのは三つ下の妹のせいだった。良く言えば甘え上手、悪く言えば甘えん坊で我儘な妹は、私にとっても弟にとってもトラブルメーカーでしかなかった。


 両親が弟のためにと買って来たものを欲しがり、父が「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言えば泣きわめく。そこでほっとけばいいものを、母が「可哀想だから」と弟のためのものを妹に渡したもんだから、それに味をしめた妹はどんどん我儘に、そして貪欲になっていった。

 父も最初は妹を叱っていたもののいつしか妹に絆され、私や弟の話を聞いてくれなくなった。そのころから弟も両親と妹を見限り、進路などの相談は私にするようになった。

 当然、私が三者面談に顔を出した。弟の担任が、私が中学生だった時の担任だったのは驚いたが、私の三者面談の時は誰も来なくて、それなりに事情を知っている恩師は私が来たことである程度のことを察したようだ。

 もちろん、私が実家を出て行く時は弟も一緒に来るという話もされていた。


 付き合っていた彼氏も、妹に何人も盗られた。決定的だったのは婚約者を盗られたことだ。


 ちょうど婚約者にも親にも内緒で買った宝くじが偶然当たり、結婚することもあって受かれていたんだと思う。だから妹が何をしていたのかも、彼が何をしていたのかも気付かなかった。

 式の一週間前になって、突然彼が『結婚できない』と言い出した。


『どういうことよ! 結婚式は一週間後なのよ⁉』

『ごめん、あや

『ごめんなさい! あたしが、あたしが……!』

『いい加減にしてよ! 何人私から彼氏を奪えば気がすむわけ!?』

『彩、何てことを言うんだ! 優衣は洋治君を愛してしまったんだ。だから……』

『だから洋治を優衣に譲れ、って? 洋治はモノじゃないのよ⁉ それに式場はどうするの! 準備はほとんど終わってるのよ⁉』


 ぐっ、と言葉を詰まらせた婚約者に代わり、父が眉間に皺を寄せながら『キャンセルする』と言った。


『はっ! 呆れてものも言えないわよ! お父さんもお母さんもどれだけ優衣が大事なわけ!? 私や賢司が優衣のせいでどれだけ我慢したと思ってるの! どれだけ傷ついたと思ってるの!』

『彩! 優衣に何てことを言うの!』

『本当のことじゃない! 私たちの話を聞きもしなければ、気持ちすらこれっぽっちも理解してないくせに、無責任なことを言わないで!』


 私の言葉にに声を上げて泣き出した優衣に呆れ、どうせ嘘泣きだろうと冷めた視線を送る。洋治も母もそれを慰めるが、父は私の言葉に身に覚えがあるのか、それを見ることなく辛そう目を瞑り、眉間に皺を寄せてしばらく考えたあとで目を開いた。


『……そうか、わかった。そんなことを言うやつは最早娘でも何でもない。縁を切る。今すぐこの家から出ていけ』

『願ったり叶ったりよ! そっちこそ金輪際私たちに連絡しないで! 賢司、行こう!』

『ああ』


 頷いた賢司に、父は……いや、元父は賢司に驚いた顔を向けた。まさか賢司まで行くとは思わなかったのだろう。


『賢司!? どこに行く!』

『彩姉さんと一緒に決まってるだろ?! 俺だってこんなとこ、一秒もいたくないね!』

『学費なんかどうする! 彩に払えるのか?!』

『当然でしょ? 私はつい最近まで働いていたのよ? 賢司の学費を簡単に捻出するくらいの貯金だってあるわ! 甘やかされた脛齧りの、バイトもしないで遊び呆けてる誰かさんと違ってね!』


 弟の賢司を促し先に行って荷物を纏めるように言うと、私はダイニングを出たところで振り返り、眉間に皺を寄せている元父と元婚約者を交互に睨み付ける。


『そうそう! 洋治が払うと言ってた式場代金だけど、まだ支払われてない、洋治とも連絡が取れないって、洋治が来るちょっと前に式場から連絡があったわ。それと、今回のことはあんたたちのせいなんだから、キャンセルするならキャンセル料もそっちが払ってよね!』


 私の話に元両親は驚いた顔をしたあとで洋治を見、苦虫を噛み潰したような顔をした。それを見れただけでもよしとしようと気持ちを切り替え、自室に戻って荷物を詰める。

 使われたくないもの、触ってほしくないものは全部持って行くつもりだった。

 それ以外の必要なものはあとで揃えればいいと決め、当面生活できるだけの服とノートパソコン、年金手帳や銀行の通帳などの貴重品。スマホの充電器なんかを鞄に詰めると、左の薬指にはまっていた指輪を抜いてビロードの箱にしまう。


 荷物と車のキーを持って部屋から出ると賢司も同じタイミングで部屋から出て来たので、一緒に玄関へと向かう。靴を履いているところで洋治が慌てて来たので、今更何しに来たという思いで指輪が入っている箱を投げつけた。


『痛っ!』

『これ返す! あんたの顔なんか二度と見たくないわ! 言い訳も聞きたくない!』

『彩、僕は……!』

『名前も呼ばないで! もう、あんたの婚約者でも、あのはた迷惑な我儘女の姉でもないんだから! 洋治と一緒なら幸せになれると思ったから結婚すると決めたのに……! この裏切り者!』


 私の言葉に顔を歪めて俯いた洋治に、『あの女と結婚したいなら、勝手にすれば? 私の許可なんか必要ないでしょ!』と冷たくいい放ち、音をたてながら扉を閉めた。待っていた賢司のためにトランクを開けると、賢司は私の分の荷物も一緒に入れてくれると言うので、運転席のドアを開けてエンジンをかける。

 助手席に乗り込んで来た賢司にシートベルトをするように言うと、私もシートベルトをしてから車を走らせる。

 運転しながら賢司とどこに住むか話し合い、賢司の高校の近くに住むことに決めた。賢司は電車で一時間かけてその高校に通っていたからだ。

 そのまま車を走らせて学校の近くへ行くと、何軒かの建て売り住宅やマンション、アパートが目に入る。賢司に宝くじが当たった話をすると驚いた顔をしたものの、もし買うなら一軒家がいいと言った賢司の意見を尊重し、どんな家がいいか賢司と話し合いながら、目星をつけて周辺を回ってみた。

 学校までは、自転車で十分程の距離で、徒歩でも充分通える。途中には、コンビニや三階建ての大型スーパーもあった。

 この規模なら家電品や服も売っているだろう。

 一通り見て回ると、もう一度建て売り住宅があった場所へ行く。隣の空き地にテントが張られ、そこに販売員らしき人がいたのでいろいろと話を聞いた。

 話を聞いているうちになんだか胡散臭くなり、かなり突っ込んでみたら答えられないことが出て来た。これはおかしいと思って『名刺をください』と聞くと、持ってないと言われる。

 ますます怪しいと思っていると販売店の名前が書かれた車が停まり、男性二人が降りて来た。それを見た販売員らしき人は顔を青ざめさせながら逃げようとしたので、弟と車から降りてきた男性の一人が捕まえ、私の目の前で手錠をかけたから驚く。


 話を聞くと、どうやらこの辺り一帯で販売店の名を語った詐欺が相次いでおり、販売店側も困って警察に相談。目撃した人の人相からこの男を探していたところ、私と弟が話していたのを見かけたので車を停めて降りてきたのだという。

 あまりにも出来すぎた話に、胡散臭げに二人を交互に見ると一人は名刺をくれた。もう一人は警察手帳を見せてくれたがそれでも信じられず、本人が目の前にいるにもかかわらず、販売店に電話を入れようとしたところにパトカーが到着。

 あとでまた連絡するからと言われて警察官に携帯番号を聞かれ、渋々それを伝えると、苦笑しながらも男を連れて行った。どうやら男は私服警官だったらしい。

 販売店の男のほうは、結局本人を目の前にしながらも電話をかけ、確認が取れた段階で少しだけ警戒心を解いた。


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