囚われたのは……
恋愛ではありますが、微ホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
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ふとした思い付きで、年に二、三度、古都に観光しに来る。
桜の季節なら各地の花見だったり、紅葉の季節なら紅葉狩りだったり。はたまた寺社仏閣の散策だったり祭りを観たりと、本当に些細な、ふとした思い付きで一人で古都に観光しに来るのだ。
どうしてこんなにもこの古都に惹かれるのかわからない。修学旅行にも二度来た。
けれど、何度もこの地に来ているにもかかわらず、飽きることなく、まるで何かを探すかのようについこの地に来てしまうのだ。
その日も時代劇の映画やドラマの撮影に使われる、その場所自体が観光地となっている場所に来た。その場所に来たのは初めてで、中に入った途端に唖然とした。
その場所そのものが、まるで江戸時代にタイムスリップしたような街並みになっていたからだ。
メインストリートには、アーチ型の、赤い欄干の木造の橋。
「これが昔の日本橋かぁ」
などと近くにいたカップルが呟いている。それを聞いて、なるほどと内心で頷きつつ、橋の上から江戸の街並みを模したものを見渡す。
奥のほうでは映画かテレビドラマの撮影をしているのか、カメラやマイクなどが見え、その周りには人だかりができていた。それをしばらく眺めたあと、橋を渡ってゆっくりと街並みを散策する。
途中にある店では着物が並べられている。舞妓や花魁の格好ができるらしく、記念写真を撮っている人を横目に見つつ、奥のほうへと歩いて行く。
南町奉行所と書かれている建物や、北町奉行所と書かれている建物。
川を模したところにある小舟。
旗本屋敷。
などなど、本当にたくさんの建物があった。それを堪能したあとまたメインストリートに戻り、お土産品が売っている近代的な建物があるほうへと戻って来る。
ふと横を見ると、二階建ての建物が目に入る。垂れ幕には『新撰組』の文字。
どうやら新撰組関連の展示品を展示しているようだった。
それに惹かれて建物の中へと入り、渡されたパンフレットを眺める。パンフレットによると、展示品はこのフロアと地下に展示されているようだ。
『…………タ』
「え?」
歩き始めた途端、誰かに呼ばれたような気がして顔を上げ、あたりを見回す。けれど、周りには誰もいない。
いても、かなり離れた場所にいるカップルや女性たちだけだった。
それに首を捻りつつ、そう言えば一人で来てたんだっけと内心苦笑しながら、展示品を見始める。
直筆の書簡や段だら模様の新撰組隊士服のレプリカ、志士たちが使った胴。当時使われていた道具など、それほど広くはないフロアにところ狭しと展示されていた。
カップルや女性たちは展示品を見終わったのか、お互いに感想を延べながら出口から出て行く。
地下は見ないのかなと思いつつ地下への階段を探すも、なかなか見つからない。おかしいなと思い、入口でパンフレットを渡してくれた人に場所を聞こうと振り向くと……そこには誰も居なかった。
「……え?」
そのことに目を瞠る。さっきまでいたのにと内心首を傾げる。いつ移動したのかさっぱりわからなかった。
今いる場所からは入口が見えている。もちろんショーケースが鏡の代わりにもなっており、人が動けばショーケースや目の端に見えるのだ。
現に今も、修学旅行客や一般の観光客が入って来ている。その人たちの目に止まることなく、その場を移動するなど不可能だった。
そのことを何となく気味悪く感じ、それを払拭するように小さく首を振ると、釈然としないながらも仕方なく展示品を見ながら、地下への入口を探す。あと少しで出口というところで、ようやく出口付近にある展示品の裏にあった階段を見つけた。
上を見ると、順路の矢印と共に『地下展示室』の看板がぶら下がっていた。これではわからないはずだ。
「こんなところにあったら、わからないじゃない」
ぶつぶつ言いながらも、薄暗い電気が灯る中を地下へと続く階段を下りた。
『……ツ……タ』
その時、また声が聞こえた。何を言っているのかさっぱりわからない。
「もう……なんなの?」
薄気味悪いなと思いつつ、地下の展示品を見る。地下の展示品は安全面と防犯面からなのか、志士たちが使用していたとされる鎖帷子や刀が飾られている。
刀は本当に志士が使っていたものではなく、同じ刀工の作品や同名の刀、そのレプリカが置かれている。しかも、誰が使っていたのかなどの由来が書かれたプレートと一緒に、並べられていた。
もちろん、実際に使用していたらしきものもあり、その刀を良く見ると刃こぼれしているようだった。
その中でも異様な雰囲気というか、異彩を放つ刀が飾られていた。
その刀の名前は――
――【和泉守兼定】。
由来には『土方歳三が最期まで使用し、身に付けていた刀』とあり、土方歳三資料館より貸し出されたもの、と書いてあった。その刀とその人物の名前に何故か胸が締め付けられ、涙が溢れる。
それほど詳しいわけではないが、有名な志士の名前くらいは知っている。けれど、なぜか涙が溢れ落ちた。
そのことに動揺し、慌ててバッグからハンドタオルを取り出して涙を拭った、その時だった。
『ミ・ツ・ケ・タ……!』
「えっ⁉ ……きゃあぁぁぁっ!」
はっきりとした言葉と共に左手を掴まれ、引っ張られた。それもすごい力で引っ張られてしまい、思わず転んでしまう。
誰も居なかったはずなのにと恐怖に戦きながらも掴まれた手を見ると、手首だけがボウッと空中に浮かび、それが私の左手を掴んで引っ張っていたのだ。その手の甲には何かで怪我をしたのか、ひきつれたような傷跡があった。
「嫌っ! 離して! 誰か……! 誰か助けて!」
掴まれたことに恐怖してそう叫ぶも、誰も来ない。必死にもがきながらも叫び続けると、不意に掴まれていた手が離されて空中に浮かんでいた手が消えると同時に、バタバタと階段を下りて来る音がしてホッとする。
そちらのほうを向くと、下りて来たのは、制服を着たここのスタッフらしき人たちだった。
「大丈夫ですか⁉ どうされました!?」
「い、いきなり手首を掴まれて、引っ張られて……!」
そう言うと、スタッフらしき人たちは顔を見合せ、小さく溜息をつく。そのことに内心首を傾げると、彼らは「ここではなんですから」とスタッフルームへと連れて行ってくれ、コーヒーを用意してくれたうえで話をしてくれた。
この展示を始めてから、何度かそういったことがあったこと。
必ず地下の展示室で、【和泉守兼定】の前であったこと。
今日は展示の最終日のためなのか、既に今日だけで三件目だということ――。
そう語ったスタッフたちの言葉にゾッとする。もし彼らが来るのがあと一足遅かったら、私はどうなっていたんだろう……。
そう思うだけでカタカタと震える体を無意識に抱き締めると、体の震えが止まるまで、スタッフの女性が背中をずっと撫でてくれた。
――掴まれた手首ははっきりと手形が残っていて、見るだけで怖かった。
何とか震えが止み、お礼を言ってその地をあとにし、駅へと向かう。元々泊まるつもりはなく、日帰りで帰るつもりだったからだ。
そのまま電車を乗り継いで新幹線に乗れる主要駅へと向かう。着いた早々に新幹線の切符を買って乗り込み、住み慣れた地へと帰った。
古都へはまた来ようと思ったけれど、あの観光地へは二度と行きたくはなかった。
日々の生活に追われながらも古都での出来事を忘れたころ、ネットを見ていたら不意に「土方歳三資料館」という言葉が目に入った。そのことに酷く動揺しつつも、やはり涙が溢れ落ちる。
どうしてこんなにも、この幕末志士の名前に惹かれるのかわからない。
見るとはなしにその資料館のホームページを開くと今日はその志士の命日で、その命日に合わせて彼が持っていた刀を展示しているということだった。閉館時間を見ると、今から行ってもまだ充分間に合う。
なぜか行かなければという想いに駆られ、慌てて支度し、電車とモノレールを乗り継いでその資料館に行って、出逢いを果たした。手伝いに来ていたその人の子孫だという彼を見た途端に涙が溢れ落ち、彼を慌てさせてしまった。
それがきっかけとなって友達付き合いから始め、いつしか彼に惹かれていった。そして彼も同じように思っていてくれたのか、彼からの告白で彼と付き合うようになった。
そんなこんなで恋人の居なかった生活から一変。彼と話すのも、彼と出掛けるのも楽しかった。
そんなある日、「手料理を食べたい」と言った彼のために彼の部屋で料理をしていると、彼がうしろからそっと抱き締めて来た。
「土方さん……?」
「……結婚、しようか。いや、結婚しよう」
それが嬉しくて、そう言った彼に料理していた手を止め、背中を預けて小さく頷くと、彼は手を握って嬉しそうに頬にキスをした。それに照れながらもふと彼の右手を見ると、手の甲にひきつれたような傷跡が見えた。
忘れていたかの地での出来事を思い出し、そのことにびくりと体を震わせると、彼は逃がさないとばかりに更に抱き締めてくる。
「やっと君を……お前を見つけたんだ……。前世では幸せにしてやることができなかったからな。現世では幸せにしてやれる」
「ひ、じかた、さん……?」
彼の声はいつも穏やかに話す声ではなく、どこか切な気で、でも何かを秘めた低く艶のある声で……。
その声があの時古都で聞いた声と重なり、体がカタカタと震える。それを知ってか知らずか、料理の途中だというのにキッチンから私を連れ出すと寝室へと引っ張られ、着ていたものを全て脱がされてベッドに押し倒された。
「ひ……っ!」
「あの時は怖かったよな……? すまん。もうあんなことはしない。……ようやくお前を見つけたからな」
二度と離さないと言った彼はカタカタと震える私の体にのし掛かり、体中をまさぐり始める。恐怖から来る震えは手と口で執拗に愛撫され、弱い部分を全て彼に暴露され、彼に貫かれるころには快感から来る震えが全身を走っていた。
「
欲情をその瞳へと乗せ、私を貫きながら嬉しそうにそう言った彼に、いつしかその恐怖は幸せなものへと変わり――
――そうして、いつしか、彼に囚われ堕ちてしまった。
……永遠に――
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