風船葛が運んで来た幸せ 2
もう一度本物の販売員に話を聞き突っ込んだ話をすると、きちんと答えが帰って来た。家の中も案内してもらい、どういったものが設置されているかなどの話をこと細かく質問し、契約さえ済めば今日にでも住めること、太陽光発電もついていること、駐車スペースを差っ引いても庭がかなり広いこともあって即決した。
迷惑をかけたからと言うので値引きしてくれたうえ、現金で全額払うと言うと驚いた顔をされたものの、結局その分も『内緒ですよ』と言って値引きしてくれた。家も中古だったことと街の中心部からかなり離れた土地でもあったためか、予算の半分でその家を買うことができた。
権利書を先にもらってから払うと言うと販売員さんに苦笑されたが結局は頷いた。販売店に行って契約書にサインし、権利書と鍵をもらってから銀行の手続きなどをした。
あの家にいたころは不運続きで唯一の幸運が宝くじが当たったことだったのに、あの家を出た途端運が向いて来たみたい。賢司と二人で『疫病神は優衣かお母さんだったんじゃないか』、なんて笑った程だ。
販売店を出ると、先ほど見た警察官が外にいた。驚いていると『何度も連絡したのに繋がらなかったから、探した』と言われた。そう言えばスマホをバイブにしたままだったと思い出す。
慌てて確認すると警察署からのものらしき番号と、知らない携帯番号が表示されていた。
『すみません! 家を見せてもらったりとか、契約書を書いたりとかしてて!』
『いえ。たぶん、そんなことなんじゃないかと思いまして。ここに来たところ、ちょうど貴女が見えたので待っていました』
『本当にすみません。それで、あの……何かご用でしょうか?』
『たいしたことではないんですが、逮捕の協力をしていただいたということで、所長から感謝状が出されることになりましたので、そのご報告を』
そう言われて賢司と顔を見合せて驚く。
『詳しい日時はまた後日ご連絡します。貴女のスマホでよろしいですか?』
警察官の男は強引に私の連絡先を赤外線で交換し、『それでは』と言って去ってしまった。
『何あれ』
『さあ?』
またもや賢司と二人で顔を見合せたあとで車に戻り、購入したばかりの家に戻って全ての荷物を一旦下ろすと、貴重品などを持って出てきた家のある町に戻る。そのまま役所に向かい、賢司と私の籍を抜くと転出届を出した。
そのままとんぼ返りで購入した家がある市に向かい、賢司に役所を探してもらって役所に向かうと、転入届と、ついでに本籍地も移す。
賢司の学校に提出するための書類をもらい、携帯をスマホに変えたいと言った賢司に、『どうせなら解約して新しくしちゃえば?』と二人して番号もアドレスもスマホも買い換えた。新しい番号は信用できる人だけに送る。
渋々ではあったが、あの警察官にも送った。
その後、大型スーパーに寄り、スーパーの中に入っていた有名家電量販店で家電製品を買う。ついでに百円均一で簡単な食器を揃え、今夜と翌日の朝食と布団も買って帰った。
帰ってから部屋も決めた。部屋割で賢司とちょっともめたけどね。
翌日、夏休みにもかかわらず部活に行くことになっていた賢司に、『今日はこれで我慢してね』と昼食代と住所変更の書類を渡して送り出す。賢司がいない間に届けられた家電製品の設置をお願いしたあとで水道光熱費の手続きや、昨日行ったスーパーに行って鍋や食料品などを買い込んだ。
ついでにハローワークに寄って仕事を探す。前の職場は、一ヶ月前に結婚を理由に辞めていた。
まだまだお金があるとはいえ世の中何があるかわからないし、仕事をするのは嫌いじゃない。だから探すことに決めたのだ。
時間があまりなかったからその日は何もせずに帰って来たが。
同じ職場で働いていた洋治。式場をキャンセルするのか、キャンセルせずに優衣と結婚するのかはわからないが、どちらにしても洋治と優衣、元両親は後ろ指を指されるだろう。
そっと溜息をついて夕飯の支度を始め、出来上がるころ賢司が部活から帰って来た。
『姉さん、俺、バイトしたいんだけど』
二人で夕飯を食べ始めたころ、健司がそんなことを言い出した。その理由を聞くと、今まではバイトしたかったが通学時間が長すぎてできなかったし、学費は無理だけど、スマホ代くらいは自分で稼ぎたいらしい。
『そうね、いいわよ。ただし、部活も勉強も疎かにしないこと』
『うえっ。前みたいに、わからない教科とかあったら教えてくれる?』
『私にわかる範囲ならね』
『やった! あと弁当もいい?』
『お弁当くらい、頼まれなくても作るわよ』
頑張ると言った賢司に、頑張ってと微笑む。
私は早くあの家を出たかったから、高校卒業と同時に就職した。小さな会社の事務だったが、簿記の資格を持っていたことが幸いし、何とか経理の事務職員として入社することができた。
洋治はその会社の営業マンだった。
何かと気にかけてくれたのは覚えている。
最初はそれほど好きではなかったが付き合っているうちに愛情も湧き、プロポーズされたころにはこの人なら、という気持ちになった。もしかしたら、それがいけなかったんだろうか。
結婚を決めたくらいだから、たぶん、洋治のことは好きだったと思う。でも、心のどこかで、また優衣に盗られるんじゃないかって気持ちもあったと思うから、どこか気持ちにセーブをかけてた気もする。
それでも私は、彼と一緒なら幸せになれると信じていたのに、結局彼は優衣に靡き、私を捨てた。
慣れたと思っていても、やっぱり悲しくて涙が溢れる。部屋で泣くと賢司が心配するから、お風呂の中で声を殺して涙を流し続けた。
泣いた翌日、元父宛てで、私と賢司はもう貴方とは縁を切ったのだから財産分与を放棄する、といった内容の手紙を書いて出した。疫病神の優衣や元母に財産云々と言われないためだ。
財産と言っても、普通のサラリーマンの家庭だから、たくさんお金があるわけではないが。
もちろん新しい住所などは記載せず、連絡先すらも記載しなかった。手紙も住んでる街の郵便局から出すことはせず、以前住んでいた家の近くにあった銀行へ住所変更や支店変更ができるかどうかを聞きに行ったついでに、その場所からポストへ投函した。
優衣が我儘を言い、それに絆されるまでは元父とはよく話していたし、仲も良かった。親不幸してるのかなとは思うものの、『縁を切る』と言ったのはあっちのほうが先だ。
今さらどうこう考えても仕方がない。
溜息をついて家路を急いだ。
翌日、あの警察官から連絡が来た。明日の午後はどうかという話だったので、賢司に予定を確認すると大丈夫と返事をもらったため、それをそのまま伝える。表彰されるのは犯人を捕まえる手伝いをした賢司だからだ。
そして当日。警察署に行って感謝状をもらい、警察署を出る。服が欲しいと言った賢司に苦笑しつつも、だったら買い物がてらどこかで食べて帰ろうかという話をしていた時、あの警察官がやって来た。
お礼だとか何とか言いながらも私たちについて来た彼に、仕事は大丈夫なのかと心配しながらも、賢司と二人で顔を見合せ、結局それを許した。それをきっかけに時々三人で食事をするようになり、彼を知るにつれて賢司は彼を兄のように慕い、私もどんどん惹かれていった。
ただ、今まで付き合って来た人や洋治に対する想いとは違うことに戸惑う。もしまた偶然に優衣と出会した時に彼が優衣に盗られたらと思うと、その想いの強さ故に、彼に自分の気持ちを伝えることができなかった。
三人で食事をするようになって半年くらいたったころ、珍しく彼に二人で食事をしようと言われた。それに戸惑い、賢司を見る。
『俺、今日はバイト入ってるから、二人で行ってきなよ。敦志兄ちゃん、頑張れよー』
意味不明なことを言い、なぜかニヤニヤ笑いながらバイトに行った賢司。それに首を傾げつつ、彼――
正直に言って凄く嬉しかった。でも、今までのことがトラウマとなり、うまく返事ができない。
『俺は、下田さんが……彩さんが今までどんな思いをしてきたか、賢司君から聞いて知っている。ご両親や妹さん、婚約者が、君や賢司君に何をしたのかも』
『え……』
『上手く言えないが、俺は、君が大事だ。どんなことがあっても、君だけを見つめる自信がある。結婚が前提ではあるが、まずは普通の恋人同士から始めないか?』
そう言った寺田の目は、凄く真剣で……。私でいいのだろうかと思う反面、この人なら大丈夫という何の根拠もない自信もあって、私は寺田と付き合うことに頷いた。
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