錦灯籠―ほおずき―

流血表現と残酷表現があります。苦手な方はご注意ください。



*******



「鈴鹿!? どうした! 何があった!」


 炎に巻かれている御殿、逃げ惑う同胞はらから

 死に絶えた人間がそこかしこで転がり、血の臭いが充満していた。

 少し出かけている間に何があったというのか。


「朱、天…………様……ご無事、で……」


 倒れていた彼女を抱き起こすと、彼女はその口からコポリと赤い血を吐く。その胸には刀が突き刺さっていた。


「誰が、そなたを!?」

「綱、が……。頼……の甘言で……綱……と……時……裏切り、を……っ」


 ごほっ、ごほっ、と咳き込みながらも、我に伝えようとする鈴鹿を制する。


「鈴鹿! 喋るでない!」

「い……れ……、ま、た……お会い、でき……ま……」

くな! 鈴鹿!」


 微笑んだ彼女。その彼女から伸ばされた手を掴もうとして、それを掴むことは叶わず、抱いていた彼女の体ごと霧散すると、刀がカランと音を立てて転がった。


「す、ずか……っ……! おのれ、頼光よりみつ! つな! 金時きんとき! ……いつか殺してくれる!」



 ――大江山に響く、哀しき咆哮。



 我等が何をしたというのだ?

 我等は何もしてはおらぬ。先祖が朝廷から賜った財を守り、自給自足をし、里に降りることなく山の神を崇め、隠れて暮らしていただけだったのに。


「ほう……まだ生きていたか」

「頼……光……!」

「さすがは、鬼の頭領よの」

「鬼? 我がか? 違うな。里の人間を襲ったのは誰だ? 欲に目が眩み、里を、大江山を襲ったのは誰だ?」

「くくくっ。気づいていたのか」


 欲に満ちたその目は、暗く、そして赤く輝き出している。


「我らはおぬ――隠れて暮らす者。鬼などという矮小なモノではないわ! 我の名を騙り、里を襲ったのはそなただろう!」


 そう怒鳴ると、頼光の背後の繁みがカサリと鳴り、一人の男が出てきた。


「どういう、こと、でござるか、頼光殿! それに、その目と頭は……」

「ああ……なんだ、金時か。まあ、百々とどのつまりは……こういうこと、だよっ!」

「がはっ!」


 頼光は振り向き様に抜き身の刀を振り上げると、金時を袈裟懸けに斬りつけた。飛び散る血が己にかかるのをものともせず、頼光は唇に付いた金時の血をぺろりと舐める。


「ふん、仲間割れか。強欲なことよな」

「頼光……殿……! 貴様……!」

「くくっ! 金時ぃ……、朝廷には、鬼に殺されたことにしといてやるよ」

「があっ!」


 ドスッという鈍い音と共に、金時の腹に頼光の刀が埋まる。


「お、に……は、貴様、だ……! その頭を触っ……」

「煩い!」


 腹から刀を抜くと、そこからまた血飛沫があがる。己にその血がかかるのも構わず、頼光はそのまま金時の心の臓に刀を突き立てると、金時は一瞬びくびくと震えそのまま絶命する。


「はっ! やっと死んだかよ」

「ふむ……確かに、鬼はそなただな、頼光。我にはそのようなものは付いてはおらぬ」

「あん?」

「ほれ、そこの池を覗いてみるがよい」

「……なっ!」


 頼光が池を覗いているうちに鈴鹿に刺さっていた刀を握り締め、小さな声で刀に呪いをかける。


「最初にこの刀に刺された者を呪え。周りが滅びようとも、自分が何をされようとも! 未来永劫、唯一人生き続けるがいい! 生の苦しみを味わうがいい!」


 言霊がしゅとなって刀に貼り付くと、それは一瞬赤黒く染まり、また元の刀の色に戻る。

 ふと視線を上げると、体を震わせた頼光と、その近くの繁みに隠れている人間が一人、見え隠れしている。


(あやつは……)


 くくっ、と口角を上げる。この刀はその人物にことにしよう。

 そう、心の中で嘲笑う。


「我らとは違う、本物の鬼になった気分はどうだ? 頼光」

「……っ!」

「そなたこそが、酒呑童子だ。そうであろう? 綱。そこで見聞きしていたのであろう?」


 ガサリ、と音を立て、男――綱が姿を現す。


「頼光……貴様……!」

「くくく……」

貞光さだみつを襲ったのも、季武すけたえを襲ったのも……!」

「そう、オレだよ! あやつらはオレのしたことを知っていたからな。だから口封じに………っ、ぐあああっ!」


 頼光が認めた途端その体がより大きくなり、その顔は心の内を表したように醜くなった。口には牙、目は更に爛々と赤く染まって吊り上がり、頭には二本の角がくっきりと生えている。

 唖然としながらその様子を見ていた綱に近寄り、その隙を突いて手に持っていた刀を腹に突き立てる。


「ぐあっ! き、さま!」

「さあ、、そなたの刀を。呪われるがいい、綱。我が妻を、我が同胞はらからを殺した酬いだ。未来永劫、たった一人で生きるがいい!」


 呪を放った瞬間、刀から呪が飛び出して綱の身体を包むと刀はひとりでにスッと抜け、カランと音を立てて地面に転がった。


「な、にをした!? 酒呑!」

「酒呑は我ではないというに……。まあよいわ。綱、そなたに呪をかけた」

「呪、だと?」

「そうだ。未来永劫、生き続ける呪を」

「な……っ!」


 刺されたはずの腹から出ていた血は既に止まり、傷も消えかかっている。


「頼光の甘言に踊らされたとはいえ、里を、大江山を、我が妻を、同胞はらからを襲った報いだ」

「どうすれば……どうすれば解ける!」


 背後に頼光の気配を感じたため、自分の姿を隠す。


「酒呑! どこに行った!?」

『言ったであろう? 我らはおぬ、隠れるもの、と。ならば、慈悲をやろう、綱。二千年、あるいは千年の間に我と鈴鹿が再び相まみえたならば、死を与えよう。あるいは綱、そなたの首と胴が切り離された時に、な。それまではその姿のまま生き続けるがいい……』

「酒呑! おい!」

『我が妻が見つかるまで、我らは隠れる。綱、努々ゆめゆめ忘れるなよ』


 我の言葉に、生き残っていた同胞はらからも一斉に姿を隠す。姿を隠しながら、綱や頼光の様子をじっと見ていた。



 ***



「酒呑! く……っ、頼光、貴様のせいで!」

《くくく……綱、お前が死ねば、オレのしたことは朝廷には漏れぬな……お前を殺し、お前を酒呑童子に仕立て上げてやる!》

「そんなナリで、誰が信じるものか!」


 降り下ろされようとしていた腕を避けて転がり、その先にあった刀を拾って斬りつけた。


《そんなもの、オレには効かねえよ!》


 斬りつけた途端、刀がポキリと折れ、焦る。


(どうしたら……どうすれば頼光を倒せる!?)


 これ以上、残った兵や里の人々を殺させるわけには行かない。別の刀を取ろうと辺りを見回すと、自分の刀が目に入った。

 それは酒呑童子が自分を刺した刀だ。

 その刀は酒呑童子の呪を浴びたせいなのか、仄かに光っていた。


(もしかしたら……!)


 頼光の腕を避けながらその刀まで走って手に取ると、再び頼光に斬りつけた。


「ええい、ままよ!」

《オレには効かねえ、と言って……があああっ! き、さま……!》


 斬りつけたのは腕だったが、頼光の腕から血が吹き出した。


「やはり!」


 怒り狂って振り回す頼光のかいなを掻い潜りながら、隙を見つけては斬りつける。


《おのれぇっ!》

「はあっ!」


 伸びてきた腕を避けて刀を降り下ろすと、頼光の腕がゴトリと落ちる。


《がああぁぁっ!》

「頼光、さらばだ!」


 隙を縫って刀を一閃し、その首を落とす。血飛沫をあげてゴトリと落ちた首級を掴み、高く掲げる。


「酒呑童子の首、取ったり!」


 宣言すると、あちらこちらで歓声が上がるが、自分は嬉しさの欠片など微塵も感じなかった。仲間だと……この人物ならと仕えた人の裏切りと、仲間を殺された虚しさがそれを感じさせなかったのだ。

 生き残った兵を連れて京へと帰り、朝廷へその首級を差し出す。言ったところで信じてはもらえないと思った自分は、頼光が村を襲ったという事実を伏せて話す。

 この首の主が村の人々や、自分以外の人間……頼光や金時らが殺されたことを告げると、主上は残念そうに嘆息し、その家族は嘆いた。


 これを機に、自分はあの刀を携えて鬼退治に明け暮れるようになった。もしかしたら返り討ちにあって死ねるかもしれないと考えたからだ。

 だが、刀の力の所以か返り討ちに合うことはなく、不本意ながらことごとく生き長らえてしまった。

 年を取らないことを悟られぬよう、ある程度の年月が過ぎると元の場所へは帰らずに別の場所へと移動し、姿を隠した。名を変え、姿を隠しながら鬼退治をする日々。

 鬼もいなくなり、隠れ住むことに疲れ、戦場いくさばに出たこともあった。

 首と胴が離れれば自分は死ねる。ただそれだけのために戦場へと赴いた。

 あと一歩で首が斬られるというところでいつも邪魔が入り、死ぬことができない。


 そんなことを繰り返しながら各地をさ迷い、いつしか戦もなくなり、平和になる。

 平和になったからといって、賊や追い剥ぎがいなくなるわけではない。

 用心棒として生計を立てつつ、過去同様にある程度の年数を過ごすとまた別の場所に行って名前を変えるということを、千年近く繰り返した。

 歴史に埋もれ、時代を乗り越えて来た、この千年。やっと……やっと、その転機が訪れた。


「久しいな、綱」


 そう呼び掛けられて振り向くと、忘れもしない、酒呑童子が立っていた。


「貴様は……!」

「そう怒るな、綱。やっと、我が妻を見つけた」


 その言葉に反応する。


「確かなのか⁉」

「ああ。その場に居合わせたいだろう?」

「もちろんだが……居合わせて何とする?」

「居合わせたなら、その場でその呪を解いてやろう」


 それがお主との約束だからな。

 そう言った酒呑童子の言葉にしばらく考え、黙りこむ。


「……」

「悪い話ではあるまい。ただ、今すぐに、というわけにはいかないが……」


 酒呑童子に示されたのは、用心棒的な仕事と期間だった。

 この時を千年待ったのだ。自分が死することを考えれば、あと数年待つことを我慢することなど容易い。

 酒呑童子に是と答え、彼のあとについていった。



 ***



「行ってきまーす!」


 鞄を持って家を飛び出す。

 今日は、やっと取れたインディーズバンドのライブを見に行く日だった。インディーズなのに、なかなかチケットが取れないそのバンドは『ONIおに』というバンドで、バンドメンバー全てがイケメン揃い。

 メジャーデビューの話もあるそうなのだが、なぜかそのバンドはそういった話は全て断っているという話だった。

 勿体ないなあと思いつつも、インディーズのいいところはライブハウスで間近にその顔が見れることなので、それはそれでいっかと思ったりもする。


 ライブハウスの階段を降りて受付にチケットを出す。何を飲むか聞かれたのでお茶をお願いすると、チケットの半券と一緒にロングサイズの紙カップを渡された。

 それを持って防音扉の中に入ると、部屋は既に半分が埋まっている。

 来るのが遅かったかなあと思いつつも、何とか空いている席を見つけて座ると、お茶を一口飲んだ。

 一段高くなっている舞台を見ると、ドラムセットとマイク、キーボードが置かれている。その側にはよくわからない機械と、たくさんのライトが並んでいた。

 天井を見れば同じようにたくさんのライトが並んでいて、小さなライブハウスにもかかわらず、機材はきちんと揃っているようだ。

 顔を戻して鞄の中を漁ってハンドタオルを探していると、視線を感じてふと顔を上げた。キョロキョロと周りを見渡しても、誰もこちらを見ていない。

 気のせいかな、と首を傾げつつもハンドタオルを探し当てると、それを持って時間が来るのを待つ。


 そして時間となり、バンドのメンバーが舞台に登場すると、皆ではしゃぐ。もちろん私も一緒に。

 その時また視線を感じた。

 でも、たくさんの人がいるためか、どこから視線を感じているのかわからない。とりあえず視線のことは頭から追い出し、彼らの曲に集中する。

 彼らの歌を聞いたりしながら、一緒に歌ったり踊ったりする。楽しい曲があったり、哀しい曲があったり、バラードがあったり……。

 やっばりCDで聞くよりも生で聞いたほうが断然いい。やっと取れたチケットだけに、感動もひとしおだった。

 時間も忘れて楽しんだあとで、最後の曲の前にMCが入る。


「ラストあと一曲ですが、皆にお知らせがあります。我が妻、我等がおぬの姫が……見つかった」


 そう言った途端、舞台にいたバンドメンバーも、自分の周りにいた人々も、一斉に私を見た。


「え……? 何?」

「やっと逢えた。やっと見つけた……我が妻、鈴鹿」


 ボーカルの人が私の名前を呼んだ途端、周りの人々の服装が洋服から着物に変わり、髪型も色も変わる。それと同時に舞台にいた人々の服装も、髪型も色も変わった。

 短かった髪が長くなり、黒かった髪が金色や銀色へと変わる。ボーカルの彼も黒から朱色へと変わり、その朱い髪が長く変わる。

 その姿を見て、頭の中に映像が浮かび上がった。


 欲に目が眩んだ頼光が、里の人間や同胞を襲う様子。そんな頼光に指示され、私を刺す綱。

 最期に逢えた、愛しいの人。そして、の人との約束……。


「あ、ああ……っ」


 短かった髪が伸び、頭がその重さを増して行く。酷く痛む頭を抱えながら、赤い髪の彼をもう一度見る。


「朱、天、様……っ」

「鈴鹿……」


 舞台を降りた我が夫――朱天が私の側に寄って来てギュッと抱き締めた途端、頭の隅でパリーン、と何かが壊れる音がした。

 ああ……思い出した。前世の自分のことを、夫だった人のことを。


「ああ……朱天様……ご無事でようございました」

「鈴鹿……」


 ちゅっ、と額に唇が当てられる。そのまま彼の胸に顔を埋めると、頭を優しく撫でてくれた。


「綱、約束を果たそう」

「綱……!?」


 彼の胸から顔を上げて振り向くと、舞台の袖にはあの時のままの姿の綱がいた。その姿に目を瞠る。

 耳元では、朱天が何事か呟いている。


「綱……そなた……」

「すまなかった」


 綱が謝った途端、綱の体が指先からサラサラと崩れだす。


『酒呑童子……すまなかった……。ありがとう……』


 綱は最後にそう言うと体が完全に崩れ、崩れたものは骨も残さず光の粒となって消えた。 


「朱天様……? 綱はなぜ、あのような姿のまま……」


 わけがわからず朱天に問う。


「あとで話してやろう。今はただ、そなたを抱きたい……」


 朱天にそう言われてしまった。そのまま彼を抱き締めて「はい」と返事をし、彼と一緒に姿を消した。



 ――懐かしい我が家……大江山へと行くために。



 我等はおぬ……隠れる者。誰にも見つかることなく、ただ静かに隠れて暮らす者。


 この地が滅んで無くなるまで……輪廻の輪に返るまで、私たちは幸せに暮らした。


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