背の君へ~奇跡の夜に~

 キラキラ光るイルミネーション。

 幸せそうに手を繋いで歩くカップルや、笑いさざめきながら歩く家族。

 本来ならイエス様の生誕を祝う日だけど、日本じゃそんな厳かな雰囲気なんて教会でしか味わえない。良いとこ取りの日本人気質なら、仕方がないっちゃ仕方がない。


「今年もこの季節が来ちゃったな……」


 蝋燭の代わりにお線香をたてて彼の写真を眺めながら、そっと溜息をつく。いい加減忘れなければと思うのに、なかなか忘れられない。

 今年は『節目の年だから』と、パーティーの参加を断った。


由梨ゆり、いい加減忘れなよ」


 理由を知ってる親友には、顔を歪ませながらそんなことを言われてしまった。

 けれど……忘れられない。彼を忘れられないのだから、どうしようもない。

 もう一度溜息をついて、思い出の品を手に取って眺める。奇しくも今日は彼の十三回忌。

 数少ない彼との思い出や遺品を整理していると、昔彼に宛てた手紙が出てきた。

 出す宛も、読む相手もいない手紙。


「懐かしいな……」


 ポツリと呟いて、手紙を広げて読む。



 ***



 Dear 涼介りょうすけ



  『おはよう』


  虐められっ子だった私に、貴方だけが毎朝そう言ってくれたね。

  それが虐めの原因のひとつだなんて、思いもせずに。

  あのころは、わざとそうしてるんだと思ってた。

  ……でも違ってた。


  とてもモテてたよね。

  優しくて、カッコよくて、スポーツも勉強もできて。

  ふふ、今で言う王子キャラ?


  本当はね、行くのが嫌だったの、中学の同窓会。


  『今回だけは全員強制参加!』


  と銘打ったそれに嫌々参加する羽目になっちゃって、すごく困った。

  あとで貴方の策略だと知って、戸惑ったけれど。

  無理矢理の参加。でも、嬉しいこともあったんだよ?


  『君がずっと好きだった。忘れられなかった。

   だから、俺と付き合ってくれないか?』


  同窓会の帰りにそう言って突然告白されたっけ。

  本当に信じられなかった。でも嬉しかった。


  私も貴方がずっと好きだったのだと、あとで気づいたから。

  そして一年付き合って、プロポーズしてくれたんだよね。


  『ずっと一緒にいてくれないか?』


  迷いのない目でそう告げた貴方。本当に嬉しかった。幸せだった。

  なのに、結婚間際に突然襲った病魔は私から貴方を奪ったの。

  やっと見つかった特効薬も間に合わなかった。


  『俺はもう由梨を幸せにしてやれないけど……俺以上の奴が現れたら、

   嫁に行け。そして幸せになれ』


  そう言った貴方は、それが遺言のように逝った。

  私をだけを残して逝ってしまった。


  あれから三年。今日は貴方の三回忌。

  今日だけは、貴方のために……恋しい貴方を想って泣かせてくださいね?


  ……あの約束を覚えていますか?

  貴方以上の人は、まだ現れません。だから、早く迎えに来てください。


  私は、ここにいます。


 ~我が愛しき背の君へ捧ぐ~



 ***



 うう……手紙なんか読むんじゃなかった。

 不意に寂しさが込み上げる。


「涼介ぇっ……寂しいよぅ……っ」


 貴方に逢いたい。逢いたくて仕方がない。

 泣きながら彼を想う。もう生まれ変わっただろうか。

 それとも、まだ空にいて私を待ってるのだろうか。


「……ったく、相変わらず泣き虫だな。いい歳してるくせに」

「え……っ?」


 顔を上げると、手が伸びて来て涙を拭われた。目の前にはローブを纏った、翼が生えた天使。

 その顔は、あの頃のままの……。


「涼、介……?」

「俺は、『幸せになれ』って言っただろが」


 ぎゅっ、と抱きしめられ、呆然とする。


「うそ……」

「逢わないつもりだったんだけどな……」

「涼介……?」

「受胎告知代わりだ。由梨がこっちに来るまでは迎えに来てやれないから、そのつもりでいろよ?」


 深いキスをされたあとでそう言われて、涼介に抱かれた。何度も、何度も。

 夢でもいい。

 ただ、涼介に抱かれている――それだけで嬉しかった。


 翌朝起きると、きちんとパジャマに着替えてベッドに寝ていた。テーブルの上を見ると、焼酎やらビールやらの空き缶が散乱していた。


「うー……調子こいて飲み過ぎた……」


 記憶を無くすまで飲んだらしい。何となくお風呂に入った記憶はあるから、完全に記憶を無くしたわけでもないんだろう。

 チャンポンしたのに二日酔いにならなかったのはよかった。

 もっとも、今日は仕事が休みだから二日酔いでも問題はない。


「幸せな夢……」


 でも哀しい夢。もう二度と逢えないのに。

 一頻り泣いてから身体を起こして、お風呂に入ってまた泣いた。



 ――その三ヶ月後、妊娠が発覚。



「だから、受胎告知代わりだ、と言っただろ?」


 クスクス笑う彼の声を遠くに聞きながら、あの日見た夢は、夢だけど夢ではなかったのだと何となく幸せな気分になった。


 あの夜の奇跡に……乾杯!


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