勘違いと『初恋ショコラ』~その時彼は~2
「……樹さんから来たメールには、全部返事を返してたし、私からもたくさんメールしたよ? でも、半年たったころからメールは全然来なくなってたし。ちょうどテレビで樹さんのグループの顔をたくさん見るようになったから、忙しくて、疲れてて、メールできないのかなとか、私と話すのも嫌になったんだなとか思って……。そのころ、『別れよう』ってメールが来たし、週刊誌の写真も見たし。そのことで何回もメールしたけど、樹さんからメールが来なかったから、メールするのを諦めたの」
そんな話を聞かされて、出てくる違和感。俺一人の話なら、バカ女一人がやったってことで収まる。
でも、あの女はどんなに非常識なことをしていても、出会い系の怖さくらいは知っていた。
知っていたけど、手を出してたことはあのバカ女が首になった時に聞いたから、可能性がないわけじゃない。
そして、彼女からのメールを消したのは多分バカ女だ。「親戚」なのをいいことに好き放題してた。その話を社長にしたら社長もさすがにキレて、バカ女が所属している事務所に洗いざらい話したうえで、俺の家から「泥棒」して行ったもの全て返してもらって来た。
社長曰く、今まで抗議をのらりくらりかわしていたバカ女の事務所の社長に、「今度近付いたら、ストーカーとして訴える」と脅して来たらようやく事態を飲み込めたのか、青ざめながらペコペコと謝っていたらしい。
母にも電話して現状を伝え、「親戚だろうとなんだろうと、誰が来ても金輪際面倒なんか見ないからな」と怒鳴り、その時住んでたマンションを引越した。俺の母は口が軽いから、引越したことすら言わなかった。
またバカ女が来るのも困るから。
その時既に、約束の日はとっくに過ぎてしまっていた。
それに、俺から彼女にメールを送っているのに届いてないのも変だ。俺が送ったメールは誰に届いた?
もしバカ女が何かしたんなら、メールはその女に届いていたことになる。あるいは別の誰かに。
もっとも、そのころはまるでメールや電話をさせないようとしてるかのように、仕事が忙しかったからほとんどできなかったし、あのバカ女から彼女の伝言を聞いてしまったから連絡するのを躊躇った、というのもある。
なら、彼女のアドレスをバラ蒔いたのは誰だ?
なぜ、メンバーから似たような話が出てた?
心当たりはひとつだけだ。
核心はない。でも、ちょっとでも情報が欲しい。
そんな思いを押さえつけて電話に出なかった理由を聞けば、入院していた、と聞かされた。
「詳しいことは今度話すけど、結核にかかってずっと入院してたの。あの日は退院前日だったけどね。マスクをしてるのも痩せちゃったのもそのせい。だから、見た目は骸骨みたいで見苦しいでしょ? 退院したし、退院する時にもらった薬を飲みきれば大丈夫って言われたけど、私的には狭い空間にいることも、こうやってくっついていることも、樹さんにうつすんじゃないかって、すごく心配……って、ちょっと、樹さん!?」
そんなことを言われて愕然とした。だからあんなに痩せていたのか。
生きていることを確かめるように彼女の体を撫でれば、まるで標本みたいに肋骨の形がわかるほど、痩せていた。たぶん、俺に病気のことを知られたくなくて「ダイエットした」ことにしたんだろう。
それでも、そのことに嫉妬した俺はバカみたいだと思う反面、俺にうつしてしまわないかを心配してくれる彼女の気持ちのほうが嬉しい。
結核は、昔と違って今はちゃんと治る薬がある。それにもかかわらず入院していたということは、危なかったということだ。
もし病気の発見が遅かったら、彼女は死んでいた。
二度と会えなかったらと思うとゾッとする。
震えそうになる腕をなんとか押さえつけて彼女を抱き締め、彼女が夢だと思っていた告白をもう一度して。てか、夢だと思ってたなんてひどすぎる。
彼女から片思いの相手が俺だと聞いて満足して額にキスを落とすと、真っ赤になった。
旅館まで彼女を送って、当時使ってたという携帯を彼女に断ってから中身を見て……その、膨大な量のメールに怖くなった。
でも。
(みーつけた♪)
迷惑メールやスパムメールに書かれていたサイト名の何件かに見覚えがあった。
「この携帯貸して」
そう言って彼女から携帯とついでに充電器を借りて、東京へ戻る。移動中にメンバー全員に『あの当時の迷惑メールのことだけど、証拠になりそうなもの、見つけたよ』というメールを送ったあとで、今までの分を取り返すように、彼女にたくさんメールを送った。
東京に帰って来て仕事が早く引けた、三日後の夜。迷惑メールの件でメンバー全員がリーダーの家に集まっていた。
「イツキ、早速だけど証拠になりそうなのって?」
「これ。探してた彼女がやっと見つかって、その彼女から携帯を借りて来たんだけど、スパムのサイト名見て?」
隣にいたリーダーに渡して中身を見てもらうと、「よかったな」と言ったあとですぐに眉間に皺をよせる。メンバー全員からも「よかった」と言ってくれた。
リーダーが皺を寄せたのは、たぶんあまりの量の多さにだと思う。それを一人一人見たところで、全員で頷いた。
「一部知らない名前があるが、他は全く同じサイトだな」
「だよねー? 僕の彼女に来てたメールも全く一緒のサイトだよ」
「オレのとこも一緒だ」
他のメンバー全員が同じだと頷く。普通ならバラけているはずなのに、全く一緒のが複数あるのはおかしい。しかも全員。
「……なあ、誰か一人……俺一人だって言うなら、あの勘違いバカ女がリークしたかもって思うけど、メンバー全員っていうのっておかしくない?」
「だよね。どう考えたって、ボクたちはほとんどバカ女と面識ないから、あのバカ女じゃ無理だし」
「じゃあ、誰が?」
「誰がって、一人しかいないだろ?」
「あ~……沢木サン、か?」
「他に誰がいんの?」
沢木とは、俺たちメンバーのマネージャーの名前だ。
「沢木サンが犯人だとして、いつ僕らのプライベートのケータイ触ったの? 僕ら、できるだけ仕事中も電源切ってポケットに入れっぱなしか、控え室のロッカーの一ヶ所に集めて鍵かけて、鍵はリーダーが持つ、って感じだよね?」
「そうだよな」
うーん、と言いながらも、一人が何かを思い出したように顔を上げる。
「……なあ、オレ、思ったんだけどさ……もしかしてアレじゃね? 一回しか出てないやつ」
「ああ、六年近く前に出た水泳大会だろ? あれ以降、スケジュールが合わなくて出てないし」
「たぶん。時期的にぴったりだし、あれしか考えられないよな」
「だよな。あの時はロッカーに鍵がかかんなくて仕方なく沢木に預けたし、あれ以降アイツに預けたことは一度もないし」
うんうん、と頷くメンバー全員。確かに、迷惑メールの話を聞いたのは、あれ以降だった気がする。
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