勘違いと『初恋ショコラ』~その時彼は~1

 耳に響くコール音。何回鳴らしても相手は出ない。

 そのまま鳴らしていたかったのに仕事用のスマホが鳴ってしまい、仕方なくプライベート用の電話を切って仕事用の電話に出る。


 ずっと彼女を探してた。恐らくだけど、俺の周辺のせいで連絡を断った彼女とずっと話をしたかった。


 こんなことになるなら芸能人になるんじゃなかったと母を恨みつつ、恐る恐る彼女の実家でもある旅館のプライベートのほうに電話する。電話に出たのが彼女の母親だったから彼女の連絡先を聞いたけど、最初は冷たくあしらわれた。

 それでも諦めきれなくて、当時の事情をちゃんと説明して、ほとんど無理矢理という形で彼女の番号とメアドをゲットしたのだ。

 頑張って仕事して、社長を説得してメンバー全員でもぎ取った三日間のオフ。

 それを利用して久しぶりに故郷の温泉街に帰って来たのはいいが、旅館の女将さんや女将修行してる彼女の母親に彼女の居場所を聞いても、二人とも冷たい声で「知らない」と言うだけで教えてはくれず、あちこち彼女が行きそうな場所を探しても探しても彼女は見つからなかった。


 時間だけが過ぎてゆくことに焦る。


 そして迎えた最終日。遅くとも夕方にはこの温泉街を出ないと、明日の朝一からの仕事に間に合わなくなる――そんなことを考えながら湯棚に向かう。久しぶりに嗅いだ硫黄の匂い。

『帰って来た』という感覚がして、すごく落ち着く。周囲を見回せば知らない店が何件もあり、中には俺たちがCMをしているケーキのコンビニチェーンまであった。

 それだけこの温泉街に帰って来てないということだ。


(オフの時は、日帰りでもいいからできるだけ帰って来よう)


 そんなことを考えながらぼんやりしていたら、観光客の中にファンがいたのかキャーキャー言いながら騒ぎだした。


(ああ、面倒くさい。ほっといてくれよ)


 そんなことを考えながら、営業スマイルを張りつける。


「皆、ごめんね。今はプライベートだし、周りに迷惑になるから静かにしてくれると嬉しいな。知っての通り俺はダンスが苦手だけど、静かにしてくれて尚且つ俺をほっといてくれたら、今度のコンサートで頑張ってソロ踊っちゃうよ?」


 そう言うと、周りにいたファンの子たちは「キャー!」とか「楽しみにしてますー!」とか言いながらまた観光に戻って行った。

 本当はダンスは苦手じゃない。むしろ得意なほうだ。

 でも、その辺はキャラを作ってるから苦手と言ってるだけだ。


 ファンの子を営業スマイルであしらいながらも、本当に面倒だと思う。仕事ならともかく、プライベートなんだからほっといてくれよと思いながらも辺りを見回すと、正面から歩いてくる女性が目に入った。

 顔色が悪くマスクをしている女性は、ガリガリという表現がぴったりの痩せた女性だった。

 すれ違い様に女性を見ると、彼女も俺を見ていたけど、さっきの騒ぎを見ていたのかちょっと困ったような悲しそうな目をしていた。ラフな格好でコンビニの袋を持っていたからこの街の人かな、なんて思いながら通り過ぎてしばらく歩いたあと、ピタリとそのまま止まって思いっきり振り返った。


「は、るな……?」


 女性の顔を思い出して驚いた。あの目も、あの髪の色も、彼女からいつもしていたシャンプーの香りも。


 記憶の中の彼女、だった。


 どうりで彼女を探しても見つからないわけだ。あんなに痩せてたなんて思わなかった。

 昔はもっとプニプニしてて抱き締めたら気持ちよさそう……じゃなくて、柔らかそうだったのに。


 彼女を追いかけながら、どうやって声をかけようか必死で考える。

 追いかけて、公園で追い付いて。迷いながら声をかけようとしたら、ペットボトルの蓋を開けるのに苦労していた。


「もう……なかなか開かない……握力まで落ちちゃってるよ……」


 そう呟いたのは、記憶通りの彼女の声。その声に安堵して、彼女を助けて、いろいろ話をして。あの約束の日は海外ロケに出ていて、時差の関係で電話もできなかったし。

 でも。


「結婚もなにも、そもそも、付き合ってなかったよね、私たち。付き合ってとかも言われたこともないし、あの約束は三年前に過ぎたことだし。それに、別れを切り出したの樹さんだよね? だから、約束も何もとっくにないよ」


 そう言われて、固まってしまった。忙しさにかまけてそのままにしてしまったから、いつの間にか連絡が取れなくなってしまっていた。

 それに、彼女にはちゃんと告白して付き合い出したし、別れのメールなんて送ってない。


 何かがおかしい。

 今彼女を帰したら、もう会えない。


 そんな気がして、彼女を追いかけて、腕を掴んで抱き上げて驚いた。

 そのまま強く握ったら折れてしまいそうなほど細い腕。

 腕にあたる、肉とは違う、固いもの。

 子供を抱っこするように、片手で抱っこできそうなほど軽い身体。

 そのどれもに衝撃を受けた。


「な、なななっ! 樹さん!? 下ろして!」

「どうも話が食い違ってるみたいだし、他にもいろいろと聞きたいことがあるから、それが終わるまで離さないし下ろさないよ」


 そこまでして……ガリガリになるまで痩せてまで好きになった男がいるのか?


『永遠の片思い』。


 彼女はそう言った。だったら、何もかも聞き出してやる。そしてまた、振り向かせる。

 近所のおばさんたちに応援されながら彼女を連れて行ったのは実家の自室だった。「逃げるなよ」と言ってインスタントコーヒーを入れて部屋に戻ると、彼女は忌まわしき写真を見ていた。

 その姿があまりにも儚くて、今にも消えそうで、思わず腕を腰に絡めて写真を持ち上げる。腕の中の彼女は確かに折れそうなほど細いけど、体温を感じることにホッとしながらも写真の中の女について説明すると、彼女は間抜けな声を上げた。

 この分だと、当時開いた記者会見を知らなそうだ。その時に彼女との関係も話し、確認も取った。

 当然のことながらその週刊誌を相手どって裁判を起こし、和解という形で相手からいろいろともぎ取った。

 写真の女は、母曰く、母の叔母の旦那の姉の娘の旦那の伯父の嫁の姪の子供という、明らかに遠縁どころか赤の他人だろ! というレベルの親戚だった。

 そんな話から、メールのことを聞けば。


「樹さんからの別れのメールの直前から、誰からかわからない無言電話やメール、登録した覚えのないたくさんの出会い系サイトからの、ひっきりなしのスパムメールと迷惑メールが来出したの。拒否しても拒否しても一旦は収まるものの、いたちごっこのようにまたそれを繰り返してたよ。電話に出ることに怯えて、メールを見たり消すことに対する日々に疲れてしまって……。ちょうど機種変できる期間も過ぎていたし、もしかしたらと思って待っていた約束の日も連絡もなかったから、ついでにとばかりに解約して、電話会社自体も変えちゃった」


 そんなことを言われて、かなり衝撃を受けた。連絡すらしなかったのに、待っていてくれたことが嬉しかった。でも、彼女の言葉になんか引っ掛かった。

 かなり前、メンバーから似たような話を聞かされなかったか?


 何かが変だと、心が、頭が主張する。


 そうして更に彼女からいろいろと話を聞き出せば、とんでもないことを言われた。


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