勘違いと『初恋ショコラ』4

 ――二ヶ月後。



「ただいまー」

「おかえりなさい」

「遥菜、『初恋ショコラ』買って来たよ」

「なんで『初恋ショコラ』なの?」

「もちろん、あの日の続き」

「意味がわかんないよ」

「いいから。ふたつあるから、一緒に食べようよ」


 彼はなぜかご機嫌で、あの日と同じように恋人座りで座らされる。

 今いる場所は、東京にある彼のマンションで、一週間前から彼と一緒に住んでいる。セキュリティは当然のことながらバッチリらしい。


 彼と話をしたあと、またメールが来るようになった。といってもほとんどがSNSのように「移動中なう」とか「収録の休憩中なう」とか短いもので、私はそれに律儀に返事を返していた。

 夜は夜で「疲れたー」とか「寂しいー」とかで、たまに「早く遥菜を抱きたい」とか不埒なことも書いてあったけど、その辺はきっちりスルーした。


 薬を飲み終わり一度病院に行き、先生といろいろ話してマスクが取れたころ。彼がまた旅館に来て、「結婚を前提に同棲したい」と神妙な顔して言った。

 なのに、祖父母や両親や兄や姉は声を揃えて「今頃か? 遅すぎる!」とかなんとか言って、いろいろ……本当にいろいろ怒られていた。

 薬はもう少し飲まなければいけなかったから、病院に行って先生に引っ越しすることを伝えたりとか薬はどうするのかとかいろいろ注意を受けて、先生からの引っ越し許可が出たのが二週間前。それから引っ越し準備をしたり、引っ越ししたり、こっちの病院に紹介状を持って行ったり、彼と買い物行ったりしてやっと落ち着いたのが五日前だった。


「うー、やっとだよ」

「何が?」

「遥菜とこうしてゆっくりできること」


『初恋ショコラ』を食べていると、彼がそんなことを言い出した。でも彼は「一緒に食べよう」と言いながらもまだ口にはせず、両手は私の体を撫でている。


「やっと骨皮筋子じゃなくなったね」

「まあ、見苦しくなくなった程度には体重が増えたかな?」

「それでも、俺としては、もうちょっと肉付きを良くしてほしいというか……」

「せっかく痩せたのに、嫌だよ。それに、あのころみたいに食べられないから、これ以上は太らないと思うよ?」

「えー、残念。でも、あと二、三キロは太らないとダメってこないだ先生に言われたばかりでしょ? だからこれを食べてあと二、三キロ太ってね」


 彼は自分の分のケーキを口に入れたあとで私の顎を掴み、無理矢理口を開けさせたかと思うと唇を塞いでケーキを私の口に入れたのだ! 誰も見てないとは言え、恥ずかしいから止めてほしい。


「うわ! 真っ赤になっちゃって……可愛い!」


 口を動かしてケーキを噛んでいるというのに、彼は閉じている唇の上からチュッと音を立ててキスをする。

 最近の彼は……というか、私が引っ越しして来てからの彼は、仕事に行く前と帰って来てからスキンシップ過多だ。特に帰って来てからがひどい。

 彼が言うには七年分のスキンシップらしいけど、慣れない私にとっては、毎日ドキドキしっぱなし。

 しかも、色気駄々漏れ。


「遥菜……」

「あ……」


 切なくて、甘くて、艶っぽい彼の声がしたから横を向くと彼の顔が近付いて来て、さっきとは違う優しいキスが落ちて来た。そのまま目を瞑り、彼のキスを受け入れる。

 優しい触れ合うだけのキスが、少しずつ長く激しくなっていく。それと同時に体に回されていた腕が、私の体を撫でる。


「……ねえ、遥菜……ケーキと俺のキス……どっちが好き?」


 ボーッとしている今の状態、しかも色気駄々漏れの状態でそれを言うのは反則だよー!

 キス、と言いそうになるのをぐっと我慢して、なんとか別の答えを言う。


「……け、ケーキ!」

「……ふうん、まあいいや。あ、そうだ! 体が太らないなら、部分的に太らせればいいよね!」

「え?」

「それならケーキを食べても食べなくても、今のこの状態でもできるしね」

「樹、さん……?」

「さんざん我慢したからそろそろ遥菜を抱き潰すくらいの勢いで抱きたいし、俺のキスのほうがいいって言うまで、部分的に太ってもらうからね? もちろん部分的に太ったからといって、やめたりしないけど」


 そう言って掴んだのは、私の胸で。部分的に太るという意味を悟り、固まる。


「あれ? 思ったよりもあるね。もっとぺったんこかと思っ……」

「い、いい、樹さんのエッチーーー!」

「胸触って揉んだくらいで何言ってるの。今日は俺と遥菜の結婚初夜だよ? 今からそんなこと言ってたら、あれこれできないでしょ? でも……」


 いろいろと教えるの、今から楽しみだよ。


 そう言った彼の手は胸から離れることはなく……。

 ベッドに連れて行かれたあとは、彼のキスのほうが好きと言うまで全身至るところに余すことなくキスをされ、キスのほうが好きと言ったあとは、彼に美味しくいただかれてしまった。


 コトが終わったあとで迷惑メールのことを彼に聞かされたんだけど、犯人はマネージャーさんで、彼だけでなく他のメンバーも同じことをされていたらしい。

 さすがにこんな人がマネージャーだなんて嫌だとメンバー全員で抗議。その際に、会社とメンバーの間で交わされていた契約のことで、会社側の違反も発覚。

 メンバー全員が違約金を受け取り、全員無事に結婚したというのはまた別の話。



 いつか笑い話にできるといいねと言った私に、彼は「そうだね」と優しくキスをしたあと。


「ねえ、遥菜。ケーキと俺のキス、どっちが好き?」


 そう聞いて来たから、私は。


「さっきさんざん言わされたから、もう言わない!」


 彼に甘えるように、彼の胸に顔を埋めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る