勘違いと『初恋ショコラ』3

「じゃあ、次。メールがどんどん減ったのはなんで? どうして返事を返してくれなかったの?」

「……それは、私のセリフだよ」

「どういう意味?」

「樹さんから来たメールには、全部返事を返してたし、私からもたくさんメールしたよ? でも、半年たったころからメールは全然来なくなった。ちょうどテレビで樹さんのグループの顔をたくさん見るようになったから、忙しくて、疲れてて、メールできないのかなとか、私と話すのも嫌になったんだなとか思って……。そのころ『別れよう』ってメールが来たし、週刊誌の写真も見たし。そのことで何回もメールしたけど、樹さんからメールが来なかったからメールするのを諦めたの」

「そう、だったんだ……。あいつ……人の携帯勝手に触りやがって」


 ぶつぶつと言う彼の声がすごく怒っている。


「たぶんだけどさ、遥菜に別れのメールを送ったの、その親戚の女かも。俺のほうもその女に『電話があって別れようって伝言されたよ』って言われたから」

「え?」


 そうして彼から聞かされたのは、どうやって調べたのか、彼の住んでいるマンションに押し掛けて来ては彼に纏わり付く。しかも、彼女の親を通じて彼の母親に『面倒をみてあげてね』という話からとりあえず面倒は見ていたものの、呼びもしないのに彼の部屋に勝手に来ては、いろいろ触ったり持ち出したりしたらしい。

 私のほうもそんな電話をしてないと言うと、彼はホッとしたように頷いた。


「かなり入り浸ってたから、たぶん俺が仕事の電話してる間に勝手に遥菜のアドレスを盗んだり、遥菜からのメールを消したりしたんじゃないかとは思ってるけどね。親戚だからというのもあって、その辺に携帯を放置してた俺も悪いんだとは思うけど。……迷惑かけて本当にごめん、遥菜」

「…………」

「つらかったよね」

「……別にもう、いんだけど、その……最近、そのアイドルの女性をテレビで見ないんだけど……どうして?」

「あれ、知らない?」

「知らない。というか、あの週刊誌を見たあとは迷惑メールのこととかあって、それどころじゃなかったから」


 そう話すと、彼の腕がキュッと締まり、「本当にごめん」と小さく呟いて首にチュッ、とキスをされた。

 ……くすぐったいからやめてほしい。というか、現在色気駄々漏れのこの人は、本当に樹さんなんだろうかと頭が混乱して、内心わたわたしてしまう。

 記憶の中にある彼やテレビに出ている彼は、爽やかだったはず。


「で、その週刊誌だけど。あの週刊誌の写真のことで事務所の社長がキレてさ」

「え?」

「あの写真を週刊誌に売り付けたの、どうやら彼女らしいんだよね。それがうちの社長にバレて彼女の事務所に抗議したら、どうやら彼女は他にも似たようなことをやってたらしくて。さっきも言ったけど、普段から我儘で事務所の社長やマネージャーの言うことを聞かなかったらしくてさ。それほど売れてなかったし、ファンもあまり大事にしてなかったらしくてファンからの抗議も凄かったそうだ。二年くらい前に首になったって聞いたよ」


 ふん、と鼻を鳴らした彼は、呆れていた。

 そんなことがあったなんて、全く知らなかった。


「そう、なんだ……。樹さんも大変だったんだね」

「まあ、ね。メールのことはまたあとで確認するからいいとして……。先週電話したりメールしたりした時、どうして電話に出てくれなかったの? それに、マスク。風邪でも引いたの?」

「電話に出なかったのは、知らない番号だったから。それに、入院してたし……」

「えっ⁉ 入院、って……! どこか悪いの!?」

「詳しいことは今度話すけど、結核にかかってずっと入院してたの。あの日は退院前日だったけどね。マスクをしてるのも、痩せちゃったのもそのせい。だから、見た目は骸骨みたいで見苦しいでしょ? 退院したし、退院する時にもらった薬を飲みきれば大丈夫って言われたけど、私にとっては狭い空間にいることも、こうやってくっついていることも、樹さんにうつすんじゃないかってすごくし心配……って、ちょっと、樹さん!?」


 絡まっていた彼の腕が緩んだかと思うと、服の上から私の身体をあちこち撫で始める。肋骨とか出てるから、触らないでほしい……。


「……本当だね。骨皮筋子だ」

「セクハラで訴えるよ?」

「ごめんね」


 彼はクスクス笑いながらその腕をまた私の体に絡ませる。

 突然の彼の行動にドキドキする。


「ねえ、遥菜。俺、遥菜のこと、好きだよ」

「な、んで……」

「遥菜は『付き合って、って言われてない』って言ったけど、俺はちゃんと遥菜に『遥菜が好きだ。俺と付き合って』って言ったよ?」

「え……いつ!?」

「夏にやりきれなかった花火を皆でやろうかって話になって、真冬の寒い日に皆で花火をやった日」


 そう言われて記憶を辿る。前日に風邪をひいて、熱を出していた。それを皆に言えないまま花火をやって……。

 そこまで思い出して、声をあげてしまった。


「あーっ! あの日、前日に風邪をひいて熱があったからぼんやりしてて……。あの花火と告白、ずっと夢だと思ってた……」

「あの公園の話からそんな気はしてたけど……何気に遥菜ってひどいよね」


 彼にそう言われて、何も言えなくなってしまった。今の今まで夢だと思っていたなんて、私って馬鹿だ。勘違いにも程がある。


「うう、ごめんなさい。でも、だったら、その……手を繋いだりしなかったのは、その……」

「ん? ああ、それはね。手を繋いだりしたら、どんどん欲張りになりそうだったから。というか、理性が飛びそうだったから?」

「はいぃ!?」

「だってさ、あのころの遥菜は何もかも柔らかそうだったし」

「あの、樹、さん?」

「手を繋いだら確実にキスをしたくなるし、キスをしたら抱き締めたくなる。抱き締めたらそのまま抱いちゃいそうだったし」


 そんな物騒なことを言いながら、彼の手がまた動こうとしたからその手を叩くとやめてくれた。


「今だって結構我慢してるんだけどね。それで遥菜。……永遠の片思いの相手って、誰?」


 ひんやりした口調にビクリと体を揺らす。彼の気持ちがわかった今、私の気持ちを言いたい。

 でも、今言ったら危険な気がする。

 そんな雰囲気を変えたくて考えていたら、『初恋ショコラ』の存在を思い出した。チョコレートケーキだから、チョコが溶けてるとまずい。

 そう思って唐突に「け、ケーキ食べたいんだけどいい?」と言って鞄からコンビニの袋を出し、『初恋ショコラ』を取り出すと彼は思いっきり溜息をついた。


「はあ……。まあ、いいけどね。で? 誰が好きなの?」

「……答えなきゃダメ?」

「三秒以内に答えないと、押し倒すよ?」

「うう……」

「さーん、にーい、いーち」

「……さん、だよ」

「聞こえないよ、遥菜」

「樹、さんが、好きなのっ! メールも来なくなったし、樹さんは芸能人で私はパンピーだし、約束の日も結局連絡来なかったから諦めたのっ! だから永遠の片思いって言ったの!」


 そう言った途端に顎を掴まれて、顔が近付いて来て……。えっと思った時には額にキスをされていた。


「芸能人とパンピーって……そんなこと気にしなくていいのに。でも……よかった。他の男の名前だったらどうしようかと思ったよ。……とりあえず、ケーキ食べて」

「……うん」

「それで……言い訳を先にすると、あの日連絡しなかったのは海外ロケに行ってたから。そのままマネージャーや社長に仕事を言い渡されて、やっと連絡したら遥菜と連絡とれなくなってた。何で連絡とれなくなったのかの理由はわかったからいいけどね。で……マスクはいつ取れるの?」

「先生に聞いてみないとわからないけど、たぶん薬を飲み終わったらだと思う」

「薬はあと何日分?」

「三週間分くらい……」


 そう言うと、彼は長いよとかなんとかぶつぶつ言いながらも、何か考えているようだった。


 その日、ケーキを食べ終わった私を旅館まで送ってくれたんだけど、その途中で誰からアドレスとかを聞いたのか彼に聞いたら、やっぱり犯人は母だった。

 旅館まで送ってもらって、当時使ってた携帯を彼に渡して。消すのが面倒になってそのままにしておいた迷惑メールの数を見て彼は眉をしかめていた。

 けど、迷惑メールの何通かを見たそのあと、なぜかにっこり笑って「この携帯と充電器があったら貸して」とそのまま持って帰ってしまい、「仕事があるから。またメールするからね」と、アドレスを交換したあとで東京に行ってしまった。

 にっこり笑った彼の背後に黒いオーラが出ていた気がするのは、気のせいだと思いたい……。


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