勘違いと『初恋ショコラ』~その時彼は~3
「あの時、リーダーの奥さんてアドレス変えたんだよね? その後はどう?」
「全く来てないわよ?」
メンバーの一人がキッチンにいた女性に声をかけると、そんな言葉が帰って来た。女性は、リーダーの彼女だ。
「他の皆は?」
「ちょうど機種変の時だったし、ショップに事情を話して全取っ替えしたから」
「オレのところも同じだな」
「ボクのところも」
と、全員頷く。リーダーの彼女は奥さんと言ってるけど、まだ結婚はしてない。
もっとも、かなり長く同棲はしてるからほとんど結婚してるようなもんだけどね。
他のメンバーも、なんだかんだでこっそり彼女と同棲していたり、付き合っていたりする。もちろん全員が一般の人だ。
「ねえ……ちょっと実験してみない? 相当怒ってたから、たぶん僕の彼女に言えば協力してくれるかも」
「なら、俺の奥さんにも協力してもらうかな。アイツもキレてたし。カエ、いいよな?」
そう言ったリーダーに、いいよー、とキッチンからリーダーの彼女から声がする。リーダーの彼女は楓さんと言う。略してカエさん。
個人的には、略さなくてもいい気がすると思ってる。
「あ、それと、イツキの彼女には、終わるまで内緒にしとけよ?」
「何で? 俺も協力してもらうよ?」
「おい、お前、このメールの数を見てそれを言ってるのか? この量、俺たちの彼女の比じゃねえぞ? たぶん、あのバカ女も絡んでるとは思うんだけどさ、ちょっと異常だよ、これ」
「そうだよ。ケータイどころか、会社まで変えちゃったんでしょ? これさ、相当我慢したと思うよ?」
「そうだよな。イツキはあのバカ女に邪魔されて、ずっと彼女と連絡取れなかったんだろ? 最後の日付を見る限り、あのゴタゴタから二年以上たってるんだから、イツキからの連絡をずっと待ってたとしか思えないよ」
そう言われて黙りこむ。彼女の言葉を思い出したから。
「やっと見つけたんだろ? 俺たちと違って会えなかった分、大事にしてやれよ。そんなわけだからさ、実験は俺たちに任せなって。そろそろ機種変の時期だし、携帯会社を変えようかって話をしてるところだから問題ないし。……絶対に、会社側に認めさせて、
「……そうだな」
うんうんと頷くメンバーたち。そう言ってくれたメンバーの心遣いが嬉しかったから、素直に甘えることにした。
電話は、またマネージャーに邪魔されると困るから、移動中や休憩中はゲームしてるふりして、彼女に短いメールを送って。夜も、本当は電話したかったけどメールで我慢した。
短くても、きちんと返事が帰って来るのが嬉しい。
そうして実験を開始した、俺以外のメンバー。口実を作って沢木にプライベートのスマホを預けたら、翌日から迷惑メールが来だしたらしい。
……分かりやすすぎて笑えるけど、彼女たちのことを考えたら、マジで殴りたい。
話を聞いて協力してくれたメンバーの彼女たち――特に楓さんは俺たちの話を聞いていたからか相当頭に来てたらしく、「彼女の携帯見せて」と言われて俺が差し出した彼女の携帯の中身を見て、泣きそうな顔をしながらマジギレしてた。
そうして掴んだ証拠を社長に提出すると、沢木は青ざめ、社長も幾分顔がひきつっていた。
「さて、沢木サン。あんたにプライベートのスマホを預けた途端、これだ。どういうことか説明してくれない?」
俺以外のメンバーから出された、色とりどりの携帯やスマホ。その携帯からは、ひっきりなしに着信を告げる音が鳴り響き、一向に鳴り止まない。
「言っておくが、今までこういったサイトに登録した覚えはない。当然だろう? 俺たちは芸能人でアイドルなんだから、プライベートのナンバーやアドが流出するのを防がなきゃなんない。だから、こういったサイトには絶対に手は出さない。なのに、なんであんたに預けた途端こうなんだ? しかも、これらは俺たちのじゃない。俺たちの彼女のスマホだ」
「……っ」
「いくら腕がよくても、他人の携帯を勝手に触るようなマネージャーなんて信用できないよ、社長。だからさ、マネージャー代えてよ」
「あれ? 君たちもなの?」
そう言って入って来たのは、同じ事務所の先輩で、歌手であり俳優の立花だった。笑顔なんだけど、目が怒っている。立花の顔をみた社長の顔が、なぜか青ざめていた。
「社長、
「ど、どうしてかな?」
「理由は彼らと一緒で、これ」
立花がポケットから出したのは携帯だった。バイブにしてあったのか、バイブを切った途端に着信音が鳴り響く。
「……っ」
「これ、奥さんの携帯なんだけどさ。先週車にプライベートの携帯忘れたから熱田に取りに行ってもらってから、こうなんですよね。これってどういうことですかね? 言っておきますが、彼女は出会い系とかには登録してませんから。僕がいるから登録する必要なんてないですよね。こいつらの言い分じゃないですが、プライベートの携帯を勝手に触るマネージャーなんて、信用できません」
立花は結婚している。社長や事務所の人間は皆知ってるけど、事務所の人間は口が固いし、よっぽど上手くやってるのか、マスコミにはまだバレてない。
「ですよねー。しかもさ、今思い出したんだけど、契約書交わした時、プライベートには一切干渉しない、って話じゃなかったっけ?」
「言われてみればそうだよね。ちゃんと報告してくれれば、別に付き合っている人がいてもいい、みたいなことも言ってたし」
「五年間、きちんと仕事をすれば結婚してもいい、って社長も言ったよね? ボクたち既に八年もきちんと仕事してんのに、何で未だに許してくれないわけ? 立花さんとかはちゃんと許してんのに、なんでボクたちだけダメなわけ?」
「そんな契約は……」
「交わしてない、とは言わせないよ、社長。そのことはきちんと契約書に書いてあるんだからさ」
「明らかに、いろんな意味で契約違反だよね、社長。もちろん、マネージャーも」
「へえ、そうなんだ……。その辺のところは僕も是非聞きたいですね、社長」
どうなんですかと言った立花は、顔は笑顔でも滅茶苦茶怒っている。もちろん俺たちも。
「しらばっくれるなら別にいいですよ? その分マスコミにリークして、裁判して、事務所辞めて、他に移るか新たに事務所を立ち上げるだけですから」
「立花さんが事務所立ち上げるなら、俺たちも一緒に行っていいですか?」
「もちろん。君たちなら大歓迎さ」
青ざめる社長と沢木を他所に、俺たちは和気藹々と辞めたあとのことを話す。
立花は実力と人気がある歌手であり俳優で、俺たちのグループ以上に稼ぎ頭の人だ。それにすごく面倒見のいい人で、この事務所内でも彼を慕っている人間は多い。
立花が抜けたら、他の稼ぎ頭も抜けかねないほどすごい人だ。
それに思い当たったのか、社長が慌てて頭を下げた。
「……すまない。二人がそんなことをしてるなんて知らなかったんだ」
そんな社長の謝罪に、立花の低くて冷たい声が響く。
「社長、知らなかったなんて言い訳が通用するとでも? 普通に考えて、誰かが指示しない限り、二人が勝手にするわけないと思うんですよね。そうなると、思い当たるのは社長しかいませんよ。まさか、ご自分だけ責任逃れをするなんてことはしませんよね? 社長や沢木、熱田のせいでこの事務所を辞めたり他所に移った人間を、僕は何人も知ってるんですよ? 今からそいつらに召集かけますか? なんなら、僕の知り合いに圧力かけてもらってもいいんですが?」
にっこり笑った立花は怒りのオーラ全開で。圧力というのはわからないけど、社長はそれを知ってるみたいだった。
沢木はそんなことをしてたのか、とメンバー全員で顔を見合せて、呆れてしまった。
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