コンビニスイーツが結んだ恋
忘れていた初恋 前編
『――そんな二人の初恋ショコラ。
ねえ……ケーキとぼくのキス、どっちが好き?』
「どっちも嫌いだよ」
コンビニスイーツのCMにいちゃもんをつけ、ふんと鼻を鳴らしてチョコレートクリームを作っている。親友は苦笑しながらそんな私の様子を見ている。
「嫌いなら、どうしてそんなもの作ってるの?」
「旦那が買って来てくれた物を食べたよ、と親友に報告したら、親友が一回しか食べたことないから食べたい、って言ったんじゃないの」
「そうでした」
二人でそんなやり取りをしながら、クスクス笑う。
『初恋ショコラ』とは、全国チェーン展開をしているコンビニのチョコレートケーキで、CMキャラクターは国民的アイドルグループが努めている。
ケーキのほうも、透明なプラスチックの容器と黒色のフタに金のリボンのパッケージが施され、フォークでもスプーンでも食べられる硬さのケーキである。
しかも、コンビニスイーツだからお値段も手頃だし、アイドルグループがそれぞれの個性を生かしたCMを展開しているし、『従来のチョコレートケーキに比べてカロリーオフ』との謳い文句があるもんだから、そこそこ……いや、かなり売れているらしい。
私はケーキもアイドルもそれなりに好きだ。だが、このCMに出て来るアイドルグループは、私の中では珍しく大嫌いなアイドルグループだった。
ファンの人に聞かれたら殺されそうだけど、大嫌いな理由は至って簡単。各メンバーのCMの演技が大根すぎて『初恋ショコラ』が全然美味しそうに見えないことと、アイドルグループのリーダーの顔が私の初恋の人に似ていたからだ。
今でも思い出せる、引っ越し直前のやりとり。中学一年の夏休みに急に父の転勤が決まり、慌てて引越の準備をしながらも、ほぼ終わっていた私は犬の散歩に出た。
内気で引っ込み思案な私は友達がなかなかできず、誰にもそのことを言えないまま、親と一緒に担任の先生たちに挨拶に行った次の日に散歩に出たのだ。
その時にたまたま会ったクラスメイトが彼だった。
『もし、世界中で私と貴方の二人しかいなかったらどうする? 私を選ぶ?』
『誰がお前みたいな根暗なんか選ぶかよっ! 世界中探し回って、別の人間を探す!』
『あはっ、あはははは! 冗談なんだから、そ、そんな力説しなくったって、わ、わかって……あはははは!』
彼が好きだったから、遠回しに告白してみたけど、彼は私に酷い言葉をぶつけた。事実だけど、好きな人から『選ばない』と聞かされたら、泣くしかないじゃない?
だから私は冗談というスタンスを取り、目から涙を流しながら笑ったのだ。笑ったから涙が出たんだよ、という感じにしたくて。
私が大笑いしているのが珍しいのか、彼はあんぐりと口を開けていたっけ。
結局彼にフラれ、引越しのことは何も言わずに父の転勤先に引越した。クラスメイトの皆がそれを知るのは夏休みが開けた九月だろうなあ、なんて思いながら。
「んー、こんなもんかな。
出来上がったチョコレートクリームを遊びに来た親友の彩に舐めさせると、彩は目をまんまるくして驚きの声を上げた。
「嘘ー! 『初恋ショコラ』と同じ味!」
「当然でしょ? 同じ味を再現するのに苦労したもん。それに、一度食べた味を忘れないのが私の特技。忘れちゃった?」
「イエ、覚えてます」
「ならヨロシイ」
そんなことを言いながら、二人で笑った。最近の彩はとても明るい顔をして笑うようになった。
両親や妹、元婚約者のことで辛い思いをしていたのに、それがふっきれたように笑う。
弟の賢司くんと二人で住んでることや、一軒家を買ったと聞かされた時には驚いたけど、新たに出会った恋人のことや、『その人のおかげでお父さんと仲直りしたの』と言った彩は、とても嬉しそうだった。その彩も、もうじき結婚式を挙げる。
彩とは引越し先の中学で出会った。一人でいることの多かった私に話しかけてくれて、なにくれとなく世話をしてくれて。
私もそれが嬉しかったから、彩と友達になった。内気で引っ込み思案を何とか克服することができたのは、彩のおかげだ。
まあ、初対面の人には相変わらず内気で引っ込み思案だが。
ケーキのスポンジ生地を型に流し入れ、オーブンに入れて焼く。彩におかわりのノンカフェインコーヒーを入れてから自分のカップにコーヒーを入れると、彩の目の前に座る。
彩と会うのは久しぶりだから、話も自然と弾む。
「
「そう言う彩はどうなの? そのお腹で、結婚式あげるわけ?」
お互いがお互いのお腹を見つめる。私も彩も、妊娠六ヶ月だ。
「敦志さんの籍に入っているから問題はないし、式を挙げるって言っても、ごくごく内輪だけだもの」
「なら大丈夫かな」
「そう言う晶は、そのお腹で式に来れるの?」
「もちろん。旦那共々、行かせていただきます。ただ、写真の流出とかは勘弁して」
「それは大丈夫。そんなミーハーな人なんか誰一人呼んでないし、敦志さんのほうも『写真も撮らせんし、守秘義務を守らせる』、と言っていたから」
「あら、さすが警察官。頼もしいわ」
「何かそれ違うと思う……」
脱力した彩に笑いながら、話しているうちに焼き上がったスポンジをオーブンから出して型から抜き、ケーキクーラーでスポンジを冷ます。私は結婚しているが、旦那は所謂芸能人てやつだ。
母方の
しばらく会わなかったが、法事で再会した時に告白され、その時は私も彼が好きだったと気付いていたから付き合うようになり、結婚した。まさか彼が芸能人だったとは思わなかったけどね。
冷ましたスポンジにチョコレートクリームを塗り、それを切り分けてラッピングすると、彩に渡す。
「いいの?」
「もちろん。賢司くんやおじさん、敦志さんにもあげてね」
「私のは?」
ムッとした顔をした彩に笑いながら「彩の分もあるわよ」と言って笑い、切り分けたはじっこの部分をお皿に乗せて彩に差し出す。
「ほら、試食。ケーキは、帰ったらすぐに冷蔵庫に入れてね。冷たいほうが美味しいから」
「わかった。ありがと、彩。どれ……うーん! 美味しい! 本当に売ってるのと同じ味! 作っているのを目の前で見てなければ、買ってきたものと勘違いしそう!」
「誉めすぎだって」
そう言って、彩がニコニコしながらケーキを食べる姿を眺めながら、彩が幸せになって本当に良かったと思った。
「
「あのさあ、晶。お前も妊婦だって自覚ある?」
玄関から旦那である義貴にそう呼び掛けると、義貴は呆れた顔をしながら車のキーを持って来た。
「俺も一緒に買い物に行くから」
「だって、貴重なオフなんでしょ?」
「貴重って……お前ねえ。俺のオフは、お前の手伝いをすること前提で取ってるの。事務所の社長もマネージャーもそれを知ってるんだから、遠慮はなし!」
「わかった。じゃあ、駅までヨロシク!」
「あれ? 彩さんの自宅じゃなくていいの?」
「駅で敦志さんと待ち合わせしてるの」
「じゃあ大丈夫だね」
義貴は妊婦二人を車に乗せると、駅までの短い道のりを走る。駅で敦志さんと合流した彩は、彼と一緒に私と義貴に手を振って帰って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます