雨とショパン

 毎朝、分別したゴミを決められた曜日に持って行って、指定された場所に捨てに行く。

 その途中にある『音楽教室』の文字。

 閑静な住宅街にあるその場所は、私が住んでいるアパートの数軒先にある一軒家で、そこを通るたびになにかしらのピアノ曲が流れてくる。そして火曜日と金曜日の午後になると、ピアノの音に雑じり、子供たちの賑やかな声が聞こえてくる場所だった。

 そこから微かに聞こえてくる音楽は、知っている曲もあれば知らない曲もあるし、聞いたことはあれどタイトルがわからない曲もある。

 夕方から深夜にかけて居酒屋のバイトをしている私は、今日はどんな曲が流れてくるのだろうと、密かにそれを楽しみにしていた。


「雨降りかあ……」


 起きたら窓の外から雨の音がしていた。そろそろ梅雨入りかな、と考えながら伸びをする。

 ゴミ袋のストックが無くなったので散歩がてら買いに出かけたある雨の日の帰り、いつものようにピアノの音が聞こえてくる。


 それはショパンの『雨だれ』。雨に似合う、素敵な曲。


 ピアノの音と相まって、傘に落ちる雫が、ピアノの音に混じる。私もその音に染まる……染まってゆく。

 目を閉じてうっとりとそれに聞き惚れていたら、唐突にピアノの音が止んでしまった。


(ああ、残念。もっと聞いていたかったのに……)


 そんなことを考え、ひとつ溜息をついて家に帰ろうとしたら、誰かに呼び止められた。

 振り向いてみれば、同年代と思われる眼鏡をかけた男性がそこにいた。誰だろう?


「初めまして。その……僕はそこの音楽教室でピアノを教えているんですが……。よかったら、ピアノを聴いていきませんか?」


 そのお誘いに激しく頷いて、彼と一緒に中へと入る。


 たった一人の観客だけれど、彼は「雨だれ」を最初から演奏してくれた。

 雨の音に染まるピアノの音。

 その音に包まれて染まる私。


 雨とピアノが出会わせてくれたのは、彼のピアノの音と、これからの二人の未来、かもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る