幕間 ~ショタわらしとギャル女神~
凛月があっさり眠りに落ち、魑魅魍魎の祭囃子はまだまだ人知れず鳴り響いている新月の夜。
お世辞にも荘厳とは言えない、だがその歴史だけは確かに感じられるたたずまいの小さな神社。その鳥居の下に、一人の少年が佇んでいる。
見た目は小学生のような幼さを残しているが、その目の奥には子供特有の輝きは微塵も見られない。
鳥居に貧乏ゆすりをしながら背を預け、誰かを待っているようだった。
「たっだいま~!」
そんな少年のすぐ隣に、幻のように突然一人の女性が現れる。
水面に煌めく光のような笑顔で声をあげたのは、ド派手なピンク髪のギャルっぽい女子高生。
もう日付も変わろうかという夜の深い時間に、人気のない山中の神社で、少年と女子高生が密会していた。
だが、少年はその女子高生の顔を見るなり、生ゴミを見たようなげんなりとした表情を浮かべる。
どうやら、ヒミツの逢引きというわけではなさそうだ。
「お、おう……。えと、出迎えご苦労である……」
ただならぬ雰囲気の少年に、女子高生はたじろぎつつなんとか威厳を出そうと試みる。
「……はぁ」
そんな彼女の態度に、少年はもう何度目か分からないため息をこぼしていた。
「もー。ごめんなさいってばー」
口を尖らせながら、微塵も謝罪の気持ちが乗っていない言葉を投げる女子高生が、少年の視線から逃げるように鳥居の上に飛び乗る。
脚に力を籠める素振りすら見せずに。
「また原宿ですか」
それを追うように、少年もふわりと身体を浮かせ、女子高生の隣に立つ。
少女より頭一つ背の小さい少年は、視線だけを斜め左上に向けた。
「いえす! めっちゃナウいパンケーキ屋ができちゃったんだもん! 行くしかないじゃん?」
そう言いながら、スマホで撮ったらしい写真を誇らしげに見せつける。
「自分もそこまで詳しいわけではありませんが」
それを見るでもなく、呆れ顔で少年は言い放つ。
「その言葉遣いとパンケーキとやら、もう流行は過ぎ去っているように思いますが?」
「……え? マジ?」
顔に書いてある、とはこのことだろう。
「信じられない」と丁寧にメイクが施された端正な顔が物語っていた。
「ついでに言うと、その服装もどうかと」
「そ、そうなの……?」
くるくる回りながら、自分の服装を確認する女子高生。
白のブラウスに、首元にはこれまた派手なピンクのリボン。そして山吹色のチェックのミニスカートに、ルーズソックスという出で立ち。
「めっちゃかわいいのにな~。最近の若者はようわからぬ」
「あの、突然言葉の端に神様感出してくるのやめてくれます? 温度差で風邪ひきそうです」
「へ? 座敷わらしって風邪ひくの?」
「物のたとえですよ……」
「はぁ、
藍と呼ばれたその少年は、足を放り出し鳥居に腰かける少女を呆れながら見下ろす。
「少しは学習してください。脳みそちゃんとつまってますよね?」
「詰まってるよ?! これでもかってくらい上質で霊験あらたかな神の脳みそがぎっちり詰まってるよ?!」
「…………。そうですか」
「今の間はなにかな?! 藍ちゃん?!」
夫婦漫才のように熟練された言葉の応酬が、遠くから聞こえる祭りの騒音に負けず劣らず響き渡るのだった。
「それにしても、毎回毎回にぎやかだね~」
スマホの画面に照らし出された少女の瞳が、僅かに見える久遠屋敷の茅葺屋根を見据える。
「まったくです。妖はどうしてこう煩いのが好きなのでしょう」
「あははっ、まあいいじゃん! 寂しいよりかはそっちの方が」
「……まぁ、姫様がそういうのなら」
「うんうん、藍ちゃんはいい子だね~」
隣に腰かける藍の黒髪を、わしわしとかき回す女子高生。
「やめてくださいよ、童じゃあるまいし……」
「え~、私にとっては何千年経っても弟みたいなもんだよ」
姫様と呼ぶその少女の言葉に、藍は黙り込んでしまう。
いつまでたっても、この扱いに馴染むことができない。
「……そうですか」
「あれ、藍ちゃんなんか怒ってる?」
「別に怒ってません。それと、次に藍ちゃんって呼んだらWi-Fiのルーター撤去しますから」
「そ、それだけはご勘弁をー!!」
清水を司る祓神の情けない懇願と座敷わらしのため息が、闇の帳に溶けて消える。
何百、何千回と過ごしてきた二人の夜は、今日も変わらず沈んでいった。
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