15話

 朝霧君と別れて、ふたたび祠のそばまでやってくる。これだけ戻れば、私達の後から出発した子達と出会ってもおかしくはない。だけど、道を引き返してから今までの間、ただの一人の姿すがたも見ていなかった。

 やっぱりおかしい。改めてそう思いながら祠の前に立つ。だけど、さっきまでそこにいた妖の姿は、今はもうすっかり消えていた。

 ここまで戻ってきたっていうのにあしだ。せっかくだからと、お守りが落ちていないか、 祠の周りをライトで照らしながら探してみる。けれど、それもまた見当たらない。

 念のため、祠の前にあるびっくり箱のふたを開けてみたけれど、なにも変わったことはなく、 さっきと同じようにバネのついた人形が飛びだして、辺りをにやかましくしただけだった。

 ただし、箱の中に入っていたカードは、さっき見た時よりも枚数が少なくなっていた。ということは、少なくとも後続の何組かはここまで来たということになる。

 ここからゴールまでのどこかでいなくなったのだろうか。だけどそれがわかっても、それ以上の手がかりがなければどうしようもない。

 仕方なく、ゴールまでの道のりを、だれかいないかと探しながら歩くことにする。

 少しだけ進んだ時、後ろから、かすかに人の声が聞こえてきた。ひさしぶりに聞く自分以外の声だ。

「誰かいるの?」

 声のする方を見てみると、遠くに小さくライトの明かりが見えた。クラスの子達だ。

 あちこちわたしながら歩いていたから、さらに後の組が追いついてきたんだろう。ようやく見つけた他の人の姿。少しだけ安堵しながら、話を聞こうと近くへ駆け寄っていく。ところがその時だった。

 それまで真っすぐに歩いていた二人がとつじょその向きを変え、そのままわきにあるしげみの中へと入っていった。

「えっ?」

 何があったのかと驚きながら、二人の入っていった茂みの方を見ると、そこには小さな脇道がびていた。道といっても細くれたもので、もちろん決められたルートじゃない。わざわざこんなところを通る理由はないし、ちがって入ったにしては、それはあまりに不自然だった。

「ちょっと、どこ行くの!」

 そのじょうな行動を見て、もどそうと声を上げる。このきょなら十分に届くはずだ。

 けれど二人とも、立ち止まるどころか振り返ることもなく、どんどん脇道のおくの方へと進んでいく。まるで、私の声なんて聞こえていないみたいだ。

 何が起きているのかわからない。けれど、どんどんルートを外れ進んでいく二人を見て、このまま放っておくわけにはいかなかった。呼びかけてもダメならちょくせつ止めるしかない。そう思い、私も脇道に入って追いかけようとする。

 だけどその時、私の前にふさがるように一つのかげが姿を現した。

「――っ!」

 ハッと息をみ、体がこわる。ぼろぼろの着物に、顔には包帯。影の正体は、祠にいたあの妖だった。

じゃをするな」

 ほうたい姿すがたの妖は、道を塞ぐように私の前に立つと、低くしゃがれた声でそう言った。

 そのしゅんかんせんりつで体がふるえる。今の言葉は、間違いなく私に言ったものだった。それはつまり、私が妖が見えるという事実に気づかれたということだ。

 普段なら、それはより危険がせまった合図になる。だけど今回は自分からこいつに会いにきた。消えてしまったクラスのみんな。その真相をいただすために。

『邪魔をするな』 。さっき、こいつが言ったことを思いだす。それが、クラスメイトを呼び止めようとしていたことを指しているなら、やっぱり今回のたいはこの包帯妖が引き起こしたと思っていいだろう。

「み、みんなをどこにやったの」

 意を決し、包帯妖に問いただす。だけどその声は、自分でも驚くらいに震えていた。

 怖い。今すぐここからげだしたい。なんとかしようとあれだけんで来たというのに、いざ妖を目の前にするときょうで身がすくんでしまう。

 まともに口を動かすこともできなかった。みんなをどうしたのか、もっとハッキリ問いただしたいのに、声がかすれてうまく言葉にならない。

 それでも逃げるわけにはいかなかった。今にもくずちそうな体を支えながら、再び問いかける。

「答えて!」

 だけどいくらさけんでも、包帯妖はそれをさほど気にした様子もなく、もう一度私をじろりと見まわした。そして一言。

「珍しいな。どうやら本当にわしが見えるようだ」

 どうやらこいつにとっては、私の言葉の内容よりも、自分のことが見えている人間がいるという事実の方が大事らしい。だけどそんなのは、わたしにとってはどうでもいい。それよりも、 ちっとも答えが返ってこないことにイライラする。

 けれど包帯妖は、私のしつもんには答えず、急にハッとしたようにその顔つきを変えた。

「こっちに来い!」

 いったい何がきっかけになったんだろう。とつぜんそう言ったかと思うと、力ずくでかたを掴まれ体をられた。それだけで、私に恐怖を与えるには十分だった。

いやっ!」

とっさにほどこうとするけど、包帯妖の力は私よりずっと強く、どれだけ暴れても決して放してはくれなかった。

「放して! 放して!」

もちろん私だって、そうかんたんに諦めるつもりはない。手足を大きく振りながら、何とか逃れられないかと必死でていこうを続ける。だけど、とても元々の力の差をひっくり返すには至らない。あっという間に、ズルズルと脇道の方へと連れていかれる。

「静かにしろ」

 あばれる私を無理やりさえつけ、さらには手で口を塞いで声が出せないようにする。押しつけられた手の、硬くザラザラとしたかんしょくが伝わってくる。

 もうこの時点で、すでに私の頭の中には恐怖しかない。

 怖い、怖い、怖いっ!

 やっぱりぼうだったのだろうか。一人でこんなところへ来たことを、今さらのようにこうかいする。そうしている間にも、包帯妖に私の体はがっちりと押さえつけられ、ついには身動き一つできなくなってしまった。

 他のみんなも、こんな目にあったのかな。そんな思いが頭をよぎり、体が震え、この後に起こる何かをそうぞうしては、まるでげんじつから逃げるように目をじる。

「……………………」

 ところが包帯妖は、そのたいせいのままそれ以上は何もせずに、ただ押しだまっていた。体の自由 を奪い、口を塞いでおきながら、あとはそのままじっとしているだけだ。

 いったい何をしたいのかわからず、おそおそる目を開け包帯妖の顔を見る。包帯のすきからわ ずかに見えたその目は、私が元来た道の方を見ていた。

 私も、押さえつけられたまま、目だけをそちらに向ける。するとその道の向こうから何かが現れるのが見えた。

 そこにいたのもまた妖だった。けれどそれは、この包帯妖とは違う。あのちゅうに浮く一つ目の生首や、なかに人の顔のついたといった、先ほど見た、何体ものあやかし達だった。

「――っ!」

  驚いて悲鳴を上げそうになるけど、そのとたん再び包帯妖の手が私の口に強くてられ、声が出ることはなかった。

「黙ってろ」

 包帯妖はまたもボソリとそう言うと、私を掴んだまま小さく身をかがめた。なんだか、向こうにいる妖達から隠れているみたいだ。

 あっちの妖のれは、何やらガヤガヤと話しながら歩いていき、やがて道のさらに向こうにあるやぶの中へと消えていく。

 しばらくしてそれまで聞こえていた声も届かなくなり、辺りに再び静けさが戻った。

 ふっと、私の口を押さえていた手から力がける。同時に体を掴んでいた手を離し、包帯妖が立ち上がった。

 手足が自由になった私は、何が起きているのかわからずに、包帯妖の姿を見上げる。その時、かれの手から何かがぶら下がっているのが見えた。

「そのお守り!」

 それは、紛れもなく私の探していたお守りぶくろだった。叫んで立ち上がった私を、包帯妖は再び睨みつける。

 われながらなさけないけど、それだけで身がすくんで、続く声が出なくなる。返してほしい。でも怖くてそれを言うことができない。だけどその時、その場に別の声が響いた。

「そのお守り、この子のなんだ。返してくれないか?」

 驚いて、声のした方を振り返る。聞きちがいじゃなければ、今の声には確かに覚えがあった。そうして向けられた私のせんの先には、思った通りの人物がいた。そしてそのことが、なおさら私をこんわくさせる。

 どうして彼が? そう思わずにはいられなかった。

 あさぎりはる。私はぼうぜんとしながら、妖に語りかける彼の姿を見つめた。

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