11話

 ペアになった人達が、間をおいて次々に山道へと入っていく。何組目かが入っていくと同時に、別の道からカードを手にした最初の組が戻ってきた。出発地点とゴール地点は別になっているから、他の組とははちわせしないようになっている。

 もう少ししたら、私達の番になる。何ごともなく終わりますように。そう祈りながら、ポケットに入れたお守りを握っていると、急に何人かが集まって、話し始めるのが見えた。

「どうかしたの?」

「それが、先に行った組がなかなか戻ってこないんだ」

 それを聞いて、戻ってきた人を数えてみる。話を聞くまで気づかなかったけど、今くらいの時間だと、もう少し戻ってきていてもおかしくない。

「もしかして、道に迷ったとか?」

「迷うようなところじゃないでしょ」

 あれこれ話しているけど、それでもそこまで心配しているようには見えなかった。元々危けんな場所でもないし、本当にまずいことになっているとは思っていないんだろう。

「たまたまおくれてるだけなんじゃない?」

「そうかもな」

 一人が楽観的な意見を言い、他の人もそれに同意する。

 でも、本当にそうなのかな。普段、妖やかいと出会っているからか、こういう時はどうして も警戒してしまう。だけどそんな私の心中は伝わることなく、もしちゅうで前の組に会ったら急 ぐように言ってほしいと、これから出発する人達に伝えられるだけに終わった。

 まあ、まだ何かあったって決まったわけじゃないし、本当にただ遅れているだけかもしれない。何もわからない以上は、私も極力周りに合わせることにする。

 それからまた少し時間がたったところで、いよいよ私達の番になった。

「おーい、いつ。そろそろ出発するぞ」

「う、うん」

 わずかな不安を感じながらも、呼びにきた相良君に返事をする。どうか何も起きませんように。 そう思いながら、私は相良君といっしょに山へと入っていった。


「けっこう暗いな」

 ライトで道を照らしながら歩いていると、となりにいる相良君がのんそうに言う。肝試しといっ ても、本気でこわがるような子はほとんどいないだろう。私だって嫌がってはいたけど、別に肝試し自体を怖いと思っているわけじゃない。なにしろ脅かすのは人間だとわかっている。

 テレビでしょうかいされるようなほんかくてきなお化けしきとかならまだしも、本物の妖が見える私が、 クラスのイベントていの肝試しで怖がるとは思わなかった。

 なら何をこんなにも怖がっているのか。それは本物が出るかもしれないことだ。

 元々肝試しに使われるような場所というのは、何かしらの悪いうわさや昔話が伝わっていることが多い。そういう場所には妖を呼び寄せる何かがあるのか、その姿を見ることが多かった。あるいは、元々妖の多い場所だから、そんな話が伝わっているのかもしれない。

 今回肝試しのたいに選ばれたこの山道と、その先にある祠にも、それなりの話があった。ごていねいに、全員がくじを引き終わった後、発案者の子がみんなに説明してくれたんだ。

 なんでも、昔この辺りには悪さをする妖がいて、それにこまった当時の人達がこの道を行き来する人の安全を土地神に祈り、祭るための祠を建てた。以来、この山道に妖が出ることはなくなった。

 だけど時代が進み近くに大きな道路ができた今となっては、この道を通る人も、その奥にある土地神の祠をおとずれる人も少なくなり、人はいつしか土地神へのしんこうわすれていった。

 今やその祠は手入れをする人もいなくなり、人から忘れられた土地神がさび しく暮らしているとのことだった。

 その話が本当なら、今夜はひさしぶりに土地神様にがんってもらいたいものだ。無事に終わることができたら、おまんじゅうの一つでもそなえてやってもいい。

 もっとも、一口に土地神と言っても、モノによってはその存在は実は妖とかみひとだ。 かんたんに言ってしまえば、たとえ妖でも、人から祭られて信仰の対象になればそれが神になることもある。ぎゃくに、信仰を失った神様が妖になることもあるし、なかには神様と聞いてそうぞうされるようなのとはかけ離れた、さいやくをもたらすやくびょうがみのような存在もいる。

 ここの土地神も昔はともかく、話を聞く限 かぎりでは今は信仰している人もいないようだし、どうなっているかわからない。何にしろ、たとえ見かけたとしても、決して自分から関わらない方がいいだろう。

「 ――五木? おーい、五木!」

「えっ、何?」

 考えごとにちゅうになっていたせいで、相良君の声に気づくのが遅れる。あわてて返事をすると、 かれあきれたようにため息をついた。

「なんだ、聞いてなかったのかよ。せっかく礼を言おうと思ってたのによ」

「お礼って、なんの?」

はるのことだよ。ほら、嘘ついて告白断ったこと、黙っててくれただろ」

「それなら、前にも言われたじゃない」

 相良君からみつにしておいてくれとたのまれそれにうなず いたのは、少し前の話だ。今さら改まってそんなこと言われるなんて思わなかった。

「そりゃそうだけどよ、少し心配だったんだよ。うっかりしゃべったりとか、あるかもしれねーだろ」

「ちょっと、それって私の口が軽いって思ってたってこと?」

「いや、そういうわけじゃねーけどよ。下手すりゃ晴が悪く言われかねないし、気になってたんだよ。悪かったって」

 頭を下げる相良君をジトッとにらむけど、あまりよく知らない相手にかくしごとがれたんだから、不安になる気持ちはわからなくはなかった。

「話さないから安心しなさいって」

 しょうしながら、改めて相良君を見る。心配していたなんて言われたのはちょっぴりふくざつだけ ど、朝霧君が悪く言われないかずっと気にしているあたり、けっこう友達思いなのかもしれない。

「朝霧君と相良君って、前から仲良いの?」

「ああ。中学のころからの付き合いだからな。っていっても、あいつ学校じゃいつも教室のすみに いるようなやつだったから、最初はほとんど話もしなかったけどな」

 それは、物静かで周りときょを置いているという、今のイメージとそんなに変わらない。中学生の頃からそうだったのか。

「でもそれじゃ、どうして今みたいに仲良くなったの?」

「ああ。晴の母ちゃんが入院してるのって知ってるよな。それって、中学の頃から何度かあったんだ。で、おれの母ちゃんは、その病院でかんやってるんだよ。入院してる人のどもが同じクラスにいるって知って、声をかけてみたのが話すようになったきっかけだったかな」

「朝霧君のお母さんって、そんなに前から具合が悪いんだ」

 二人が仲良くなったきっかけはわかったけど、それと同じくらい、朝霧君のお母さんのことが気になった。お父さんもいないって言ってたし、もしかしてけっこう苦労してるのかな? けどあれこれせんさくするのは失礼だし、何と言っていいのかわからなかった。するとだまんだ私を見て、相良君が言う。

「あいつの母ちゃんのこと、気にするなとは言わねーけど、あんまりしんこくに考えるなよ。たぶ ん晴も、けいな気づかいなんてされたくねーからな。中学の頃も、そのせいで変な目で見られ たり、たまに変な噂が流れたりもしたんだよ」

 当時のことを思いだしたのか、いっしゅん相良君の顔がけわしくなる。わたしもまた、噂と聞いて思いだしたことがある。

「それって、小さい頃はきょげんへきがあったとか、人にケガさせたことがあるとかってやつ?」

「知ってたのか。まあ、そんなところだ」

 それは、前に昼休みにクラスのみんなと朝霧君について話した時に出てきた噂だ。出どころもよくわからないあやふやなものだったけど、やっぱり相良君も知っているのか。

「言っとくけど、あいつはそんな悪いやつじゃねーぞ。むしろ、毎日母ちゃんのいに行くし、家では家事してるし、真面目でいいやつだ。中学に入る前のことまでは知らねーけどよ、ずっと近くにいた俺が言うんだ。間違いねーよ」

 これまでにないくらい、しんけんな顔で告げるさが君。だけどわざわざ念をさなくても、そんなのはいらない心配だ。彼のように長い付き合いはないけれど、とても朝霧君がそんなことをする人には思えなかった。

だいじょう。そんなの、朝霧君を見てたらだいたいわかるもの」

「そっか、そうだよな」

 ホッとしたように、相良君のひょうじょうから力がけ、がおになる。朝霧君のことでこんなにも真剣になったり安心したり、本当にいい人なんだな。そう思うと、何だか私まで、フッと笑いがこみ上げてきた。

 本当は、来たくなかったきもだめし。だけどこうして相良君から朝霧君の話を聞けたのは、なぜか少しだけ良かったと思えた。

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