9話

 人通りの少ない田舎いなかみちで、朝霧君はゆっくりと自転車をいでいる。その後ろにある荷台に、 私は静かにこしかけていた。

 話を終えた私は、そのまま家に帰ろうとしたけれど、妖に襲われたつかれもあって、全身がクタクタになっていた。すると、そんな私を見て朝霧君が言った。

「歩くのがつらいなら、後ろに乗るか?」

  見るとそばには朝霧君のものと思われる自転車がめてあった。確かに、荷台に乗せてもらえるのなら正直ありがたい。

 けれど、わざわざそんなことしてもらうのは悪いなとも思った。

だいじょうだよ。家、近くだから」

 そう言って歩きだすけど、一歩、また一歩と歩くたびに、足元がふらついた。

「どう見ても大丈夫じゃないだろ。いいから乗れ」

 朝霧君はそう言うと、私に向かって自転車を せ、座れと言わんばかりに荷台を叩く。少し ごういんではあったけれど、本当に私のことを心配してくれているんだとわかった。

 悪いなとは思うし、一度は断っておいて、今さらたよるのはていこうがある。だけどこんな風に気をつかってくれるのは、少しうれしいと思った。

「よろしく、お願いします」

 変なきんちょうのせいか、なぜかけいになってしまったけど、こうして私は朝霧君の厚意にあまえ、 今にいたる。


 ちらりと横を見ると、自転車を漕ぐ朝霧君のなかが見える。私が落ちないように気をつかっ ているのか、その速度はゆっくりだ。すぐ隣 となりにあるその背中は、私との身長差以上に大きく見えた。

「朝霧君の家、この辺じゃないよね。何でこっちの方にいたの?」

 この辺りに住んでいるのなら、朝霧君だって私と同じ中学に通っていたはずだ。そうじゃないってことは、家に帰るちゅうってわけじゃなさそうだ。 すると、朝霧君の口から出てきた言葉は、実に意外なものだった。

いに行く途中。近くの病院に、母親が入院しているんだ」

 朝霧君の言う病院は私も知っていた。大きな病院ではないけれど、家から近いこともあって、をひいた時には利用していたし、おちゃんも時々そこに通っている。

 よく見ると自転車のかごには、学校指定のものとは違う、あさでできたかばんが入っていた。ふっくらとふくらんでいるところを見ると、たぶんえなんかが入っているんだろう。

「お母さん、入院してるんだ」

「体が弱くて、少し前から。大きな病気ってわけじゃない」

 朝霧君はそう言うけれど、それでも家族が入院となるとやっぱり心配だと思う。いつも、こんな風に通っているのかな?

「他の家族の人はどうしてるの?」

 例えばお父さんは、いつお見舞いに行ってるんだろう。仕事が終わるのがよるおそいのかもしれないし、朝霧君と日ごと交代で通っているのかもしれない。だけどそこまで考えた時、朝霧君は言った。

「父親はくなってるんだ。家族は母一人」

「えっ……」

  言葉に詰まる。もしかして、かつに聞いちゃいけないことだったかな。私も、両親のことやお祖母ちゃんとの生活について、考えなしにあれこれ聞かれたらいい気はしないだろう。

「ごめん」

 だけどあやまる私に、朝霧君は気を悪くした様子もなく答えた。

「……何が?」

 そうして、それ以上は何もなかったようにすずしい顔をする。それは、気にしないでいいという、かれなりの気づかいなのだろうか。

 それからもう少しだけ自転車で進むと、目の前の道が二つに分かれているのが見えた。ここを左に曲がれば私の家へと続く道。だけどそれを伝えるより先に、朝霧君に向かってこう言った。

「送ってくれるの、ここまででいいや。これから、お母さんのお見舞いがあるんでしょ」

 朝霧君が向かおうとしている病院は、この道を右に曲がった先にある。私の家まで送ってもらったら、その分遠回りになるだろう。

「いや、でも……」

「私ならもう大丈夫だって。ほら」

 朝霧君が自転車のブレーキをかけたしゅんかん、私は荷台からりて、平気だっていうところをアピールする。

「それより、早くお母さんのところに行ってあげなよ」

「うーん、本当に大丈夫か?」

「平気平気。ここまで送ってくれてありがとね」

 心配そうにたずねられるけど、実際、少し前までクタクタだった体も、自転車に乗せてもらっている間にだいぶかいふくしていた。それに、助けてもらって、これ以上頼ってしまう方がもうわけない。そう思って、半ば強引にるようにお礼を言う。 それから、さらにお礼をもう一つ。

「それに、あの時助けてくれてありがとう」

 毛玉に襲われた時、もしも朝霧君が声をかけてくれなかったら、いまごろ どうなっていたかわからない。もちろん朝霧君は、まさか私が妖に襲われていたなんてゆめにも思っていないだろうけ ど、助けてくれたことには本当にかんしゃしていた。

「あ、ああ……」

  朝霧君はくさそうにそれを聞いていたけど、その後少し迷ったように何かを言いかけた。

「なあ、いつ……」

「何?」

 首をかしげながら、次の言葉を待つ。だけど、朝霧君の口からその続きが出てくることはなかった。

 かわりに、ただ一言。

「……いや、なんでもない」

 それだけ言って、ふたたび口をじる。

「何よ。言いたいことがあるならちゃんと言ってよ」

 まどいながらたずねたけれど、彼は自転車のペダルへと足をかけた。

「いや、本当に何でもないんだ」

「……そう?」

 よくわからないけど、たぶんこれ以上聞いてもきっと朝霧君は何も答えてはくれないだろうと、なぜだかそう思った。

「じゃあ。帰ったら、ケガしてないかもう一度よく見ろよ」

 それだけ言って、朝霧君は病院へ向かう道へと漕ぎだしていく。

 最後、彼はいったい何を言いかけたのだろう。不思議に思いながらも、小さくなっていくうし姿すがたに向かって、もう一度声をかける。

「ありがとねー」

 とどいたかどうかはわからない。それでも、改めてお礼を言わずにはいられなかった。

 あさぎりはる。同じクラスだけど、今まで特にしきもしていなければ、せってんもなかった人。だけど今日一日で、彼というそんざいが、自分の中でずいぶん大きくなったような気がした。


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