8話

 他に好きな人がいる。告白を断るために、あさぎり君がついた嘘。とはいっても、まともなれんあいけいけんのない私には、それを良いか悪いかで語るのはむずかしかった。

 別にいいんじゃない。そんなことを言ったら、もしかしたら少しはなやみを軽くすることができるかもしれない。だけど、きっと、朝霧君がしがっているのはそんな気休めの言葉じゃないだろう。だからわたしも、できるだけしんけんに答えたいと思った。恋愛経験なんてないけど、身近な誰かにえてそうぞうすることならできる。

「そうね。例えば、自分や友達がそんなことになったら、本当のことを話してほしかったって思うかも。どのみちられるのには変わりないかもしれないけど、できればちゃんとした理由を聞かせてほしいかな」

「そうか……」

 答えた瞬間、朝霧君の声がかすかに暗くなるのがわかった。そりゃそうか。朝霧君のしたこと を、ていするみたいになっているんだから。

「で、でも、嘘も方便って言うしさ。ハッキリ断るには、嘘だって必要かもよ」

 いちおう、慌ててそう付け加えたけど、朝霧君からの返事はない。もしかすると、嘘をついて 断ったことをこうかいしているのかもしれない。

 ただ、今の朝霧君を見て、私の中をいちまつの不安がよぎった。

「もしかして、相手の子に本当のことを全部話そうとか思ってない?」

「……ああ、その方がいいのかもな」

 不安的中。いや、それ自体が悪いことだとは思わない。ただ、問題はその後だ。 「ちょっと待ってよ。本当のことを言ったとして、それでその子と付き合うの?」

「それは……」

  私の問いに朝霧君はまた少しの間押だまったけど、やがて首を横へ振った。

「好きな人がいるって言ったのは嘘だし、悪いとも思っている。けど、それでも付き合うことはできない」

 そう言った朝霧君は本当につらそうで、それでいてハッキリとしたきょぜつを持っていた。

 やっぱり。嘘を悪く思うのと、その子と付き合うかは、また別の話なんだろう。けどそうなると、もし本当のことを伝えたって、その子にしたらもう一度振られてしまうようなものだ。

「言わない方がいいと思う」

 放課後、この話を聞いてしまった時だって、誰にも言わないでおこうと思った。言ったところで、誰の得にもならないって思ったから。

「今さら言っても、相手の子がまたきずつくだけだと思う。だったら、言わない方がいい」

 もちろん最初から嘘なんてつかなければ、それが一番良かったのかもしれない。だけど真剣に悩んでいる彼を、これ以上めるようなことはしたくなくて、こんなことを言ってみる。

「それに、朝霧君がわざわざ嘘をついたのは、その方がいいって思ったからでしょ。付き合えない本当の理由、今ここで私に話せる?」

「それは……」

 朝霧君は口をつぐむ。どうやら、本当の理由を言う気はないみたいだ。だけどこれは、振られた本人にも告げられなかったこと。無理に聞いちゃいけないし、聞く気もない。

 それに今の彼を見ていると、てきとうなことを言ってごまかしておけ、なんて軽い気持ちで嘘をついたとは、とても思えなかった。

「どうして嘘をついてまで断ったかは知らないけど、ちゃんと考えて決めたことなんでしょ。私だって、人には言えない秘密はあるからね」

「秘密?」

「ああ、もちろん聞かれたって何も言わないから。私が言いたいのは、たまには嘘や秘密も必要ってこと」

  話しながら、再びさっきの毛玉の言葉を思いだす。あいつは、私からも朝霧君からも嘘の匂いがするって言っていたし、じっさいにその通りなのだろう。

 確かにつうに考えたら、嘘をつくのは良くないし、ついたらついたで、とてもモヤモヤする。けれどだからといって、私はすべての嘘を頭ごなしに否定する気にはなれなかった。

  私は、あやかしから身を守るため、周りの人をき込 こ まないために嘘をつく。朝霧君だって、これ以上相手を傷つけないためには、このまま本当のことを秘密にしておくのが一番いいと思う。

「それに下手すると、朝霧君だけじゃなくて、さが君まで悪く言われるかもよ。聞いたよ、嘘のアイディア、相良君が考えたんでしょ」

「うっ……」

 相良君の名前が出てきて、たじろぐ朝霧君。ついでに、相良君から口止めをたのまれていたこ とも話した。考えたのは自分だからと言って、朝霧君をかばったことも。

「相良は考えてはくれたけど、それは俺が相談したからだし、そもそもあいつには、俺が本当に告白されたってことだってちゃんと伝えてない。だから、あいつは何も悪くないんだ」

 たがいに何とか友達を庇おうとするその様子に思わずしょうする。何はともあれ、これでけつろんは出ただろう。

「わかったわよ。そういうことにしておいてあげるわ」

 これ以上思い詰めてほしくなくて、わざとイタズラっぽく言ってクスリと笑う。するとようやく、彼のまとう空気が、少しだけ軽くなったような気がした。

「ありがとな」

 小さくお礼を言う朝霧君。話の流れで私にもみつがあることを言ってしまったけれど、不思議とそれをいやだとは思わなかった。私も朝霧君も、それぞれ人には言えない秘密がある。その事実を共有できたことが、なぜか少しだけここいいとさえ思えた。

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