7話

 とつぜん聞こえてきた声。それに反応したのは、毛玉も同じだった。

「アイツからも嘘の匂いがする。それも、特別大きな嘘だ」

  しょくよくをそそられたように、声のした方を見ながら大きくしたなめずりをする。だけどその時できたすきを、私は逃さなかった。

 何とか逃れようと必死になっていた私は、ぼうになっていた毛玉めがけて、思い切りこぶしを叩きつけた。

「うわっ!」

  たまたまうまい場所に当たったのか、毛玉が声を上げたかと思うと、体に巻き付いていた毛が力なくほどける。ひるんだところで、さらにメチャクチャに手を振り回しながら暴れると、毛玉はあわてて飛びのき、きょをとった。

「ちっ、せっかくうまそうなものを見つけられたと思ったのに!」

 予想外のはんげきに、戦意を失ったのだろう。毛玉は苦々しく叫ぶと、クルリとを向け、あっという間にしげみの中へと消えていった。

「た……助かった」

 ホッとしたとたん、急に体の力がけ、いまごろになって全身がふるえだす。毛玉がアッサリとげだしてくれたからよかったものの、もしもあきらめずにおそってきていたら、無事でいられたかわからない。 そんな風に思っていたところで、再び坂の上からさっきの男の人の声が聞こえてきた。

「おーい、何があった? もしかして、ケガしてるのか!?」

声の主は心配そうにそう言うと、ゆっくり坂をりてくる。坂から落ちた時、地面にあちこちぶつけはしたけど、幸いかれが言うような大きなケガはしていない。大丈夫、そう伝えようとして、改めて彼の姿すがたを見たところで、そのふくそうに目が行った。

 それは、同じ学校の男子のせいふくだった。そして、その顔がはっきり見えた時、私は思わずその名を口にした。

「朝霧君……」

 そこにいたのは、放課後学校で会ったばかりの朝霧はるだった。向こうも私に気づいたようで、私と同じようにおどろいた顔をする。

「五木か?」

 だけど、朝霧君はそれ以上何も言わない。あんなことがあって間もなくのさいかいだ。きっと気まずくて、うまく言葉が出ないんだろう。それは私も同じだ。

 そのまま少しの間ちんもくが流れるけど、その間、心の中ではあせりっぱなしだ。

 きっと、朝霧君もそうなんだろう。しばらくこまった顔のまま一言もしゃべらないでいたけど、やがて持っていた鞄の中からタオルをいちまい取りだし、私に差しだしてきた。

「顔、よごれてる。これでいて」

 言われてハッとする。鏡がないからかくにんはできないけれど、何度も地面に体を打ちつけていたんだし、きっとどろだらけでひどいことになっているだろう。よく見れば制服は汚れているし、 顔にも冷たい泥のかんしょくがある。

  そんな姿を見られたことがずかしくて、カッと体が熱くなるのがわかった。

「いや、でも……」

 両手で顔をおおかくしながら、慌てて飛び起きて距離をとる。だけどそのしゅんかん、ガクリとひざが崩れて、再び倒れそうになる。いまだに止まらない体の震えが、立ち続ける力を奪っていた。

「きゃっ!」

  地面がせまる。しかし次の瞬間、れていたかいが止まった。いっしゅんおくれて、朝霧君が手を伸ば して私をささえてくれたんだ、と気づく。

「えっと、その……」

「立てるか?」

 体を支えられてるっていうことは、それだけ距離が近いっていうことだ。男子相手に、ほと んどみっちゃくするようなたいせいになって、けいに気まずさがしてくる。

「ありがとう。もう一人でも立てるから、手を離して大丈夫だよ。それと、さっきのタオル、借りてもいい?」

「ああ――」

 最後に少しがおを作ったつもりだけど、うまくできたかどうかわからない。だけどそれを見た朝霧君の表情が、少しだけおだやかになったような気がした。

「ところで、こんなところでいったい何があったんだ?」

 まあ、やっぱり気になるよね。

 だけどどうしよう。妖に襲われていたなんて言っても、信じてもらえないどころか、ちがいなく変なやつだと思われる。

「……犬がいたのよ」

「犬?」

「そう、大きな野犬。えられてビックリして、そのひょうに足がすべって落っこちちゃったの」

「野犬って、今時か?」

いくらここがいなでも、朝霧君の言う通り、野犬になんてめっ に出くわさない。だけど本当のことが言えない以上、どこかで嘘をつかなきゃならない。

「いたんだから、しょうがないじゃない」

「うーん。野犬か……」

朝霧君は完全にはなっとくしていないようだったけど、さいわいそれ以上、何もせんさくはしてこなかっ た。

 よかった。そう思うのと同時に、心の中でモヤモヤとした気持ちが広がっていく。思えば小さい頃から、妖絡みであぶない目にあった時は、いつもこんな風にごまかしていた。

『お前、うそをついているな』

  不意に、さっき毛玉が言っていたセリフがよみがえる。確かに、本気で心配してくれる人に本当のことが言えない私は、間違いなく嘘つきなんだろう。そう思うと、なんだかますますモヤモヤした気持ちが広がっていくような気がした。

 そういえば、毛玉は朝霧君を見た時も、嘘つきだと言っていた。それも、特別大きな嘘だと。

  朝霧君と嘘。その二つを考えると、どうしても、さっきの学校での出来事を思いだしてしまう。告白をされた朝霧君が、他に好きな人がいると、嘘をついて断ったという話を。

 そんなことを考えながら、二人して元いた道まで戻った時だった。再び、朝霧君が口を開いてたずねてきた。

「なあいつ。嘘をついてごまかすのって、やっぱりダメだと思か?」

「えっ?」

「その……さっき学校で、おれが嘘をついて告白断ったって話、聞いてただろ。そのこと、五木はどう思っているか、教えてほしいんだ」

 朝霧君のひょうじょうは硬く、何を思ってそんなことを聞いてきたのかはわからない。だけどなぜか、今の彼は大きなまよいを抱えているような気がしてならなかった。

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