6話

 相良君と別れた後、私は一人帰路につく。その間も、頭の中ではさっきの出来事が思いだされるけど、私は部外者なんだし、ないしょにするって約束した。これ以上は深く考えない方がいい だろう。そう思うけど、なかなか頭から離れてはくれない。

  だけどそれからすぐ後、そもそも考えるゆうすらなくしてしまうことになる。

 大通りを外れ、小さく分かれた細い道へと入った時だった。道のかたわらで、人の頭くらいの大きさをした、茶色い毛玉みたいなものが、モゾモゾと動いているのが目に入る。ゴロンと転がった毛玉をよく見てみると、そこには鼻が一つ、さらに大きな口がついていた。

 あやかしだ! ビクリと体を震わせながら、だけどすぐに、まるで何ごともなかったように歩きだ す。今まで、私が見えるやつだってわかったとたん寄ってくる妖はおおぜいいた。だけど反対にそれさえかくしておけば、がいを加えられることは少なかった。

 私は気づいていない、何も見ていない。心の中で自分にそう言い聞かせながら、だまってその場から去っていく。これでたいていの場合、無事にやりごせるはずだった。だけど、中には例外だっている。

「お前、嘘をついているな」

「きゃっ!」

 いつの間に寄ってきたんだろう。毛玉はプカプカとその体をちゅうに浮かべながら、私のすぐとなりで声をかけてきた。そして、それにより上がった悲鳴を、そいつはのがさなかった。

「なんだお前、私が見えるのか」

 次のしゅんかん、そいつの体から何本もの毛がび、私の手足にいてきた。とっさにはらおうとしたけど、自由のきかないじょうたいで無理に動いたのがまずかった。

 バランスをくずした私はあっけなく地面にたおれ、さらに運の悪いことに、そのいきおいまま、道のわきにある坂を転げ落ちた。

「きゃああああっ!」

 全身にいたみが走り、悲鳴を上げる。それでもなんとか起き上がろうとするけど、その前に毛玉が立ちふさがった。

「嘘をつくやつは好きだよ。私好みの気を放ってくれるからね」

「な、何を言ってるの?」

 いつもなら妖の言葉にはんのうなんてしないけど、毛玉の言っていることが気になり、思わずこたえる。

「人ってのは、嘘やかくしごとをした時にどくとくな気を放つんだよ。私はそんな気を食べるのが好きでね、嘘のにおいにつられてやってきたってわけさ」

  毛玉はそう言うと、ふたたび自らの毛を伸ばして、私の足をからめとる。そのとたん、自分の体から黒いけむりのようなものが出ているのが見えた。これが、嘘をついた時に放たれる気なんだろう。でもどうして?

「私、嘘なんて……」

「何を言ってるんだい。お前、本当は私が見えているのに、見えないふりをしていたじゃないか。それがお前の嘘だよ」

 確かにそうだ。私は今まで、妖が見えるという事実を、頑 かたく なに隠していた。友達にも家族にもみつだ。

 そうすることで、妖が寄ってくるのをけられるから。大切な人から、変なやつだって思われるのをふせげるから。なのにそんなえいしゅだんが、こんな風にけんせるなんて皮肉な話だ。

 だけどこのまま黙ってやられるわけにはいかない。私が見える人だってこと、毛玉にはとっくにバレてるし、今は周りにだれもいない。それなら、なりふり構 かま わずあばれることだってできる。

「いやっ、離して!」

 声を上げながら、足に絡み付いた毛を必死で外そうとする。だけど毛玉もまた、私をのがすまいと、さらに毛を伸ばしてきて、私の自由をうばっていく。そして、私から出ている気を食べようとしたのか、目の前で大きく口を開いた。

「きゃーっ!」

  何とかしなきゃという思いが、きょうに負けそうになったそのしゅんかんだった。私と妖しかいないはずのその場に、別の誰かの声が響いた。男の人の声だ。

「おい。誰かそこにいるのか!」

  見ると、さっきの私の悲鳴がとどいたのか、たった今転がり落ちてきた坂の上の方から、誰かがこっちを見下ろしているのがわかった。

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