4話

 あさぎり君に告白したという、顔も名前も知らないその子のことをそうぞうしてみる。わたし自身は恋愛や失恋といった経験は残念ながらまだないけど、意中の人の好きな相手を知りたいという気持ちはかいできた。

 たとえ一度断られたとしても、たぶんその子はまだ朝霧君のことが好きなんだろう。知った ところでどうにもならないかもしれないけど、それでも知りたいと思うのがこいごころだと思う。

 とはいえ、だれも何も知らないとなると、協力したくてもできやしない。

 おまけに今回の場合、当人である朝霧君があまり周りと話すタイプではないというから、人 から聞いて調べるというのも、なかなかにむずかしそうだ。

  他のみんなも同じようなことを思ったみたいで、少しの間ちんもくが流れる。そんななか、一人が言った。

「朝霧君ってあいがないわけじゃないけど、なんかちょっと近づきづらい感じだよね。なんて 言うんだろう、人ときょがあるみたいな」  その意見に周りも同意する。怖そうなわけでも無愛想なわけでもなく、むしろはたから見ているとじんちくがいな感じがするし、誰かが彼のことをきらっているという話も特に聞かない。

 けれど、周りから一歩引いていて、必要以上にむこともなければ立ち入らせることもない。つねにそんな距離感を保 たも っているようだった。

 ちらりとサッカーをやっている男子達をまどから見る。うちのクラスの男子も何人か混 ま ざって いたけれど、そこに朝霧君の姿すがたはなかった。

「あ、でもさが君とはわりと仲が良かった気がする」

  一人がそう言ってクラスメイトの名をあげた。けれど久美子は、相良君には既に聞いてみた という。結果はもちろん、知らないという答えが返ってきたそうだ。

 それにしても、彼のように周りから距離を置くことが私には理解できなかった。

 あやかしが見えるというこのたいしつのせいで、小さい頃は周りの人から気味悪がられたり、変なや つだと言われたりしてきた。そのたびにごまかし、つくろい、なんとか大きな問題を起こすことなく周りと付き合ってこられた。けれど、もし一度でも関係が壊こわ れたら、みんな私のことを怖がって二度と元には戻 もどらないかもしれない。そんな恐怖はいつもどこかにあった。

 もちろん私のなやみはとくしゅな例だと思う。彼の場合は孤立しているわけではないだろうし、誰かから嫌われているというわけでもない。周囲にめいわくをかけていない以上、人との付き合い方 なんてそれぞれだし、こんなことを思うのは余計なことかもしれないけど、私からしてみればそれは不思議に思えた。

 そういえばと、一人が思いだしたように呟いた。

「朝霧君って私と同じ中学だったんだけど、前に変なうわさがあったな」

「どんな?」

  私が聞くとその子は、自分も人から聞いただけだから本当かどうかわからないという前置きをした後、小さな声で話し始めた。

「親がきゅうの出だとか、両親がちした末にできた子だとか、色々あったけど、一番多かったのはあれだったかな?」

 そう言ってその子はますます声をひそめる。

「小さい頃はきょげんへきがあったりきょどうしんだったりして、周りの子にケガさせたこともあるって話だった」

「…………」

  聞いてみるとなかなかに重くてあまり気持ちのいい話ではなかった。今まで大人しい印象しかなかったからけいに重く感じる。

 言った本人もこおってしまった場の空気に困っている。そんななか、一人がおずおずとたずねた。

「それってやばくない?本当なの?」

「だから噂だって言ってるじゃない。そんな風には見えないでしょ」

 さすがに本人に悪いと思ったのか、慌ててフォローを入れ、根も葉もないことだと強調する。 実際、だん教室で見かけるかれの姿は、その噂にあるようなイメージとは結びつかなかった。

「まあ、噂なんていいげんなものだしね」

 他のみんなもそう思ったのか、噂だからとなっとくしたようだった。

 しかし、たとえ事実ではないとしても、こういう噂を立てられた方は嫌だろうなと、こうしんからせきにんに聞いてしまったことを反省する。

 噂というのはえてして、事実かどうかよりもそのないようおもしろいかどうかで広まっていく。特 に学校のようなある種のへいされた場所では広まるスピードも早く、またひれがついて無責任に大きくなっていく。

 そんなことを考えているうちにしだいに話題はそれていき、いつの間にか今度のテストや夏 休みの予定といった関係のないことへと変わっていった。

 おしゃべりに花をかせていると時間がたつのも早い。気がつけば昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っていた。

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