Chapter5 覚悟&錯誤

「あっ……駄目……! ……君、……きて?」

「んっ。ん、んぅ?」

「起き……よ、クーゴ君! ――もぅ。えいっ!」

「ふぎゃっ!! な、なに?? ……ってええっ!?」


 身体を揺らされる衝撃に目を覚ますと、ソファーの正面にあったローテーブルに腰を掛けたマナがニンマリと笑っていた。

 しかも足のつま先で俺の胴体をツンツン、グリグリするというオマケ付きで。

 何が起きているのかは全く分からないが、とにかく彼女の真っ白な足が変なところに当たって何だかくすぐったい。


「な、なにこの状況!?」

「あ、やっと起きた? もう暗くなる時間だよ~。私の家族も、そろそろ帰ってくる時間だし」


 そう言われて壁に掛けられた時計を見ると、時刻は既に18時近くになっている。

 さすがにこの状況をマナの家族に見られたら非常にまずい。

 変な勘違いをされることは間違いないし、今後マナと会うのも許されなくなりそうだ。


「じゃ、じゃあ俺はもう帰るよ」

「……うん。また学校で、ね」


 マナはそう言うとテーブルから立ち上がり、ちょっとめくれ上がっていたスカート部分を直す。


 ――はぁ。こんな美少女が同じ学年に来たらコイツはまたモテるんだろうなぁ。

 マナがクラスの男子達からチヤホヤされ、そのうちイケメンと付き合い始める――そんな姿を想像すると、俺はもう我慢が出来なかった。

 昔と同じような後悔はしたくない、そう思ったら俺の口は勝手に開いていた。


「なぁ……マナ。ちょっといいか?」

「ん? なぁに?」


 ふいに名前を呼ばれたマナは、不思議そうな顔をこちらへ向けた。

 さっきインターフォンを押した時の何倍もドキドキしているけど、今度はもう躊躇ためらわない。


「俺、さ。……マナのこと、ずっと前から好きだったんだ」


その言葉を聞いたマナは、大きな目を更に大きくさせる。


「でもマナが居なくなって、好きな人が居るって聞いた時はガキみたいに嫉妬して、ウジウジ拗ねて。彼氏の話なんて聞きたくなくて、勝手に距離置いたけど……今日会って、久々に話してみて、改めて俺はマナが好きなんだって気付いたんだ。全然、マナのことを諦められてなんてなかった」

「……そう、だったんだ」

「俺、きっとまだガキのまんまなんだ。昔みたいに俺の気持ちを伝えないで、マナが同じ学校で他の男子と仲良くなって、彼氏ができたなんてなったらまた嫉妬するし、後悔すると思った」

「……うん」

「だから再会できた今、ここでちゃんとマナに伝えたいんだ。……古枠愛奈さん、好きです。俺と、付き合ってくれませんか?」


 俺はマナの目をしっかりと見つめながら、精いっぱいの想いを込めてそう言い切った。

 いろんな言葉でカッコつけるより、感情を全力で込めた方がマナには伝わる。

 そう思って飾らない言葉で言ってみたけど……

 俺の告白を聞いたマナは、目を涙でウルウルとさせていて――


「……ごめん。私、ちょっといきなりでビックリしちゃって。あの……少し、考えさせてくれる?」

「そっ、そうだよなッ!? ごめん、いきなりだった」

「ううん、クーゴ君の気持ちは嬉しいよ。ただ、ちょっとだけ時間が欲しい、かな……」


 申し訳なさそうにそう答えると、俺から目を逸らして後ろを向いてしまった。

 そんな顔をさせたくて俺も告ったワケじゃないんだけど……こればっかりは仕方がない。


「そう、か……なら、いつかマナの心が決まったら、その時は答えを教えて欲しい。俺は……待ってるから」

「……うん。ありがとう」


 消え入るような声でマナが言ったあと、俺は「じゃあ、帰るね」と言って荷物を持って玄関に向かう。

 マナは俺の後ろをついてくる気配があるが、俺も気まずくて彼女の顔を見る余裕はなかった。

 そして俺たちは玄関を抜け、数時間前に再会を果たした門で別れの挨拶をする。


「今日はありがとう、マナ。びっくりしたけど、久々に会えてうれしかったよ」

「私もクーゴ君に会えて良かった。またこれからも……よろしくね?」


 頷いたマナの猫耳がへにょんと折れ、夜の寒さで俺の犬しっぽがふるるっ、と震えた。

 ばいばい、と言って手を振るマナに背を向け、俺は気分も太陽も落ち切った帰り道をトボトボと歩く。


「はあぁぁ……」


 秋の肌寒さで冷えた頭で今日まで起きたことを冷静に考えてみると、ナオキとユウは最初からこうなるって分かってて仕組みやがったんだろうな。

 俺がずっとマナのことが好きだったことは知っていたし、マナがこっちに戻ってきたことを利用して今回のことを計画したんだろう。

 そう考えると、嬉しさよりもめられたことに対する怒りがふつふつと湧いてきた。


「あいつら、月曜日になったら覚えてろよ~。いや、今のうちに報告がてらLIMEライムで文句を『ピロン♪』……ん? なんだ?」


 ポケットからスマホを取り出した瞬間、LIMEの通知を知らせる音が鳴った。

 二人のどちらかがこの茶番の結果を聞いてきたのだろうか?

 俺は通行の邪魔にならないように街灯の下に歩いていくと、アプリを開いて通知の中身を確認してみる。


「――マナからのメッセージ? いつの間に俺の連絡先を……って、画像?」


 そこにあったのは"古枠愛奈"の名前と、マナから送られてきた画像が

 読み込みはすぐに終わり、1枚目が画面上に表示された。


「ええぇぇえぇぇえっ!? な、なんだよこれッッ!!」


 スマホに映っていたのは、ソファーでぐっすりと眠っている俺の頬にキスをしているマナの自撮りだった。

 もちろんあの場には二人しかいなかったはずだし、当然これを撮ったのは……

 続いて2枚目のダウンロードが終わり、見覚えのある革製品がパッと映し出された。


「これって……俺の首輪じゃねーか!」


 そういえば今の俺は、ずっとつけていたはずの首輪をしていない。

 外した覚えはないが、そういえば……起きた時には既にしていなかったような?


 写真をよく見てみれば、誰かが首輪とリードを持っているのが分かる。

 この白く細い手は確かにマナのものだ。

 でもいったい何故……?

 脳内がクエッションマークで埋め尽くされていると、マナから追加で絵文字付きのメッセージが着た。


「っと、なになに……?」


『ハロウィンだからイタズラトリックしちゃった! 明日からよろしくトリートね!』


 ――ピコン♪


『もう、逃がさないからね? 大好きだよ、私の彼氏ワンコ君』


「……!!」


 ……俺は数分かけて書いてある内容を理解すると、無言のままスマホの画面を何度も何度もスクショ保存した。

 そしてそのまま街灯のスポットライトを浴びながら、見事なガッツポーズを決める。


 その後もそのポーズのまましばらく余韻に浸った。――が、道を行き交う人たちに変な目で見られていた。

そのことにやっと気付いた俺は、恥ずかしさと嬉しさに顔を真っ赤にさせながら家へと走って帰った。

 まぁ結局家に帰ったあとにも、犬耳と尻尾をつけたままの俺を見た姉貴に爆笑され、完全に撃沈した俺は夕飯も食べずにふて寝することになったんだけどね。

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