Chapter4 再会&災難

 俺は目を見開いて驚きの声を上げる。

 そこにいたのはもちろん、ヨボヨボの老人などではなかった。

 明るめな茶髪のボブカットに、猫耳のついた三毛猫模様のモコモコポンチョを着た背の小さな美少女だった。


「あは。気付いた? そう、私。古枠コワク愛奈マナだよ〜」


 コテン、とあざとく首を傾けながら彼女は俺に満面の笑顔を向ける。

 そうなのだ。俺はこのマナという女をよく知っている。

 それも俺にとっては大変イヤな思い出のある、あまり再会したくはなかった人物だった。


「久しぶり〜! 会ったのは中学の時に私が転校して以来かな? クーゴ君は変わらず元気だった……みたいだね。ぷぷぷ」


 俺を頭の先から爪先まで舐めるように見て、その格好に堪えきれず馬鹿にするように笑うマナ。

 コイツが言った通り、俺たちは中学生時代の同級生だった。

 3年生に上がる前にマナの親が転勤する都合で、県外の学校に転校するまではコイツと仲の良い友達だったのだ。

 まぁコイツがこの家に住んでいたなんて知らなかったし、転校してからは次第に連絡を取らなくなっていたのだが……


「こ、これには深~い事情がだな……」

「ふ~ん? こんな首輪とリードまでするような深い事情?」

「~ッ!!」


 ――そうだった。

 たぶん動揺したすきに、服が乱れて隠していたのがバレたのだろう。

 マナの視線の先には、首にしっかりとめられたリード付きの首輪がある。

 ここまでバッチリとコスプレしておいて、適当な言い訳など通用するはずがなかった。

 少し冷静になって周囲を見渡せば、学校帰りの小学生たちがこっちをジロジロと見ていてるし、明らかに不審者と化していた。


「くっ、ぷぷぷ! え、えっと。クーゴ君はウチに用があったんだよね? このままじゃアレだし、取りあえず中に入りなよ!」


 たしかにこのままでは通報されかれない。

 ちびっこ共に馬鹿にされるのはかなり心にクるし、ここは大人しくマナに従っておこう。

 うぐぐ、と喉から変な声を出しながら、笑い続けているマナに導かれて家に入っていく。


 ――ちきしょう。どうして、どうして俺がこんな目に。

 案内されたリビングらしき大きな部屋のソファーで、場違い感丸出しのケモ耳男子高校生がガックリとうなだれる。


 そこへオレンジジュースを入れたグラスとお茶請けの入ったトレイを持ってマナが帰ってきた。


「で、今日はどうしたの? 久しぶりに会ったと思ったらそんなカッコして……あっ、もしかして!」

「……その通りだよ。ほら、同級生にナオキとユウっていただろ? アイツらとカードゲームして負けた罰ゲームで……」

「それじゃあ……」

「そう……」


「「トリックオアトリート!」」


 ――やっぱりバレてるよね。

 そりゃあ10月の終わりにこんなワンワンな姿をしていて、ハロウィンの仮装じゃなければただの変態だ。

 ここまでバレてしまったのなら、さっさとやることをやって帰ろう。

 そう開き直った俺は、極度の緊張でカラカラだった喉をジュースでうるおし、テーブルに出されたポテトチップスに手を伸ばしてムシャムシャする。


「ふふふ、それじゃあクーゴ君は悪戯しにきたのかな?」

「ぶふぉっ!?」


 思わず食べていたお菓子が喉に詰まってしまった。

 慌ててジュースのお代わりを貰って呼吸を整える。


 いや、言葉にしたらその通りなんだけどさ。

 あまりにも想定外が多すぎて、俺の頭では処理しきれなくなってきた。


「ち、違うよ! 俺はただお菓子を……」

「ていうかもう、お菓子、食べたよね?」

「あっ……」


 そういえば友達の家にいる感覚で、何も考えずに目の前に出されたお菓子を食べてしまっていた。

 あれ? てことはもう任務完了?


「そ、それじゃ俺は用も済んだので帰りま「知ってた? このイベントって、家主にお祈りとか役に立った見返りにお菓子を貰うんだよ? クーゴ君……まだ何もしていないよね?」も、もちろん? なんでも喜んでやるに決まってるじゃん?」


 くそっ、逃げる前に回り込まれた!

 ていうかコイツ、分かっててお菓子出しやがったな!?


「あはっ。そうだよぉ? それに急に連絡をくれなくなったクーゴ君に久しぶりに会えたと思ったら、こんな可愛い恰好で会いに来てくれるなんて。しかも私の大好きな犬のコスプレでだよ? これはもう運命だよね!」

「あ、あの時はお前が好きな人がいるとかって言うから、俺は遠慮をしてだな……」


 そう。このマナという女は転校して早々、LIMEライムで「好きな人が居る」と暴露してきたのだ。

 俺と同じ学校だった時には、コイツが誰かと恋愛をする気配なんて無かったのに。


「へぇ~? ふぅ~ん? ……クーゴ君はその好きな人が誰かなんて聞いてくれなかったもんね。この意気地なし!」

「うえぇ!? 俺が悪いのかよっ!」


 俺が女心なんて分かるはずないだろ!?

 だいたい、俺は中学の時からマナの事を好きだったんだ。

 でも県外に引っ越していきなり好きな人が居るとか言われたら普通は諦めるだろ!


 ……昔好きだったといえば、高校生になったマナも可愛くなったよな。

 着ているネコ型のルームウェアも相まって、子猫みたいな可愛さがある。

 中学の時にもモテていたけど、結局その好きな人とは付き合ったりしたんだろうか……

 心の中をモヤモヤとさせながら、俺はさっきから気になっていたことを聞いてみる。


「そういえば何でマナはこの豪邸に居るんだよ?」

「え? そりゃあ、ここが元々私の家だもん。この秋からまたここに住むことになったの。あ、私もクーゴ君と同じ高校に通うことになったから!」

「はぁっ!? マジかよ!」

「この街の公立校だよね? 明日からよろしくね!」


 そ、それは嬉しいけど……


「だから今日はせっかく再会したことだし……お菓子のお礼に、クーゴ君をトリックいたずらさ、せ、て?」

「……は?」


 そういうとマナはソファーから立ち上がり、両手をワキワキとさせながら正面にいる俺に近づいてくる。

 かなり悪い顔でニヤニヤとしているので、男の俺でもかなり怖い。

 思わず身体をのけ反らせるが、こちらはソファーに座ったままなので簡単には逃げられない。


「ま、マナさん? いったい何を……」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。やさしくするから。ねっ?」

「やさしくって、えっちょまっ、やっやめてっ!?」


 俺はそのままソファーに押し倒され、マナに馬乗りにされる。

 女の子らしい彼女の小さな両手が触手のような動きをしながら、ゆっくりと俺の頭に伸びてきた。

 それが俺の耳にそっと触れて……


「……あぁっ、かわいい~!! やっぱりクーゴ君ってワンコ派だよね。この犬耳もすっごく似合ってる! ねぇ、コレって最近流行りのリアル志向のやつだよね? すっごい、ふわっふわだよぉ」


 ――ち、近いよ顔がっ!?

 まるでキスでもするかのような距離で、俺のつけ耳を優しくサワサワ、モミモミ、ナデナデと手技を巧みに変えて感触を確かめるマナ。

 作り物の耳越しだけど、撫でられている感覚が頭に伝わってきて何だかボーっとしてくる。

 それが絶妙に気持ちよくって、更には緊張が一気にほぐれたことも合わさって少しずつまぶたが重くなってきてしまった。

 くそ、今になって眠気が……


「う、くぅ……ん」

「うふふ、かわいいなぁクーゴ君は。いいよ、このまま私にまかせて?」

「ふにゅ。ま、マナ……ぁ」

「はい、おやすみ。さぁって、や……ポ……かな? リード……キ……て……」


 な、何か不穏なことを言っている気がするけど、もう眠気に抗えない……

 そうして俺は、初めて入った他人の家のソファーで深い眠りに入ってしまった。

 それもずっと好きだった女の子に甘えながらという、最悪に幸せな状況で……

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