『記憶と向き合った男の話』

「自分には何もない」

 そう思う度、自分がこの世界で無力でちっぽけな存在だって悲観してしまう。

 どうしてそう思うようになったのかと振り返れば、それは他者と比べて自分には何もできないし、何も魅力的ではないからだ。

 生きてきてこの方、得意な事や趣味と言える程の事はない。あるのは嫌いなことばかりだ。

 何をやっても上手くできないし、成功した試しもない。

 出来る事と言えば――何も無いのか・・・・・・

「そうでもないと思いますよ」

 声をする方を振り向くと、そこには少女が立っていた。

 少女は身の丈に合っていない赤いジャケットを羽織り、頭にはカウボーイが被るようなテンガロンハット。瞳の色は髪と同様に黒であった。手には大きな鞄を持っていた。容姿からして十五歳ぐらいの年齢であろうか。でも、以前にも少女に出会ったような感じがあった。

「どうしてそうではないと」

 自分は少女に尋ねた。

「どうしてかって訊かれても、先生から聞いた話しでは、一般的な人達とは違って、あなたの仕事は才能があると思えますよ」

「自分の仕事?」

 その言葉で自分が何をしているのかを振り替え得てみた。

 今、自分がしていると言えばただ、嫌な仕事を毎日我慢してやっていることだ。

 嫌でもやっていかないと生きていけない。生きる為に嫌でも仕事はやるんだ。

 でも、それがどこに才能と言えるのだろうか?

「現代の人は嫌な事から逃げようと必死です。楽して儲けたい。苦しい思いはしたくないなんて考えている人達が多いです。言ってしまえば、嫌な事をすることを悪い事だと考えるのが一般化してきています。でも、あなたはそれを嫌だと感じても、その仕事をずっとやってきているじゃないですか。そう、ラフカディアと出会った時から――」

 ラフカディア――そうか、以前、自分は彼女と出会っている事を思い出した。

 と言うよりも、先程から少女に対して感じていた懐かしさとは、以前に少女の服を着ていた本当の持ち主であるラフカディアに出会っていたのだ。

 自分にとって人生を変えてくれた恩人であり、今の自分を縛り付けた恨むべき人間と言うべきか。

「ああ、あの人。ラフカディアさんは元気にしているかい! というよりも君はどうしてラフカディアの服をきているんだい?」

「この服は先生――ラフカディアから譲り受けたんです」

「先生? ということは君がラフカディアさんの言っていた助手かい?」

「ああ、多分。あなたの言っている助手は私の兄の事です。でも、今は僕が助手を務めています」

「そうかい・・・・・・」

 自分は何か言葉にできない嬉しさで余韻に浸りつつも、この少女が来た理由を察した。

「嬢ちゃんがここに来たのはラフカディアさんから言われた、と言う事だな」

「そうです」

 少女は返答する。

「なら、これから君が受け取るモノについても、重々承知でいることも確かだな?」

「もう決意はできています」

「分った。なら、ラフカディアさんから授かったモノを出しなさい」

 少女は鞄を地面に下ろすと、中を開いた。中にはたたまれた服とケースに入った乾物の食糧があり、それらを全て取りだすと小さな木箱があった。

 少女はその木箱を手に取ると自分に差し出した。

 自分はその木箱の蓋を溝に沿って、スライドさせながら開けると、中から鈍く銀色に光る拳銃があった。拳銃は口径は大きい弾丸を発射するタイプのリバルバーであった。

「久しぶりだな。この銃を見るのは・・・・・・」

 自分はそう言うと木箱から拳銃を取りだし、中のシリンダーを見た。

 中には一発だけ弾丸が入っていた。

「結局は最後の一発も撃たずじまいか――」

 自分はそう言うとシリンダーから弾丸を取り出すと、

「確かにラフカディアさんの弾丸は返していただきました。嬢ちゃんはこの銃を引き継ぐかい? それとも、新しい銃を選んでいくかい?」

「この銃は僕が引き継ぎます」

「わかった。メンテナンスに時間が掛かるから、自分の家に来ると良い――と言って汚い小屋だけどな。どうせ、ラフカディアさん譲りで野宿するつもりだろ。夏とは言えど、夜になるとこの山は冷えるからな」

 自分は少女を家に招いた。


 小さな木製の小屋で囲炉裏に炎があった。

 外は暗く、森に住むモノ達が個々の音を奏でていた。

 少女は寝る準備をしていた。

「久しぶりの布団で寝れるのは嬉しいことです」

「全くだよ、人間が作りだした道具の中では最高傑作だ。それと寝ている間にもメンテナンスで音を出してしまうかもしれないが済まないな」

「大丈夫です。それに先生のいびきを越える音なんて、この世にはないですから」

「違えねえ」

 自分も以前にラフカディアさんを家に泊めたときは、この森の動物たちが居なくなり、その年の狩猟が不作に終わったのを思い出した。

 自分は壊れた銃のパーツを取り外すと木箱から四十四番と書かれた木製のタンスの引き出しから、形が似たパーツを取り出し、道具で加工した。

「本当に銃がお好きなんですね」

「いや、自分は銃が嫌いだ。銃で多くの戦争や大量虐殺を見てきたから」

「でも、先生から聞いていますよ。ベトナム戦争の時では、ベトコンから奪った弾丸を撃てるように改造したM16で一週間も一人で生き残った話しを」

「生き残ったんじゃ無い、自分が死ぬのが嫌だから、味方だろうが民間人だろうが殺される前に、自分が殺して来ただけだ。沢山の人を殺せる銃は人を守ってくれなかった。あったのは他者を信じられなくなる疑心暗鬼だ。それは弾が少なくなる度に心が蝕んでいった」

「そんなにも銃を恐れているのに何で、先生に言われて、この仕事を続けているのですか?」

 少女に言われた自分は、脳裏に浮かんだ古い記憶に重ねるように言った。

「どうせ嫌な事から逃げても、記憶あくむはずっとここにいるんだ。心の奥で蝕んでいるなら、それを利用しないと採算がとれない」

 自分はそう言うと頭を指で軽く叩いた。

「だから、ここで旅人達に銃を渡している仕事をしているのですね」

「ああ、それしか自分に出来る事が無かったからな。母国で自分の居場所や普通の仕事に付けるとこなんて、どこにもなかった。いや、自分に出来る事なんて何も無かったんだ」

 自分は母国での嫌な差別を思い出し、手にしていた銃のグリップを強く握りしめた。

「何も出来ないというより、何もさせて貰えなかったと言う事ですね。それで嫌いなコトでも、それを良く熟知しているからこそ、それでしか生きるすべがなかった」

「そうだな。結局、何もさせて貰えなかったから国を出て行った。それで自分はラフカディアさんがいる日本を訪れて以来、彼女のつてで、この山でひっそりと旅人に銃を渡して生きている」

 自分は加工したパーツをカチッとはめると、口径にあった弾丸を六発詰めた。

「さあ、出来たぞ」

 完成した銃を入っていた木箱にしまうと少女に渡した。

「試し打ちはしないのですか?」

「試しは御法度だ」

「やっぱり、弾は貴重で手に入りにくいからですか?」

「いや、そうではない。もし、撃てない状態だとしても、それは運が悪かったと受け止めるんだな」

 少女は納得しない表情をしながらも銃の入った木箱をかばんにしまった。

 自分は道具を元の位置に戻し、少女の布団を敷いた。

 囲炉裏の火を消そうとすると、 

「一つ聞いて良いですか?」

 布団に入った少女は自分に言った。

「何をだい?」

「どうして人を殺して良い数は六人までなのですか?」

 その問いに私は一旦、手を止めた。

「それは簡単なことだ。バランスだよ」

「バランス?」

「そうだ。人間も動物を刈るのと同じで、殺しすぎると人の数が減少するし、何より人間が人間を殺し続けると止められなくなる。そうなればもう人ではなくなってしまう。でも、人生に殺す数が決められているのならば、誰を殺すべきで、そうでないかを見極めることができる。それに合っているのは銃だ。特にリバルバーは良い、再装填することを特化した作りになっていない構造に六発という少ない弾数かつ、オートマチックと違って不発も少ないし、強力で当たればタダでは済まない弾丸を使える。これぞ、このルールに則った銃に相応しいものだ」

 囲炉裏の中でパッキと音を立てて、宙に炎が揺らいだ。

「それに銃は持たざるモノと持つモノとでは、どんな不条理なバランスも崩壊する」


 翌朝、少女は荷物をまとめて玄関に立っていた。

「忘れ物はないかい」

「はい、大丈夫です」

「そうかい。それと再度言うが銃は大事なときに人を殺すんだよ――じゃあ、気をつけて旅をするんだよ」

「ありがとうございます」

 少女は会釈すると、荷物を手に持って玄関を出た。

「それとその銃と弾丸はもう返さなくて良いから、ここには来なくて良いからな!」

 自分がそう伝えると少女は振り返り、帽子を右手で振って合図した。

 少女は森の中へ消えていった。

「最後の弾丸も手元に一発しかなくなったか――顧客も居なくなった所だし、自分もこれで心残りもないな」

 自分は手のひらに握られたラフカディアの一発の弾丸を見つめると、小屋は何十年も住んでなかったかのように朽ち果てていて、空の薬莢が地面に落ちた。


 硝煙のような白い靄が天に消えていった。

 

 




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