ラフカディアのブラインドコンプレックス――目覚めた夜に彼女の跡を辿る

無駄職人間

『ラフカディアの跡』

「いつから旅をしていただろう?」

 この問いにぶち当たるといつも最初の悪い切っ掛けを思い出してしまう。

 僕はトラックに揺らされながら、運転手の男に苦笑いをした。

「だってこのご時世、旅なんてスポンサーとか金持ちじゃないと出来ないことじゃないですか。あったとしても長期休暇を利用して短い旅行みたいなものが支流だろ? その中でもまるでファンタジーみたいな旅を生業にしている人なんて生まれてこの方、聞いた事もあった事も無かった」

 運転手の男はそう僕に楽しげに言った。

「そうですね――――私が最初に旅を始めたのは高校生をやめた時からなのは覚えています」

「ということは君の容姿からすると五、六年前と言ったところか? 」

「大体、そのくらいだと思います」

「へへ、そうか! で、どうして高校をやめてまで旅なんてしようと思ったんだ?」

 トラック運転手の問いに僕は答えることは出来なかった。

 トラック運転手は場を和まそうと

「まあ俺も高校なんて行かず、中卒で働き始めて今ではこうやって四十年間トラックの運転をしてきている。なーに、学校だけが全てじゃねえ。どこにでも生きていく為の学び方はある。だから、嬢ちゃんも気にすることはねえ。それに近年じゃ、昔と違い若者達の生き方も難しくなっているからなあ、そりゃ学校に行かない奴がいても可笑しくない時代になってしまったからなあ」

 と運転手は神妙な表情を浮かべて言った。

「おじさんはどうやって生きていく為の方法を学んだのですか?」

「えっ、どうやってと言われてもなあ・・・・・・。そう言えば、昔――それこそ中学生の時に綺麗な外国人の女性と会ってからだ」

「綺麗な外国人の女性?」

「ああ、生まれて初めて外国人ての見たけど、髪はオレンジ色で目が青いんだよ、そしてなにより白い肌。まるで狐が化けているのかと思ったくらい美人だった」

 運転手は興奮気味に言った。

「で、その人に何を教えて貰ったのですか?」

 赤信号で止まった運転手はこちらに顔を向けて言った。

「それはだな。自分とは正反対の生き方をしろ、だ」

「自分とは正反対の生き方?」

「そうだ。皆なりたいものを夢見てなろうとするが、現実に叶える事が出来るのは努力をちゃんとしたモノと神様に愛されたモノだけだ。ただ、成りたいと思うだけでは絶対になれない。だけど、自分が成りたいと思っていない生き方をすれば、以外とこれがすんなりと成れるし、今こうやってちゃんと生活も出来ている」

「でも、そんな生き方で楽しいですか? 」

「楽しいかって? そりゃ生きてりゃ楽しくないよ。でも、それは成りたい仕事についても楽しいとは限らない。むしろ、夢と現実が違いすぎて幻滅して、俺なら自殺しているに違い無い」

「それじゃあ、生きていても楽しくないですね。むしろ、死んで何も感じない方が良いのかもしれない」

「そんな事はない。むしろ、今の方が断然良い」

「どうして?」

 信号が青になって運転手の顔は僕から正面へと向けて、

「だって、俺は夢を諦めてはいない。今はトラックの運転手でも死ぬまでには夢は叶うって信じているからな」

 運転手の表情が太陽の光に照らされよく見えなかったが、その声にはまだ少年のような希望に満ちあふれているように聞こえた。



「じゃあ、気をつけて旅をするんだよ。久しぶりにこうやって人と話しながら運転したのは嫁がお嬢ちゃんみたいに綺麗な体をしていた頃以来だよ」

 運転手は窓から顔を出して言った。

「おじさんありがとう。そうだ、おじさん」

「なんだい?」

「おじさんも立派な旅人ですね」

「俺が旅人だって? 」

「だって、このトラックで色んな所に行っているんでしょ? それならもう旅人じゃないかな? 」

「そうか・・・・・・そうかもな! お嬢ちゃんのおかげで俺の夢が一つ叶ったよ!」

「おじさんの夢? そう言えばおじさんの夢はなんなの?」

「そりゃ旅人に決まっているだろ! 」

 そういうと運転手は朽ち果てたガードレールを飛び越えて崖下の闇へと消えていった。

「遠回りでも、夢に出会えて良かったね・・・・・・でも、生きている間に、それに会えていれば自殺しなくて良かったのに」

 僕はそう言うとまだ死にたくないから来た道を戻り旅を続けた。

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