『自信の無い連絡先』
「どうしたら良い物か」
この言葉を呟く度、答えが出たためしかなかった。基本的に自分では答えが見付からず、結局は周りの意見に流されて、不本意ながらも世間の流れに身を任せてきた。
別に今の状況が苦しいとか、楽しくないと言った訳ではない。毎日、不自由なく生きていける。明日が一瞬で崩れるほど、不安定な生活をしていない。
ただ、何か物足りない感じがあった。
それは決して、有名になりたいだとか、美人な女性と出会って結婚するなど、非現実的な幻想では無い。
足りないというのは、ごく普通なコトだ。例えば、友人を作って楽しく遊んだり、もしくは何か共通する趣味を共感し会えるような人物と出会いたかった。
その相手が男だろうか女だろうが年下だろうが年上だろうが関係無い。こんなコトを考えると足りないモノが何か答えは分かっている。
「友達が欲しい」
そう、これが私のシンプルな目的なのだ。だが、目的が分っていても、その解答を導くための方程式が見付からないのだ。
「どうしたら良い物か・・・・・・」
また、同じ言葉を呟いた。
別に私は他人に嫌われているだとか、一人ぼっちというわけでは無い。無論、話し相手はいる。でも、彼らが私が求めているような友達ではなかった。というよりも、彼らは彼らで友達が居るから、私が彼らの枠の中に入ることに少し、遠慮してしまうのであった。
そんな生き方をしてきたから、私は携帯に登録された彼らの電話番号を掛ける勇気が無かった。
電話をしても、彼らは彼らと意気投合する友人達と楽しく過ごしている時間を邪魔してしまうのでは無いか、そんな不安が私は一歩を踏み出せず、携帯の画面を閉じてしまう。
河川敷を跨いで線路を走る電車が音をたてて、通り過ぎていった。
本来ならあの電車で帰っているモノを、今日は家まで歩いて行こうとした。
普段と違うコトをすれば何か変わるかと思い、実行してみたモノの誰も私を変えてくれる要因にはならなかった。
普段から運動しない習慣から、私は河川敷のベンチで座った。
「あーーあ・・・・・」
誰もいない事を確認してから、ため息に似た声が漏れた。
本当に自分でも何しているのか分らないが、ただ今に満足していない気持ちが私を憂鬱させるのには十分だった。
ベンチの背もたれに全体重を任せると、首がダラリと逆さまの視界を写した。
「あの済みません」
唐突に掛けられた言葉が自分のモノでは無いと機械的に対応した。
「もしもし、そこの人済みません」
私の足のつま先を軽く何かで突かれて、驚いた。
体勢を戻すとそこには、一人の女性が立っていた。
頭にカウボーイが被るようなテンガロンハットにそこから伸びるオレンジ色の長い髪があった。茶色いコートを羽織っていて、手には大きなトランク鞄と私の足を突いたであろう鉄製の杖を持っていた。大きなサングラスを掛けていて、表情を伺うことが出来なかったが、この国の人では無い、白い肌をしていた。
「ああ、自分に何かようですか?」
私は慌てて返事を返した。
「ええ、場所を尋ねたいのですが、茨切市はここら辺でしょうか?」
「茨切市ですか? 知らない場所ですね――ちょっと調べてみますね」
私はそう言うと携帯を取りだして、カチカチとボタンを押して地図で検索した。
「どうやら、大分先ですよ。この川をずっと行った先にはありますが、今から行っても今日中にはつかないでしょう」
「そうですか、どうもありがとうございます・・・・・・ふう」
女性はそう言うと手に持っていたトランクを地面に置いて、その上に座った。
「よろしかったら、隣に座りますか」
私は自分の座っていたベンチのスペースを空けた。
「いえ、大丈夫です。ところで今時、スマホではなく、携帯を持っているなんて珍しいですね」
「そうですね。自分はどうもスマホのような難しい道具がきらいでして」
「同じですね」
女性の口元がはにかんだ。
「私もスマホは苦手です。どうもあの感触のないタッチパネルは私には不便でして」
「そうですよね。仕事で何回か使ったことはあるが勝手に反応したり、押しても反応しないから、自分にはあってないんだろうなって」
「大変そうですね。でも、何より私がスマホが苦手な理由は、目が見えないからなんです」
「ふぇ」
私は予想していなかった言葉に拍子抜けた言葉を漏らした。
すると女性は左手でサングラスを取った。
そこには二つの青白い瞳がどこか違う景色を写していた。
そうかだから、彼女は杖を持っていたのか。
「いや、なんと言うべきか申し訳ない・・・・・・」
私は眼を逸らしながら言った。この状況ではそうする他なかった。
「どうして誤るんですか? 別にあなたが私に謝るようなことはしてませんよ。それよりも、こんなところでため息をついてどうかしましたか?」
「ううぇ、聞こえてましたか?」
私は全体重を預けていたベンチの背もたれから、瞬発的に背中を離した。
「ええ、何かお悩みなのですね。良かったら、話してみませんか? 解決出来るモノでは無いかもしれませんが、口に出すことで少しは楽になりますよ」
「いやあ、何というかその――――お恥ずかしい話しなのですが、この年で友達が欲しいと思いまして・・・・・・」
「友達ですか? どうして欲しいのですか?」
「うーん、何というか私も誰かと楽しく人生を過ごしたいと良い言いますか、一人だと毎日が退屈で」
「他人に孤独を埋めようとですか? そうだとしたらやめておいた方が良いですよ」
女性は言った。
「えっ、どうして?」
私はいきなり否定されるとは思わず、訊き返した。
「多分ですけど、あなたは他人といると不幸になるタイプの人間だからです」
「不幸になるタイプだなんて、初対面の人に向って、失礼ではありませんか!」
「ではいつからあなたは一人でいるようになりましたか? もしくは最後にあなたが望むような他人と一緒に居られたのはいつの頃か覚えていますか?」
「いつからだって・・・・・・」
私は脳裏に中学生の頃を思い出した。夜遅くまで、近所の子供達と遊んでいた記憶。
がむしゃらで今でも名前の知らない彼らと和気あいあいで駆け回った公園。
でも、私が高校になってからは、そうできなくなっていった。それは彼らが小さいながらも精神的に大人になったからか、それとも社会的に私は子供達と遊ぶコトが出来なくなったからなのか、そんな理由は考えれば考えるほどあふれ出てくるモノだった。
「あなたが求める答えはもう、子供の時にしか出来ないのだ。大人になってからでは、そんな関係は形成することはできない。大人には大人のお友達であるべき、形式があるんだ。でも、あなたにはそれが楽しいとは思っていない」
女性はそう言った。
「そうだ。その通りだよ。私はあの時のような楽しさを求めているが、私の周りでは軽視している。お酒だとか、博識な会話なんて嫌いだ! 私は子供の時のような、馬鹿なコトで笑い合える、あの時代が好きなんだ――でも、それが出来ない事も知っておきながら、私は昔遊んだこの河川敷を歩いている。私だけが周りに溶け込めない、以前の友達から置いていかれて、ここに取り残されている・・・・・・」
「一度だけ、過去に戻るコトが出来ればあなたは嬉しいと思いますか?」
唐突に訊かれた女性の言葉に私はうつむいていた顔を向けた。
「嬉しいに決まっている!」
「例え、どんな代償があったとしても?」
「どんな代償だ? いや、どんな代償だって、私は過去に戻りたい」
「分りました。道を教えてくれたお礼です。」
そう言うと女性は座っていたトランクから腰を上げ、中身を手繰った。
すると小さな木箱を取りだした。
「それはなんだい?」
私は訊くと少女は木箱の蓋を開けて,手を入れながら、
「これであなたを過去に連れてってあげますよ」
女性の手には鈍く銀色に光る小さなリボルバー拳銃が握られていた。
「なんだい、これはおもちゃかい?」
私は茶化したように言うと、鼓膜が破けるような破裂音が響いた。
腹部にドッチボールの球が直撃したとき以来の衝撃が走った。
女性の手に握られていたリバルバーの銃口からは硝煙が立ち上っていた。
嗚咽で私は何も言えず、うつ伏せで地面に倒れ込んだ。
視界が消えていく中で、先程、脳裏に浮かんでいた幼き理想の幻影を走馬灯のように体験しながら気を失った。
目を覚ますとそこは暖かい布団の中だった。でも、普段から使い慣れた布団と違い、質感や清潔感が違っていた。そもそも、ここは私の家では無ければ、知り合いの家でも無かった。なんとなく、この間取りは病室。なんで病室にいるのか考えても、あの女性に拳銃で腹を撃たれた、それしか解釈しようがない。私は起き上がり、腹を確認したが、そこには何も無く、アザがあっただけだ。摩ると少し痛かった。
ベッドの横にカレンダーが置かれたタンスがあった。最後に覚えている月から変わってはいないが、あれから何日経っているのか分らなかった。
普通の人なら、看護師が側にいるときに目が覚めて、慌てて先生を呼びながら探しに出て行くシーンや家族や親友に看取られているときに起きるのが一般的なシチュエーションであるのだが、残念ながら周りを見ても誰の姿もなかった。それもそうなのかもしれない。
私のベッドは窓際にあり、外の景色はすっかり夜であった。
こんな時間に誰もいるはずもない。いや、昼間だとしても私の見舞いに来てくれる人はいないだろう。
私は起き上がり、とりあえず、病院関係者のいるであろう一回まで降りていった。
私を見た看護師に事情を話すと慌てながらも、病室に連れ戻された。
その際に、看護師に誰か見舞いに来てくれたか訊いてみたが誰も来てはくれなかった。やっぱり、私を心配してくれる知り合いなんて、いないのだとこれでハッキリと実感した。
私はもう一度、ベッドで横になった。でも、眠れるわけがなかった。
ただ、ひたすら白い天井を見続けていた。
そう言えば、その他にも看護師から聞くべき事があったのに、言うのを忘れていた。
人間というのは焦ると本当に視点が狭くなり、判断が怠るモノだな思った。
結局、あの女性は何者だったのだろう。そもそも、あの女性は本当にいたのだろうか?
私は知らないうちに眠ってしまった。
翌朝、事情を聞くと私は川で飛び降り自殺していたところを救われたらしい。様態から、大したコトはなく、腹のアザもプールで見ることのある腹から打ち付けたコトが原因らしい。つまり、撃たれたのも、あの女性と出会ったのも寝ていたときの夢だったのかもしれない。
私は退院手続きをしに病院の窓口に向った。
結局、荷物も川に飛び込んだ際になくなってしまい、あの慣れていた携帯もおじゃんにしたのは少し残念だった。
「アッシュ!」
突如、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。厳密には本命では無く、中学生の時に呼ばれていたあだ名であった。
私は声のする方に振り返るとそこには小さい頃からの幼なじみである
「
私は、同い年の人に対して、さん付けで呼んでしまった。
「お前の彼女? アッシュの友達と名乗る奴から電話で聞いたんだが、お前が飛び降り自殺未遂で病院にいるから見舞いに来てくれって、言われたからさ来たんだよ」
「私の友達だって? 私に友達なんていないが・・・・・・」
私の言葉に
「オイオイ、少なくとも個々に一人は居るだろうがよ。俺という友達だろうがよ!」
三奈木は私の肩を叩いた。
「それよりもさ、お前の携帯で掛けてきたあの良い声をした女性は誰だよ? 彼女で来たんなら、報告してくれても良いのによ」
「三奈木何を言っているんだよ? ん、私の携帯から掛かってきたのか?」
「そうだけど?」
三奈木はおどけた顔で言う。
「私の携帯は飛び降りた際に鞄と一緒に落ちたハズなんだ。だから、三奈木に連絡なんて出来るはずが無いんだ」
三奈木と私は沈黙したが、
「まあ、そんなことはどうでもいいや! なあ、久しぶりに会ったんだ。退院祝いに遊んで帰ろうぜ!」
三奈木は考えるのをやめて、楽観的に物事を考えた。
「なあ、アッシュは何がしたい?」
「何がしたい――」
私は少し考えて口を開いた。
「そうだな、昔みたいに馬鹿なコトをしたい! 」
「病み上がりが言う言葉じゃないな。でも、アッシュがしたいならそうするか。でもな、もう俺たちはもう大人だ」
やはり、昔みたいにそのまんまの子供の遊びはダメか・・・・・・
「だから、昔よりももっとハードな馬鹿なコトができるぜ!」
三奈木は親指を立てて言った。
「ああ、もちろんだとも」
私も同じようにサムズアップで返した。
病院から出た私は三奈木が通う大学に招かれ向うことにした。
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